第30話 いつかの景色



 気づけば俺は、広大な草原を見下ろす丘の上に立っていた。


 風と共に自然の匂いが香り、ザワザワと木々が歌うようにざわめく。

 頭の上を覆っている、木の枝々も頭を振るかのように揺れている。


 全く身に覚えのない地だ。



 おもむろに、自分の手を見る。


 前世と変わり果てた骨だけの手─────ではない。

 確かな肉と皮に覆われた、正真正銘の人の手がそこにあった。


 グー、パーしてもしっかりと動く。

 改めて自分の手であるのだと確認する。

 

 人間に戻っているという驚くべきことなのだが………どうにも俺の心境は、至って凪のように平静である。


 慌てるとか、驚きとか、そういう感情はほとんどない。

 まるでそれが当然であるかのように今は感じられるのだ。


 いや、もっと言えば。

 それが他人事かのように思われるのだ。


 

 脈絡のない景色の変化と、まるで自分のこととは思えないような気分。

 これは……。


 (夢……?)


 現状を見て、俺はそう結論づける。


 記憶を遡れば、俺は進化を果たそうとして意識を失っていた。

 ならば眠っているともいえるので、これは夢と考えることができる。


 そのわりには意識が明瞭ではあるが……、まぁあれだ。

 たぶんこれは、明晰夢とやらなのだろう。

 

 (にしてもだが……、ここはいったいどこなんだ?)


 何かの番組で、夢は記憶の整理の過程で発生するとかなんとか…って言ってた気がする。

 しかしそれにしては、今目の前に広がっている光景はまったくもって記憶にない。


 片隅にあるものが呼び起こされたのか……?

 最近は鬱蒼とした風景しか捉えていないし、こんな大々的に夢に反映されるとは思えないけれど…。


 夢の中なのにいろいろと考えていると、後方に気配を感じた。


 「**********」


 女性的な声が聞こえてくる。

 振り返ってみるとその通り、緑のスカートとケープに身を包んだ少女が立っていた。


 声質や口調的にはだいぶ若い。

 10代か、20代前半くらいだろう。

 たぶん笑顔が可愛い感じの印象だ。

 


 なぜ視界にとらえているのに声で判断しているのかというと、それは端的に、彼女の顔がからだ。



 目の前の女性の顔部分に、モザイクのようなモヤがかかっている。

 なんなら上半身の半分の面積は隠されており、ハッキリと姿を捉えることができない。


 夢だからなのか…。

 いやそもそも、俺の記憶にこんな少女はいないから……なのか。


 とりあえず、俺には目の前にいる彼女が何者なのか、いっさいわからない。


 「************?」


 そんな俺のことなど露知らず、彼女は疑問符を浮かべるように話しかけてくる。

 俺が、何も言わずに硬直していたからだろう。


 ただ、何を言っているのかさっぱりわからない。

 夢なので意識が不安定だから……というわけではなく、そもそも言語が全く違うのだ。


 ますますなんでこんな夢を見てるのかわからなくなる。


 「******?******」


 彼女は覗き込んでくるかのように、俺の視界に入ってくる。

 

 う〜ん、どうしたものか。

 夢とはいえ、何も答えないのはなんというか……嫌な気分ではある。


 だが言葉は絶対通じないしな…。


 「******。******」


 無駄かもしれない思案を繰り広げていると、また未知の言語が聞こえてきた。

 しかしそれは、目の前の少女によるものではない。


 なぜならそれは。



 (あれ、俺今…?)


 他ならない、俺の声だった。


 自分でも、なんて言ったのかわからない。

 未知の言語を俺は無意識に話していた。


 (なんだこれ……、変な感じだ……)


 「****」

 「******」

 「*****?」

 「************」


 困惑する俺を差し置いて、と彼女は会話を続ける。

 何を話しているのか、まったくわからずに…。


 (……いや、待て。これは本当に俺なのか…?)


 ひとつの答えが思い浮かぶ。


 今、俺が一人称で見ているのは俺ではないの視点なのではないか。

 例えるなら…そうだな、VRを見ているかのような状態なのではないか…ということだ。


 ならば勝手に話し出すのも頷けるし、身に覚えのない景色にいるのも納得できる。


 だがまぁ、そうなると、いったい誰の記憶を追体験しているのかということになるが……。

 


 「****〜〜!」

 「…!*****!」


 前方、目の前の少女にとっては後方から、また新しい声が聞こえてくる。

 反応的に、おそらくは彼女のことを呼んでいるのだろう。


 「******!****」


 体を向こうに向け、手を控えめに振りながら、少女は去っていく。

 声をかけた者の方へ行くのだろう。


 俺はその背中を、ボーッと見届ける。


 そして、。もう見えなくなろうかと言う時。







 ────行かないでくれ

 



 (……は?)

 

 胸の奥で、切実な叫びが響いた気がした。

 いや、気がする…ではない。


 たしかに俺は「行かないでほしい」と思考していた。

 なんで唐突にそう思ったのか、全くわからない。


 わからないまま、体は勝手に動き出す。

 もう届かないに決まっている、彼女の背へ手を伸ばして────。





 しかし視界に入った、その自分の腕はもう─────。



---



 ガバリと体を起こす。

 ペタペタと全身を触り、自分の状態を確認する。


 依然と変わらない骨の体……ではなく。

 かといって人間といえるような普通の体ではない。


 



 (無事、成功…か)


 腕を見て、俺はそう確信する。


 視界に入ったその右腕は、呪いが刻まれた





〜〜〜〜〜〜〜【META-LOG(非通知)】〜〜〜〜〜〜〜

……………

▼『マミー・タブー』に存在進化しました。

▼能力が種に即して変化しました。

▼存在進化に伴い、550の存在値を獲得しました。

▼存在進化に伴い、位階が『準伍位フィフス』に上昇しました。

▼スキル【呪縛】【呪爪】【呪斬】を獲得しました。

……………

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 


 

 

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