第33話間話◯英傑の墓場にて
カツンカツン、と音を響かせて、少女は地下へと続く階段を降りていく。
オルレアンス王国国王への従属を示す、白絹のローブと、氷結系の魔法およびスキルを格段に強化する魔杖、そして分厚い革の本を携える。
様相からすれば、王国随一のエリート魔法使いである。
到底、年端もいかない少女がするスタイルではない。
だがそれは一般的には、ということであり、もちろん彼女はその一般の範疇には存在しない。
どこまでもニヒルに見えるその表情。
しかしそこには、わずかながらの苛立ちを
部下……ともいえるような関係ではないが、仮にも従えていた者が死亡した。
上の立場に立つものとしては、尻拭いをしなければならない。
もしそれが可愛がっていた者であったならば、やぶさかではないだろう、
だが、それが上の都合によって押しつけられるようにして雇った者なら。
面倒以外の何物でもない。
まして、その従えた人物の仕事が、自分でやったほうが幾倍も効率が良かったなら、怒りすら覚えてしまうだろう。
彼女の状況は、つまりそういうことであった。
10代前半にして、人類の上位互換である『ハイ・ヒューマン』に昇格し、【
しかし相応の力を手にしたということは、それ即ち相応の立場と相応の責任、相応の立ち振る舞いが求められるわけで、それは子供である彼女も例外ではなかった。
自分よりも倍の年齢、それでいて自分より遥かな下の存在を従えなくてはならなくなり、それらが犯した失態を取り繕わなければならなくなった。
今まさにその状況下にある彼女の感情を表すには、やはり苛立ちや不平不満というのがぴったりだろう。
カツンと、下る音が止まり、ツカツカという歩みの音が始まる。
螺旋の階段を下り切った先。
そこには、無数の魔法陣が床に浮かぶ空間があった。
ぼんやりと浮かぶ光が真っ暗な部屋をわずかに照らしており、いかにも不気味な雰囲気を醸し出している。
これら全て、オルレアンス王国に存在する
かつては強大な脅威であり、攻略・殲滅の対象であったダンジョンだが、今や素材やエネルギー調達のための、国家の重要な資産となっている。
この空間は、そんなダンジョンへと赴くためのハブのような場所である。
向かうは、彼女が管理を任されているダンジョン。
その昔は、王族や上位貴族、偉大な功績を残した魔法使い、そしてかつては魔王を打ち破る勇者だった者……いわば英傑たちが眠る墓場であった。
しかし、そのような強大な人物であれば当然位階も高く、比例して魔力も莫大である。
それは死後も残留し続けるほどの大きさとなり、今やダンジョンを形成するほどの量となった。
貯蔵していた財宝やら遺産やらは既に回収しており、出現する魔物もアンデッドという利益の少ないものであるため本来なら踏破しても良いのだが、歴史的な価値があるとして現在も残されている。
言い換えれば重要度は低いため、位階は高いものの年齢が幼い彼女に管理を一任されていた。
(……【
管理地へと繋がる魔法陣の前へ。
右手をかざし、彼女の【スキル】を発動する。
目の前に蒼い画面が展開され、そこにマップのようなものが映し出された。
遠隔で対象の周辺情報を確認することができる、冒険者ならば喉から手が出るほど欲しいスキルである。
専門職でないとなかなか習得の難しいスキルであるが、それを彼女は片手間に手に入れている。
魔物を表す
それはつまり。
(
魔力の不調和によって起こる、魔物が大量発生する現象。
兵士の
そんなことでは、彼女は表情を崩さない。
むしろ言い換えれば、別の要因で彼女は鉄仮面を外すことになった。
(……?なに、何が起きてるの?)
