第18話 アンデッドパニック



 おどろおどろしいオーラを放つ外套を纏いながら、ずんずか墓場を進んでいく。


 もしばったり人にでも会ったら、不審者かと思われそうな様相だ。

 骸骨になっている時点で、引かれるとかそういう問題ではないが……

 まぁ、生憎すれ違うのは同じスケルトンくらいなので、こんな格好でも問題ない。


 だから、こんなもどきを振り回しても、なんのお咎めもないのだ!



 さきほど倒したトレント。

 元々は2、3m程度の大きさだったが、討伐後は萎びてしまったのか、1mないくらいにまで縮んでしまっていた。


 そのまま捨て置いておくのもなんか憚られたので、ちょうどいい長さだから護身用の剣代わりに持ってきたのだ。

 

 丈夫さも申し分もないので、今後自力戦闘する方針の俺にはピッタリだった。

 ペーペーが素手で戦うのなんて無理だしな。


 図らずもハンティング・トロフィーみたいになっちゃったけど、まぁ、トレントを供養するという意味も込めて…ね。



---


 

 うん…?なんだアレは。


 

 木剣というか棍棒というかただの細い丸太を携えて歩くことしばらく。

 先の方に、なんだか真新しいものが目に入った。


 ───人型の何かが、何かの横に座って打ちひしがれている……?

 

 横たわった何かに泣き縋るようにして、人型が座っている。

 

 薄暗いから顔なんかは見えない。

 ただ、があるのは確かだった。



 スケルトンになってからこの方、生身の人間どころか生物にはほとんど合わなかった。

 強いて言えばトレントがそうなのかもしれないが、そういうことが言いたいわけではない。


 肉のある、血の通った生き物と遭遇してこなかった、ということだ。

 行く先居るのは全部骨、見かける鳥も人も全員骨だったのだ。



 しかし、今視界に映る者はどうか。

 シルエットにはなっているけれど、たしかに肉がついていることは窺える。

 顔ものっぺりした骸骨ではなく、凹凸ある生物的なものだった。


 ついに、ついに人と遭遇することができたのだ!!



 や、やばい。どうしよう。

 こういう時はどうすりゃいいんだろう。


 なんか泣いてるんだかわかんないけど、ただ事じゃない雰囲気だよな…。

 話しかけてみちゃったりしていいのかな…。


 でも、そもそもここは異世界。

 言葉が通じない可能性もある……というか、俺話せないか。


 骸骨が人間に話しかけるなんて、それはもうパニック映画のそれだしな…。


 コミュニケーションは諦めて、放っておくか……?

 でもせっかく見つけた人間なのに、それはなんかもったいない気も────。



 



 突然の遭遇にあたふたしていると、ふと、足に違和感を覚える。


 グッとした感じの圧迫感があった。

 誰かに掴まれている、という風な感じだ。


 でも、そんなことあるはずはない。

 あるはずはない、と思いながら、下に目線を落とす………と。



 ───恐ろしく血相の悪いが、地面から生えていた。



 あんぐりと力なく開いた口から、緑色の液体を垂らし、虚な目でこちらを見上げている。

 そして、ほとんど骨みたいな手で、俺の真っ黒な骨を握りしめていた。



 うわ。



 (うわあああああああ!?!!?!?)


 

 掴まれていた足を思いっきり振り上げ、地面から現れたヒトを思いっきり蹴り上げた。

 顎にクリーンヒットしたようで、ソイツは少しだけ体を外へ出しながら項垂れる。



 (なんだこれ、なんだこれ!?人!? …いや、!??)


 なんでそんなところの、ってかなんで地面から!?

 いや、ゾンビといえば地面から上がってくる…か?

 俺も元々は地中に居たわけだし…?


 (でも、急にそんなことされて驚かないわけねーだろ!意味わかんねーって!!)

 

 もし声帯があったなら、とんでもない叫び声をあげていたところだ。

 心臓はないけど、心臓に悪い。



 傍にもっていたトレント棒を構えて、推定ゾンビから距離をとる。

 その腕や脚はプルプル震えていて、自分でも笑いそうである。


 恐怖を与えるとかいう特性を手に入れたのに、自分が怖がってるのはどうなんだ…。

 

 ゾンビはだらんと脱力しながら、地面から這い出る。

 そして焦点の定まらない目をこちらに向けた。


 ……よくわからないけど、敵対しているのは確かな模様。

 う゛う゛う゛、と唸りながら、爪を立てているし…、多分そうだ。


 正直言って怖い。俺、ゾンビ映画苦手なんだ。



 ジリジリとお互い睨み合う。

 まぁ、俺の方はビビって動けなくなってるだけ……。


 だから案の定、最初に動き出したのはゾンビの方だった。

 穴を飛び出して、獣のような体勢でコチラへ飛びかかってくる。


 (なっ…、思いの外速い!)


