第39話 そういう人間なので
それは、最後の記憶についてだ。
ぼんやりとした意識の中で徘徊していた、という記憶ではなく、本当に明瞭な……生前の記憶である。
どうやら彼女は、とある王国に仕える魔法使い……とやらであったらしい。
国からの命で魔法…及びスキルなんか研究を行っていたようだ。
個人的には、そのような文明があるということを知っただけでもかなりの収穫であるが、まぁそれはさておいて話を続けよう。
そんな彼女はある日、近頃魔力が溜まり、モンスターが生まれてくるようになった───ダンジョン化した場所の調査に赴くことになった。
それが他ならぬ、ここ、俺が目覚めた墓場である。
なにやらここは、かなり上の立場の人間=位階の高い人間が眠りにつく場所であるということで、大量の魔力が滞ってしまうらしい。
そういう理由で危険性のあるダンジョンとして、調査へ向かったのだった。
俺が彷徨いてたあの地上は、やはり大したこともなく。
それほど警戒はされていなかったのだが、地下へ向かうと一変。
強力なモンスターが蔓延っており、危険度は一気に跳ね上がった。
それでも王国に仕えるほどの強者。
なんとか調査を続け、遂には今俺がいる場所へと辿り着いた。
そしてそこで彼女は────命を落とすことになる。
『
『……いえ』
『その名の通り、アンデッド化したドラゴンのことです。ドラゴンは元々強く、それでいて賢い生き物なのですが、アンデッドになると自我と理性が失われ、ひどく凶暴になるんです』
アンデッドの…ドラゴン。
この世界にもドラゴンがいるのか、と一瞬湧き上がる気持ちもあったが、こんな話を聞いて盛り上がれるわけもない。
『ということは、それに襲われて……』
『そうですね…、不意の遭遇でしたので……というのは言い訳なんでしょうけどね』
痛烈な思いを押し殺し、彼女は自嘲する。
きっと彼女は勤勉で、真面目な人間、
そして……社畜根性の染みついた人間なのかもしれない。
『アンデッドドラゴンの恐ろしいところは、凶暴さだけではありません。ドラゴンに備わった、高い支配力と統率力が健在であることです。それによって私は支配され……スケルトンにまで堕ちてしまったのです』
死者を操る……ということか。
もしかしたらあのアンデッドの軍勢は、彼女を死に追いやった張本人によるものだったのかもしれない。
…そういえば、以前の進化先候補にもそういうヤツがあったな。
それの強化も強化されたのが、そのアンデッドドラゴンの使う術なのだろう。
アンデッドになってなお、強い彼女さえ支配するというのだから。
『………そこで、少しだけ…いえ、一つだけでもいいんです。お願いを聞いてくれませんか?』
『お願い…?』
改まったように、彼女の視線は俺を見据える。
『できるだけ、私と同じように操られた人を、解放してあげられませんか?』
まっすぐな目を向けられた、まっすぐなお願い。
しかしそれは、かなり……難しいお願いだ。
そもそも多分、俺は彼女よりも弱い。
生前は当然ながら、アンデッドになっていたとしても、だ。
そんな俺が、どうやって解放するのか。
『私のように一体一体を滅ぼしていくか……、もしくは大元となるアンデッドドラゴンを討伐するか…になりますが…』
『それは……だいぶ難しいことですね』
『そうなりますね…』
快諾したいところだけど、これはどうしようもないしな…。
余裕があれば協力したいけども。
『すいません、無理なお願いでした……、じゃ、じゃあもうひとつのお願い、聞いてくれませんか?』
気を取り直したように、そう言う。
別に厚かましいとは思わない。
志半ばで命を落とし、未練は山ほどあるだろうか。
『跡に残っていたあのペンダントを……、私の恋人に届けてくれませんか…?』
思いがけず今度は、なんとも切ないお願いが飛んできた。
どこまでも切実で、哀れ深い彼女の想いが伝わってくる。
…だが。
『どうやって届ければいいんですかね?名前も顔もわかりませんし、そもここから脱出することができるのかすら怪しいですし…』
『な、名前は……えっと』
勢いよく口を開いた直後、彼女は言い淀む。
相手の名前を言おうとして、やめてしまった。
いややめたというと語弊がある。
正確には、言えなかった。
彼女の顔が蒼白になっていく。
最愛の人の名前を忘れてしまっていたという事実は、彼女にとってとてつもなく重いものなのだろう。
『すい…ません。全部、全部…忘れてください…』