顔をわずかに疑問に歪ませる。
管理の拠点である砦が半壊している、という情報があった。
伴って、大量の砦への侵入者警告。
古いとは言え相当頑丈な砦が倒壊した…ということだ。
(……あぁ、もしや)
画面をスライドし、別の項目を映し出す。
それは、砦を警備する
5体のそれぞれ違う性能のゴーレムを構えさせていたわけだが、そのうち1体の反応が失われていた。
それはゴーレムが撃破された、ということを意味しているのだが……、その原因はもう既に悟っていた。
(あの人は本当……、あとで締めておきますか)
この場にいないとある人へ毒づいて、彼女は映し出していたウィンドウを閉じる。
そして目の前の魔法陣の上に歩み進み、手に握った杖でトントンと床を叩いた。
「【シロア・モティール】の名において、今、異郷への門を開け」
彼女の名とそれに続く呪文を唱えると、魔法陣は強烈な光を部屋に湛える。
やがて彼女の姿はぐにゃりと歪み、この空間から別の場所へと転送された。
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(……なんだこいつ)
光が止み、次に彼女の視界が映し出したのは、新たな魔法陣の空間。
そして、そこで
ありふれたアンデッド種である、スケルトン。
その派生種である、「カース・スケルトン」だと彼女はすぐに見当がつく。
珍しい種族ではあるが、管理を任されて以来数回は見かけたことがあるため、今更過度に珍しがることもない。
むしろ興味をひくというか、驚くべきことなのは、希少種とは言え凡百な強さのこのスケルトンが、管理の中枢であるこの空間に入り込んでいることだった。
(【
==============================
個体名:ーーー
種族名:カース・スケルトン
位階:
存在値:7661
[能力]
生命力:1328/1328
魔力 :339/339
攻撃力:184
防御力:171
抵抗力:257
敏捷力:122
[称号]
【ドクロ砕き】【トリックスター】
[スキル]
【投石】【呪いのまじない】【必殺拳】【足枷の呪い】
【牙抜きの呪い】【呪詛の外套】【メッタ打ち】【会心撃】【棒術】
【砕岩空拳】【徒手空拳】【不滅】【鎧化】【剥奪の呪い】【呪いの呼び声】
==============================
対象の詳細を完全に映し出すスキル。
やはり獲得困難なそれをまるで簡単に使用すると、視界の右下にまた新たなウィンドウが展開された。
今目の前にいる骸骨の能力だ。
それによれば、彼女にとっては何も大したことのない存在であることがわかる。
上層部の魔物にしては位階が高めだし、スキルも多めではある。
だが所詮最底辺の
特に語るべきことはないだろう。
(砦の崩壊に紛れ込んできただけか)
セキュリティは突破しただけあって、何か特別な者が備わっているのかと思ったが、どうやら見当違いだった。
彼女の興味はすでに失ってしまった。
握った杖を寝かせて、骸骨へ向ける。
(【
扉から逃げ出そうとした
あえて急所は外したが、結局命中していたらしい。
横腹のあたりがバキバキになっている。
(【必殺魔弾】)
追い討ちの攻撃。
今度はしっかり急所である頭蓋へ。
魔力の弾丸は漆黒の骸骨の額に向かって吸い込まれていく───。
が、間に差し込まれた鋼鉄の腕と、呪いで編まれた外套によって遮断される。
ガキィンという金属と金属が打ち合うような音を立てて、魔弾は明後日の方向へ吹っ飛んでいった。
(反応速度はいいな……、スキル発動も合理的だ)
普通のアンデッドよりも、明らかに戦闘IQは高い。
まぁそれでもプロかと言われれば全くだが、しかし知能のない者のソレではなかった。
(ちょっとはできるのかな?【
アンデッド特攻である、火系の魔法スキル。
この魔杖との相性は最悪であり、発動も数秒遅くなるが、しかし普通のアンデッドならば問題なく命中する。
その判断基準によれば、目の前のスケルトンは普通のアンデッドではなかったようだ。
