第44話 デス・マーチ


 (くそっ、【呪斬】)


 足がなければどうにもならない。

 俺の足首を掴んでいる手を切り落とさんと、呪いの刃を放つ。


 それでも千切れないほどの硬さ。

 やはり、能力が上昇しているのだろうか…?


 二発目を放って、ようやく足に自由が戻る。


 だが、それで何か状況が変わったかと言われれば、答えはNO。

 依然と囲まれた状態で、危機的状況であることは変わりない。 


 

 アンデッドが攻撃を仕掛けてきた。

 無造作に振り回された、腕の攻撃。


 とても大したもののように見えない一撃だが、実態はその限りではない。


 ブォンッという空を切り裂くような音を立てて、その腕は虚空に振るわれた。

 ぶわりと風圧が全身に感じられ、少しだけ仰け反りそうになる。


 それくらいには、強力な一振りであった。


 (なんだこの威力…!?)


 俺という意識は困惑するも、体はオートによって戦闘を継続する。


 包帯をビュンビュンと風を切るように振り回して、迫る奴らの手をいなしていく。

 だがとてもじゃないが、それで間に合う勢いではなかった。


 (っ……、【【【【呪弾】】】】)


 かなりの危機的状況。

 もはや魔力不足の躊躇などはない。


 四方八方に呪いの弾丸を生成し、不規則に乱れ放った。


 狙いを定めるなんてことはあったもんじゃないが、それでもこれほどの大勢に放てば、ほとんどは命中した。


 ……が、効果があったのか、と言われれば首を傾げずにはいられない。


 (コイツら、めっちゃ硬いっ…!!)


 命中はするし、ダメージも受けてはいる。

 だが、一向に撃破される気配がない。


 顔面に何十発も喰らったヤツがいたが、それでもまだ頭の原型を留めてボーッと突っ立っていた。


 それくらいには、こいつらの耐久力が尋常じゃない。


 ……攻撃力といい、この頑丈さといい、能力が底上げされているような気がしてならない。


 (くっ、一旦ここから離脱だ…!)

 

 天井に向けて、包帯を勢いよく伸ばす。


 照射されたそれは天井から伸びる、鋭い根のようなものに巻きつき、急激に収縮を始める。


 その力によって、俺の体はビュンっと天井へと昇った。

 軍勢を見下ろすような形になったが、一斉に視界に収めるとえげつない数であることが改めてわかる。


 (……なんだこれ、やばくないか?)


 わらわらと蠢く死体によって敷き詰められたその空間は、もはや地獄絵図というに相応しかった。


 その光景に、もはや言葉は出ない。

 俺一人でどうこうできるという次元でないことは、目に見ずともわかった。



 ……ならば、奴らに構っているよりも、真に叩くべきは大元。

 つまりは、あのの方ではないだろうか。



 天井に張り付いたまま、ヤツを見据える。


 手に握られている杖の先。

 奇怪にねじ曲がっている部分が、紫色のぼんやりとした光を帯びている。


 先程まではなかった…はずだ。


 となると、あれによって、アンデッド達は凍結から蘇り、さらに強化されたものだと考えられる。


 (あれをどうにかできれば……!)


 偶然か必然か。

 奴の周り、つまりは祭壇のように段の上がった場所には、アンデッド達が群がっていない。


 あそこならば、アンデッドの邪魔は最小限に奴を戦闘できるかもしれない。


 そうとなれば……やるしかないな。


 この窮地、ひっくり返してやるトリックスター…。

こんなところで、やられてらんねぇからなッ不滅!!

 

 奥底から、力が湧き出るような感覚に陥る。

 そしてそれは、決して気のせいなんかではない。


 包帯を奴の方へ伸ばし、立体軌道のように天井を進んでいく。


 至るは、リッチのちょうど頭上。

 あいも変わらず、俺の姿は眼中にない様子だが、実際はそうでないのだろう。

 当然かの如く攻撃を防いでくるに違いない。


 ならば、その防御を押し切っていくまでである。


 (【呪斬】【呪弾】【剥奪の呪い】)


 呪いの魔法の応酬を、奴の脳天へと繰り出した。

 刃、弾丸が黒霧と共に迫りゆく。


 リッチの真っ黒な視線が、チラリとこちらを見る。


 ……と、同時に力を収奪せんとする呪いは消し去られ、弾丸と斬撃は急激に速度を落とす。


 結果、精一杯の攻撃は間抜けな一撃へと成り下がり、あっという間にふっとかき消されてしまった。


 (ぐぅ…、なんだアレ、強すぎるだろ…!!なんだよ見ただけで無効化って…!!)


 文句も言いたくなるが、そんな状況ではない。

 とにかく次の一手を打たなければダメだ。



 (遠距離がダメなら‥近距離、か)


 現状有用な近接スキルは、【呪爪】と【必殺撃】

 どちらも強力ではあるが、今の俺の能力とはあまりに噛み合っていない。


 低い有様の俺の耐久力で、どれほどの攻撃を耐えられるか。


 (…だが、ちょっとくらいは奇襲になる…はずだ)


 他の手段が全て無効にされる以上、突飛な作戦が道を開く一手になり得るかもしれない。

 賭けの上にさらに賭けをするような状態だが、それでもやらずにジリ貧で負けるよりはマシだ。


 (いくぞ……、【鎧化】【呪爪】)


 右手から闇が吹き出し、それが巨大な爪へと形作られる。

 遂には、全身を覆ってしまうような巨爪となってしまう。


 天井に巻きつけた包帯を回収し、重力に従って俺は落ちていく。


 着地点には、もちろんリッチ。

 ここに奇襲を仕掛けるぞ。


 (喰らえッ!!──────)


 勢いよく飛び出して、爪を振りかぶって、リッチめがけて落ちていく。


 付け焼き刃な呪いの鉤爪。

 それを奴の首に当てる──────。










 その前に。


 状況は一変した。











 ──────ズガアアアアアアアアン!!







 けたたましい轟音が響く。

 空気がビリビリと痺れ、地面が唸り、とてつもない威圧感がこの空間に湛える。


 そしてその次の瞬間には。





 真下のリッチは、巨大な爪のようなものでていた。


 俺から左の壁が、まるで豆腐のように崩れ去っていき、その巨大な爪の持ち主が眼前に現れる。



 トカゲのような骨格に、薄汚い皮や肉を張り付けたような姿。

 しかしスケールはトカゲなんかのそれではなく、この軍勢を3歩で踏み潰してしまいそうなほどの大きさだ。


 背中には骨の羽が生えており、音もなく羽ばたかせている。

 目の窪みには眼球が存在せず、その代わりに怪しげな緑色の光が爛々と輝いていた。


 (───っ!!!?これはっ…!?)


 いつか見た記憶。


 そう、夢にいた彼女の記憶が、鮮明に呼び起こされる。




 コイツが、コイツこそが。

 彼女を殺し、操ったであろうだ。


 


 

 

 

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