よほどの衝撃だったのか、フラフラと立つことさえ覚束無くなる。
今にも消え入りそうな声で、なんとかそう言い放つのみ。
『そう…ですか』
俺は、何も言うことができない。
どうすれば元気付けてやれるかなんて、俺にはわからない。
なんの力も持ち合わせていない俺だ。
できないお願いを引き受けるなんて無責任なことはできない。
そも、全く見知らぬ人間の頼みを聞けるのか、と言われたら、出来れば叶えてやりたいけどほとんどはNoというのが普通の答えだろう。
それが困難を極めるというのなら、なおさらである。
未練を残して死に、挙句好き勝手に操られるというのは大変気の毒に感じられるけども、だからといって何かしてあげることはできない。
……そう、正常な人は考えられるんだろうな。
『引き受けますよ、両方とも』
『…………え?』
努めてあっけらかんと言うふうにそう言った。
伏せていた彼女の目が、まんまるになってこちらを向く。
『操られたアンデッドの解放も、そのペンダントを届けるのもやります』
『……え?いや、でも』
いきなり何を言ってるんだ、とでも言いたげな表情。
自分が言い出したんじゃーん、と言いたくなるけど、まぁ無理もないので言わない。
『できない、と思うまであらゆることは可能である……って、先人も言ってるらしいのでね』
『……???』
生前に再三と言われたことだ。
良いこと言ってる感じはあるけど、所詮根性論でデタラメ論のこの文句。
しかし幸か不幸か、案外その通りなんとかなってしまうので、信憑性があるんだかないんだか。
どちらにせよ俺の社畜根性の根元には、そういう精神が植え付けられている。
もはや愚か者みたいではあるけれど、しかし俺というのは、そういう人間なんだ。
『それで、どうしますか?お願いは取り下げ?』
『あ、いや…。ホントに良いんですか…?』
『…えぇ、まぁ。誠心誠意頑張らせていただきます』
奇妙なモノを見るみたいに、彼女は俺を見つめる。
若干引いてる感があるのは気のせいだろうか。
………そんなに変かな……、変かも。
『では……、お願いしますっ……!』
彼女の目が、少しだけ潤む。
そこにどれほどの感情が詰まっているのか、俺に予測できることではない。
ただわかることは、俺の心に「よかった」という気持ちが芽生えたということだけである。
『彼のことは…、恋人のことは、まだ思い出すことはできません…。ですが、屍竜の居場所については記憶に残っています』
前者はまぁ仕方ないとして、後者はさっそく大元の場所がわかるのか。
それなら諸々の手間は省けそうである。
…まぁ、難易度が下がるとか、そういうことは一切ないけど。
『……あのペンダントと、そして私の力の一部を、あなたに託しますね』
『……力?』
疑問符を浮かべると、「はい」と相槌を打って彼女は話す。
『私の力の一部を、あのペンダントに込めました。きっとあなたを導き、手助けしてくれる…と思います』
彼女はおもむろにこちらに近づき、そっと手を握ってくる。
呪いの包帯に触れているわけだが、彼女がすでに死者であるからか、はたまた夢の中だからか、特段別状はない。
その通り、彼女はまっすぐな目でこちらを見つめている。
しかし、その刹那。
世界自体が、ぼんやりと抽象化していく。
眠りから目覚めるのだ。
『どうか……お願い……ます。私を……を、……すけ……』
声が遠のいていき、視界も遠くへいってしまう。
彼女の姿が小さくなっていき、比例して声も聞こえにくくなる。
ただ切実な彼女を見て、俺もまた一言ポツリと言った。
『任せてください。身の丈に合わないくらいの頼みですけど……僕というのは……そういう人間ですから』
変なこと言ってんな、と自分でも思うけど、まぁこういうときくらいキザでいさせて欲しい。
視界がぐにゃりと渦巻き、やがて元の世界が取り戻されていく。
気づけば、鬱蒼で薄暗い空間の中。
首に氷結したペンダントをかけて、俺はポツンと佇んでいた。
〜〜〜〜〜〜〜【META-LOG(非通知)】〜〜〜〜〜〜〜
……………
▼位階の上昇が完了しました。
【準伍位】から【準肆位】に昇格しました。
▼スキル【呪弾】を獲得しました。
……………
▼他ユーザーの情報を獲得しました。
スキル【氷弾】【氷結】【氷獄】を獲得しました。
……………
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