黒塗りの骸骨は、スキル発動を察知したかのように横へ飛び退けた。
そのコンマ数秒で炎が射出されるが、なんとか無傷のようである。
それどころか急速に体を動かして、壁を蹴り、少女に向かって特攻を仕掛けるではないか。
半ば弾丸のように速度を上げた拳は、彼女の顔面に向かって飛んでくる。
(へぇ、いいね)
しかし、彼女は焦りのひとつも覚えない。
まぁ別にそれは、彼女の能力を鑑みれば何も驚くべきことでもないのだ。
手に握っていた杖で瞬時に拳を受け止め、有り余る腕力でそのまま投げ飛ばす。
もはや見た目が小さいだけの
そのまま壁に激突して絶命…かと思われたが、骨とはとても思えないような身のこなしで、スケルトンは勢いをいなす。
(何が、君をそうさせているんだろうか)
能力的には何も特筆すべきことはなかった。
なら、それだけでは説明できないものが、目の前の骸骨にはあるはず。
(少し……、捕獲でもすればわかるのかな)
じっと骸骨を見据える。
動きはない。
こちらを警戒しているようだ。
したところで、彼女の動きを捉えられるわけもないのだが。
(【テイ………】)
魔物を従僕にするスキル。
それを発動した、いやしようとした。
つまりそれは不発に終わった。
唐突に強烈な閃光が部屋を包み、スケルトンの姿を消し去ったのだ。
たまらず目を閉じて、視界が落ち着きを取り戻した頃にはもう、漆黒の骸骨を捉えることは既に叶わなくなっていた。
アレがどうなったのか、もうわからない。
==============================
個体名:シロア・モティール
種族名:ハイ・ヒューマン
位階:上弐位
存在値:10022
[能力]
生命力:127615/127615
魔力 :38176/32129
攻撃力:5980
防御力:2117
抵抗力:4936
敏捷力:10924
[称号]
【人類の監視者】【魔に愛されし者】【賢聖】【停止世界の傍観者】
【氷結の女王】【反骨の女神】【竜の怨霊】【終末のネクロマンサー】
以下任意表示
[スキル]
【必殺魔弾】【聖氷牢獄】【凍結世界】【烈火の旋風】【竜息火焔】
【遠隔探査】【精密解析】【万里眼】【万物操作術】【屍死累々】【極・棒術】
以下任意表示
[特性]
【擬似神性】【種族変性】【ヒューマン】
==============================
他の人間が見れば、仰天するような能力を表示する。
存在値の以前との変動はない。
それはあのスケルトンが死んでいないからなのか、それとも存在値が1でも変動しない程度に取るに足らないものだったからなのか。
(少しおもしろかったけど、まぁそれくらいかな。もう、会うことはなさそうだしね)
あの骸骨が踏んでいた魔法陣。
おそらく、これが反応して転移してしまったのだろう。
黒ずんだ赤色のソレは、見るからに悍ましい雰囲気を醸し出している。
それもそのはずで、この魔法陣は実際にその先へ向かい、そして死んだ者の血液で描かれたモノなのだから。
なんとも悪趣味ではあるが、それほどの禁忌性、呪詛性が無ければ開通しないのである。
なぜならこれは、このダンジョンの最深部へと繋がっているのだから。
先に語った通り、このダンジョンは元は英傑の墓場であった。
いや、もっと厳密に言えば、英傑の地下墓であった。
そんなところに迷い込んだとなれば……もう生きては戻ってこれまい。
戻ってこれたとして、それはもう以前の自分のままではいられないだろう。
(死者の【
奇妙なあのスケルトンの結末にほんの少しの興味と同情を抱き、そのまま失くす。
すでに忘れてしまったかのように、彼女は元の目的である、部下の尻拭いへと取り掛かった。
……いや、最後の最後で、ふと疑問を抱いていた。
(でもあの魔法陣は……、相当の人物じゃないと反応しないはずなんだけどな。例えば、そう。魔王とかそういうレベルの実力者ではないと)
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