第43話 死屍累々
跪いた死体達、どころか血管のように根が張り巡らされたこの空間そのものが、氷結の獄に堕ちた。
一瞬にして温度は急降下し、空気が物理的に凍りつくようである。
そんな凍結した時空の中で、ただひとり動く俺。
─────いや、ひとりではないか。
(アイツ……、凍ってないな)
俺の視線を釘付けにしたのは、前方の祭壇のような場所に佇む、一体のゾンビ。
例の、集団のボスと思しきモノだ。
おそらく部下が全員凍結したというのに、奴だけあっけらかんとした状態。
まぁ実際にはどうなのかはわからないが、少なくとも他の有象無象と比べればはるかに【氷獄】の効果が効いていない。
(やっぱり一筋縄ではいかない…か)
光の球が────いや、彼女が導いた奇襲だったが、本命には不発であったらしい。
どんな思いがあったのか、そもそも感情を抱いていたのか。
夢で対話したので死人に口無しとは言わないが、現在は先の行動の訳は分からずじまいである。
ただ理解したのは、彼女の内に存在していたであろう、あのゾンビへの殺意。
いや、ゾンビと言うと生ぬるいな。
ここは強さへのある種の敬意を持って
あのリッチを殺さんという意思が、ありありと伝わってきた。
(軍勢を機能停止させた、今がチャンスかもしれない。やるならここだ)
まだこのような大群を抱えていないとも言えない。
ならば、それが駆けつけてくる前に、単体であるヤツを仕留めるべきだ。
格上であることは必至だが、ここでやらねばいつになるかわからない。
(【呪詛の外套】【鎧化】)
精一杯の防護を固める。
奴との距離は……だいたい100mないくらいか。
ちょうどこの部屋の端と端に位置している。
(【META】)
オートを展開。
体をあけ渡し、目の前の相手の行動に集中する。
2回の【氷獄】で、魔力残量に余裕はあまりない。
ここは慎重に立ち回らねば。
……だがかといって、攻めの姿勢を取らないというわけではない。
(【呪弾】)
コストの低い呪弾を複数生成し、牽制として繰り出す。
乱雑に飛んでいく呪いの弾丸の応酬が、リッチに襲いかかった。
……だが、素直に効いてくれるはずもなく。
(…っ、やっぱり防御系のスキルを持ってたか…!)
奴に近づいて行った呪弾が、次々と霧散していく。
リッチとは少し離れた場所で、まるで壁にでもぶつかったように、弾丸が消失する。
見えない壁……みたいな感じか。
(でも、それは想定内だ)
防がれるのは目論見通り。
だから呪弾は牽制程度で、それを放っている間に俺の体はリッチへと接近していた。
近接戦闘をするつもりはないが、かといって遠くても攻撃の威力が減衰しかねない。
中距離での戦闘を心掛けるのだ。
(【剥奪の呪い】)
突き出した左手から、黒いモヤが吹き出す。
それはリッチへとねちっこく絡みつき、能力を収奪した。
(…ん、少しだけ加速した。機動力を奪えるのはいいぞ)
速さの増した走りで、理想的な間合いへと入った。
(【思考ジャミング】【呪斬】)
軍団をまとめているほどなのだから、思考するくらいの知能はあるだろう。
その思考を、掻き乱していく。
そしてそこを突く呪いの刃を射出した。
奴が動く気配はない。
だが、今までの戦いで俺は知っている。
────何もしてこないわけがない。
そして結果は、やはり案の定というべきモノだった。
(っ!?)
ドス黒い墨でコーティングしたような眼が、こちらを向いたような気がした。
その視線によって…なのか、飛んでいった呪斬はあっさりと断ち消える。
当然の如く、思考妨害は届いていなかった。
そして反撃するかのように、リッチは持っていた杖を掲げて……。
(ぬぁっ…!?)
俺の体が、ゴロゴロと地面を転がる。
途中、凍結したアンデッドに衝突するが、それを破壊してまで吹っ飛んでいく。
そこらにあるアンデッド達も宙へ舞い、四肢を吹っ飛ばし、凍りついた体を崩していた。
全部、奴の杖から放たれた衝撃波によるものである。
(包帯なんかでなんとか受け身を取った…ようだな…、危ねぇ…)
オートが瞬時に包帯を操っていなければ、ゴロゴロと傷まみれになっていたことだろう。
今の俺の耐久じゃあ、それでも甚大なダメージであること違いないので、かなり危機一髪だった。
(やっぱり、かなりのもんを持っていたか…!)
この空間に嵐でも発生したかのような波動。
呪いの衣も一瞬にして吹き消され、鎧化した体すらも破壊せんという勢いであった。
やはりただものではないな…。
見くびっていたわけでもないが、改めてそう実感させられる。
(でも、まだ戦いはこれからだっ…!)
体を起こして、ヤツを見据える。
あいも変わらず、杖を立てたまま直立不動を貫いているリッチ。
その余裕を、俺は引き剥がすことができるのか。
(【呪詛の──】いや、ここは攻めに集中したほうがいいな)
守りを固めても、気休め程度にしかならない。
ならば、残った魔力を攻めに回したほうがいいだろう。
強気な姿勢で一種の賭けみたいなもんだが、ここは今一度勝負に出る。
(よし、いくぞっ────)
現状復帰して、もう一度挑戦。
再度の接近を試みた。
……が、それは叶わなかった。
(ぐえっ…!?)
駆け出した瞬間、ぐんっと足を引っ張られ、間抜けにも前に倒れてしまう。
大したダメージにはならないが、かなりガッチリと掴まれているのか、なかなか足が動かない。
(………掴まれている?誰に?)
嫌な予感が走って、倒れ伏したまま足元を振り返った。
そこには、同じく倒れ伏している、凍結したアンデッド。
ソレの右手が、俺の足をしっかりと握っていた。
(…なっ!?)
完全に凍結させたのに…!?
なんで動けるんだ…!?
いやそも、まだ生きていたのか…!?
驚愕と困惑が脳内を駆け巡る。
……だが、そこに、さらに悪い知らせが舞い込んできた。
(……!?)
顔を上げる。
周りを確認する。
視界が少し、薄暗かった。
なぜか────陰に入っていたから。
つまり言うと、俺はすでに囲まれていた。
(凍結したはずじゃ───!?)
アンデッド達が力無く立っており、みな一様に俺のことを見下ろしている。
生気のない視線が、俺のことを突き刺してくる。
【氷獄】は……格上の相手には解除されてしまう。
しかしその場合、最初の効果自体もほとんど無効化されてしまう。
だが、全員、最初の凍結は効いていた…ということは。
今この瞬間に、全員が俺の格上になったといってもおかしくないのではなかろうか。
心なしか、全員がより大きく、強大に見えてくる。
存在しない心臓が、これはまずいぞと警鐘を鳴らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます