第38話 彼方から邂逅
暖かな風。
柔らかな草木の香り。
風に揺らぐ木々の声と、小鳥たちの奏でる音。
鬱蒼としていた空間からは一変し、日差しをたっぷり湛える、清らかで開放的な草原にて、俺は意識を覚ました。
……いや、覚ましてはいないか。
これはきっと、夢に違いない。
位階の上昇を開始したことまで、記憶が残っている。
おそらくそれで意識を落としたのだ。
そしてこれは、そんな俺が見ている夢。
つい最近にもこんなことがあったな。
たしか、あれだ。存在進化するときに。
その時もこんな感じのロケーションだったっけ。
夢を見る場所はここって決まっているのだろうか。
もしそうなら、夢に見るくらいにこの景色が奥底に刻まれているのかもしれない。
まぁ覚えは全くないけども、深層の心理のどこかで根付いているのやもしれん。
例えば、ここが精神世界だとするならば、こういう解放的な世界をどこかで求めていた……とか。
生前はオフィスに箱詰めだったし、無くはないかもな。
どこか他人事のように考察してると、後方から気配を察知した。
敵意とかそういうのではない、もっと柔和で和やかな雰囲気。
振り返るとそこには、前回に続いてまたも、女性が立っていた。
しかし、容姿なんかは一発で違うとわかる。
そもそも身長から違うし、というかそんなのを気にしなくてもすぐに別人だとわかった。
顔が、体が、鮮明になっているのだ。
前回のは上半身がモザイクみたいになっており、はっきりと姿を捉えることができなかった。
しかし今目の前にいる彼女は、はっきりと顔が見えるようになっている。
俺は思わずその場で固まってしまった。
緊張とかもまぁそうだが、なにより驚くべき要素がそこにはあったのである。
『藍色のケープ』
『金色の金属の輪に花が咲き誇るヘッドドレス』
『先が渦巻いた木の杖を握っている』
討伐したスケルトンと、そしてそれがもっていたロケットペンダントの中の写真の女性と、完全に合致していた。
写真の中からそのまま飛び出してきたかのように、本当にそのままの姿で。
もちろん、俺のただの妄想であるのかもしれない。
ただこんなにも似ていると、本当にあの人が化けて出てきたみたいで……。
(というか俺、この人倒しちゃったのに、どんな顔すれば良いんだ……)
驚きと、緊張と、その他諸々の疑問と感情がごった返して、俺は体を硬直させるほかない。
所詮夢…といえばそうなのだが、どうにも現実のように思えてしまうから厄介である。
目の前の女性は、そんな俺を見て困り眉を垂らしながら微笑んだ。
そして、少しだけ歩み寄ってきて。
『そんなに緊張なさらなくても、大丈夫ですよ…?』
鈴のような声で、口を開いた。
俺の理解できる言語で、喋り出した。
(え、は…?)
つまるところ、日本語で話したということ。
その事実に俺はまた、思考を絡ませる。
彼女は、異世界の人物のはず。
それなのに、あるはずのない言語を話し始めるなんて。
やっぱりこれは夢なのか、都合のいい妄想なのか。
しかしどうしてそんな…。
絡まり始めた糸を解くには、まだまだ時間がかかる。
そんな俺を見かねてか、彼女はまた。
『どういうわけか、私はあなたの心の中に入り込んでしまったようです。そのせいか、あなたの使用する未知なる言語も、話せるようになっていて──』
彼女は苦笑しながら話を続ける。
その甲斐もあってか、話を聞いているうちになんとか俺の困惑も解け、冷静に話を整理でき始めた。
彼女はどういうわけか、気づいたらこの場に居たらしい。
記憶や意識が曖昧で、自分が何者かすら少し不確実なのだとか。
しかし、ずいぶん長いこと眠りについていたことは覚えており、そしてその間に無意識下で動き回っていた、ということも記憶の片隅に残っていたらしい。
…と、いうことは。
『えっと、やっぱりあなたは……さきほどの…?』
やはり声は出せる。
生前の俺と同じ声だ。
それに乗じて、遭遇してからずっと思ってたことを、おそるおそる聞いてみる。
スケルトンですか?とダイレクトに聞くのはなんだか憚られて、最後の方はだいぶ濁した。
記憶が曖昧らしいので伝わるか微妙だったか、彼女は察したかのように、自嘲気に目を伏せて──。
『そう、なりますね……。ご迷惑をおかけしました』
『いや、まぁ、なんというか、こちらこそ失礼な真似を…』
反射的に謝ってしまい、草原の真ん中で謝り合うローブの女性と包帯男という、妙な絵面が完成してしまった。
(まぁ実際、遺体も原型が残ってないくらい滅ぼしてしまったしな…)
彼女の記憶がないからノーカンとはいくまいし…。
『いえ、実は……本当に助かったんです。あなたが私を倒してくださって』
『…助かった?』
思いも寄らぬ発言に、俺は鸚鵡返ししてしまう。
『はい。あなたが私を……いや、私の体を滅ぼしてくださったことで、私はあの状態から解放されることができたのです』
『解放……』
それはつまり…、彼女はあの姿にされていた…みたいなことか?
『少しだけ、個人的な話をしていいですか…?』
儚気な視線を俺に向けてくる。
否認する必要もないので、俺は黙して首肯する。
すると、ポツリと彼女は語り始めた。
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