 想定外の機敏さに面食らって、反応が遅れる。

 その隙にゾンビは、鋭く薄汚い爪をむけてきた。


 (き…、【牙抜きの呪い】【足枷の呪い】!!)

 

 咄嗟にスキルを発動。

 それぞれ、赤みのある黒のモヤ、緑がかった黒のモヤとして、ゾンビに絡みつく。


 それによってか、若干勢いが鈍るものの止まりはせず。

 ゾンビは俺の体……いや、外套に爪を立てることとなった。


 (ダメージはない…、むしろこっちが…!)


 一瞬、びくりとゾンビの体が震える。

 おそらくは、【呪詛の外套】の効果を喰らったのだ。

 

 微弱なダメージではあるだろう、しかし隙を作るにはそれで十分だった。


 (くら……えっ!!!)


 持っていたトレントを振りかぶる。


 見た目は太めの木の棒でも、頑丈さはピカイチ。

 なんてったって、俺より強いであろうトレント製だから。


 思い切った一撃は、ゾンビの脳天へと吸い込まれ……。 


 ダァンッ!!という打撃音、そしてという水音を炸裂させた。


 頭が破壊されたゾンビが、ぐったりと倒れる。


 緑のヘドロみたいな液体が、全身に付着する。

 黒い体があっという間に染め上げられる。


 (……ぇ、うぉえ…)


 もし俺に胃があったなら、内容物をその場でぶち撒けていたところだ。


 あまりにもグロい。

 色こそ似ても似つかないが、見た目はほとんど惨殺死体。


 普通、木の棒で人の頭を殴っても、血は出るにせよ破壊はされないだろう。

 脳震盪なんかで死ぬことはあれど、脳がぐちゃぐちゃになって死ぬことはない。


 しかし目の前のゾンビは、頭の中身をこんにちはさせた状態でぶっ倒れている。

 

 頭蓋骨がなかったのか、それとも異常に脆かったのか。

 どちらかわからないし、どうでもいいけど、強烈な絵面であることは確かだった。


 

 もう目に入れたくもなかったけど、もう一度起き上がってきそうなので、念入りに頭をミンチにする。


 ゾンビ映画では、倒したと思った奴が起き上がって噛まれる、というのが定番だ。

 決して油断はしない……。

 例え、グロかったとしても…うん。



〜〜〜〜〜〜〜【META-LOG(非通知)】〜〜〜〜〜〜〜

……………

▼『ゾンビ:劣肆位』に遭遇エンカウントしました。

……………

▼スキル【メッタ打ち】を獲得しました。

▼340の存在値を獲得しました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 (こんなもんで……いいか……)


 精神をゴリゴリ削りながら、とりあえず処理終了。

 今までで一番壮絶だったかもしれない。


 まぁ、とりあえずはひと段落────。



 (あ……)



 そういえば、と思い出す。


 さっきの人はどうした。

 うずくまってたあの人。


 もし、さっきの光景を見られたら……。

 ってか存在を気づかれてたら……。


 急に変な汗が噴き出るような思いになる。


 全く見ず知らずの人間ではあるのだが、しかしそれでも外聞というのがある。

 カース・スケルトンは希少種にあたるらしい。

 ならば、この霊園で出現することも珍しいはず。


 そんな中で、「カース・スケルトンは死体を嬲るサイコパス種族です!」なんて言われたらどうだ……?

 もし俺がオンリーワンだった場合、それはもはや俺への風評となる。


 それはとっても悲しいし、もしかしたら危険の種となる恐れがある。


 だから……弁解の余地よ…、あれ!!



 バッと先ほどの人間の方へ、視線を向けた。



 (は……?)



 ───そこには、佇んでいる人がいた。


 肉塊みたいのを片手で握りしめ、もちゃもちゃと顎を動かしながら、がん開きの眼を見せている。


 (いや、おいおい。そんなオチ……)

 

現実から逃れるように、視線を他所へやる。

しかしそこにも────が。


それも何人も、十何人も。

俺を取り囲んで、光のない視線を突き刺していた。



(………なぁ)



ゾンビパニックは聞いてないよ…?


 

 

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