第21話 渾身


 ゴーレムは飛び込んだ姿勢から、むっくりと起き上がる。

 その動作ひとつだけでも、この砦はグラグラと揺れ動く。


 紅い宝石の光が、俺を見据えた気がした。

 ヤツの左腕がゆっくり動き出す。



 ────攻撃の予備動作。



 (【走れ】!)


 俺が念じると同時、体は床を蹴って加速した。


 方向は扉の方へ。

 それでいて、内と外を隔てる壁に限りなく沿う。


 「******、***」

 

 キュルキュルと金具を回すかのような音がなり、背中がぞくりと粟立つ。

 また、とんでもない攻撃がくる。


 (〜〜〜!、【避けろ】!)


 体を左方向へ投げ出す。


 そしてすぐ後に、元いた場所に鋭い岩が突き昇った。

 床を穿ち、天井さえも届きそうなほどに伸びている。


 (なんだよあれは…!!アイツのスキルか…?)

 

 背後をみれば、奴はその場から動いていない。

 左手をこちらに突き出しているのみだ。


 遠距離攻撃のスキルでも使ったと推測すべきか。



 今の攻撃で壁の一部が崩れた。

 しかし完全に倒壊するわけではなく、少し抉れた程度。

 

 (思ったより堅い…!)


 想定外ではあるが、それで動揺はしていられない。


 瓦礫の一部を拾い、ゴーレムに投げ飛ばす。

 拳大程度の大きさ、それなりの速さと質量を持って放たれた岩砲は……。


 振るわれた左腕によっていとも容易く砂塵と化す。


 「******」


 紅の珠がまた怪しげに光る。

 そして先ほどのように、ドシンドシンと地を唸らせてこちらへ走ってきた。


 (来た…!)


 壁際に沿って、ギリギリまで……ギリギリまで引きつける。


 100m…50m……今!!


 壁を蹴り、思いっきり横へと体を逸らす。

 降ってきた巨大な陰から、スレスレのところで抜け出した。


 刹那、ずしぃぃんと轟音をたて、壁がガラガラと崩れる。

 しかしまだ、完全には破壊されない。


 (ほら、まだまだだろ!?)


 床に散乱した瓦礫を拾って、ヤツに投げつける。

 走り回っては拾い、投げつけ、また走り回る。


 体に当たった瞬間、砂のように崩れ去ってしまうのでダメージはほとんどないのかもしれない。


 投げていくうちに速度や威力も上がっているような気もするが、多分それでも効果は薄いだろう。


 だが、これはダメージを与えることが目的ではないので、特段問題ない。


 「********************!!」


 ゴーレムは顔を壁に埋めたまま、左右腕を豪快に振り回す。

 あまりに無秩序な攻撃、避け切るのは非常に厳しい。


 しかし流石オートと言うべきか。

 なんとか直撃は避け続けている。


 (よし、この調子なら…!)


 床が、壁が、天井が。

 グラグラとゆすられながら倒壊していく。


 「*****」


 また、キュルキュルと甲高い音が。

 例によって、岩槍が地から天に向かって昇る。


 何本も、何本も。


 (……!クソっ、【呪詛の外套】)


 元々羽織っている上から、さらに呪いのコートが全身を覆う。

 しかしそれはすぐに、あっさりと打ち破られた。


 鋭利な岩石の刺突が、漆黒の外套を穿つ。


 (あぐっ……ァ)


 黒のモヤが晴れ、左あばら骨に開かれた穴が露わになる。

 今の刺突により、ぽっかりと浮かぶように風穴を開けられたのだ。


 もしこれは生物であったなら、出血多量に内臓破損。

 飛んだ致命傷だったことだろう。


 ……だが、俺はもう死んでいる。


 (致命傷じゃない……、まだだ!)


 自ずから奮い立たせ、足を動かし続ける。


=================

生命力:76/475

魔力 :18/112

==================


 視界の傍に、残存HP、MPを表示する。


 【密化】や魔法スキルを使えば、魔力は底をつくだろう。

 となると、受けられる攻撃もせいぜいあと一発というところか。


 ───全てが尽きたその時が、本当の死。



 ……変な冷や汗が噴き出そうだ。

 死んでなお、死と隣り合わせになるなんて。


 だが、少しの希望はまだある。

 勝ち筋も逃げ筋も、全ては同じ一本。


 そしてこのもまた、その筋への一歩だ。



 「ア゛、ア゛ア゛ァ゛、ァ゛」



 掠れた呻き声が、壁の外から聞こえてくる。


 先ほどの遠距離攻撃の連発がトドメになって、ここらの壁がほとんど崩壊した。

 外の景色が見えるようになってしまっている。


 そしてその景色の中で、動き回る死体の大群が迫り来るのも見えた。


 先ほど群がっていた、ゾンビ達だ。



 「オ゛オ゛ォ゛オ゛、オ゛ォ゛」


 蠢く手足が、這うように近づいてくる。

 そして雪崩のような勢いで、砦の内部へと押し寄せてきた。



 …これには、ゴーレムも無視せざるをえないようで。


 「******」

 

 左腕を力一杯に振るい、大群を薙ぎ払った。


 首、手、足、頭。

 あらゆる部位がビチャビチャと水音を立てて弾け飛び、空に舞う。

 緑の液体が内部を汚し散らかす。


 それでもなお、大群の勢いは止まらない。


 (……いったい何体いるんだか)


 さきほどかなりの数を倒したつもりだったが、少しもこの量を減らす一助となってはいなかったらしい。

 

 しかしまぁ、これは実に好都合チャンスだ。



 「******、******」


 「コ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛オ゛」


 

 ゴーレムはゾンビを蹴散らすことにご執心の様子。

 完全にヘイトはあちらへ向いているようだ。


 (……そりゃあそうだよな)


 お前はたぶん、この砦を守るみたいなヤツなんだろ?

 なら、こんな大挙襲来されたらたまったもんじゃないだろうな。


 こんなちっぽけな骸骨よりも、よっぽどそっちに構った方がいい。


 でもそれが、助かるはずだったお前の運命を分つのさ。


 

 ちょうどよく積み重なった瓦礫を駆け上がる。

 転々と飛び越え、目指すはゴーレムのてっぺん。


 (【跳べ】!)


 腕をブンっと振って跳躍。

 ヤツに向かって飛びかかり……、精一杯の力でしがみついた。


 ゴーレムは無尽蔵に動き回る。

 ゾンビの血潮がこちらにまで飛んでくる。


 しかしそれでも、決して離さない。

 宝石の埋まった頭のところまで、慎重に登り詰める。



 ────やがて、ついに頂上へ。



 ちょうどの上までやってきた。


 …。


 ほぼ殺されそうな状況でここまで耐えてきた窮地脱却


 相手が格上だとわかっても勝機を狙い続けた覆す者


 そして……脳天まで登ってきたのだドクロ砕き

 


 ここまで来ても、時の運会心撃に賭けるというのは…いささか不安ではある。


 しかし、それが唯一残った勝ち筋だ。

 ここで覚悟を見せずして、どこで見せるというのか。


 一か八か、一撃の勝負。


 (さぁ、受け止めてみろ……!!!)



 【必殺拳】



 振り上げた拳は、急激な力の奔流を纏い、燦然と光る。


 光に気圧けおされたのか、ゾンビもゴーレムも、刹那に動きを停止した。


 その止まった刻の中で、ただひとり俺は動く。


 掲げられた拳は、勢いよく巨岩の脳天へと吸い込まれ────。






 

 破壊を尽くす巨神兵の頭頂を、

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