第13話 META-LOG


 確かな怒りを振り撒きながら、老木はこちらに迫ってくる。

 濁った池みたいな色をした眼を剥き、ぐねぐねと根を波打っている。


 ただの木と思ったら、まさかの化け物でしたなんて笑えねーよ。


 顔のついた木のモンスター……か。

 ゲームならば、トレント、ドライアド、人面樹、エントといろいろ居るが…。


 いずれにしても、こんな寂れた場所で遭遇するとは思わなかった。

 もっと自然豊かなところに出るんじゃないのか。

 枯れ木の姿……要は死んでるといっても良いから、こいつもアンデッドなのか…?


 

 ……いや、今はそんなことどうでもいい。


 見ればわかるけど、アイツは完全にブチギレている。

 もちろん怒りの矛先は俺。

 顔面に石をぶつけられればそりゃそうだ。


 どうする……逃げるか?

 なんとなくだけど、コイツは他の奴よりも強い気がする。

 存在しない心臓がアイツは危険だと警鐘を鳴らしている。


 一度も戦場に立ったことのない奴の戦場勘だ。

 でもこういうときの勘は、大抵よく当たると俺は知っている。


 幸い、トレント(推定)の動きは遅い。

 枯れているとはいえ、それなりに大きいのだから無理はない。

 ならば逃走の選択肢も大いにある。


 よし、逃げよう。逃げるは恥でもないし役にも立つ。

 

 【META】


 例のオート機能を発動。

 俺よりも俺の動かし方を熟知しているから、逃げるのにも役立つはず。


 フッと意識が外在化し、体の主導権は奪われる。

 逃げるという意思に従い、走りに特化した低姿勢をとる。

 そしてトレントから遠ざかるように、思いっきり地面を蹴った。


 体が骨だけに、大した速さでもないけど距離は確実に広がっていく。

 やはりアイツの動きは鈍重だ。

 このままいけば容易に振り切れ………。





 ─────ザグンッッ!!!




 突如として強烈な衝撃が襲いかかり、ガクンと世界が動く。

 急激な浮遊感が全身を包み、視界の端に、プランプランと手足が力無く揺れているのが見えた。


 


 なんで?


 遠かった地面から、こちらに向かって何かが伸びている。

 そしてそれは、視界の中で胸の辺りに収束していた。


 要は、

 

 …。


 嘘だろッ……!?



 首をありったけに巡らせ、後方を確認。

 トレントは何やら、ヒョロヒョロとした根を地面に突き立てていた。

 

 それが、こちらまで伸びてきたというのか!?

 仮にも人骨を貫く威力で!?

 

 ありえないが、そうとしか現状考えられない。

 あの貧相な体躯の、どこにそんな力があるんだか。



 何が起こっているのかさっぱりだが、しかし、非常にまずいことはわかる。


 奴はまた、ジリジリとこちらに近づいている。

 何をしでかすのかわからないけど、決して楽しいことが始まるわけでもあるまい。


 早くこの状況から脱さなければ、危険であることは間違いない。



 オート機能は、体を貫く根を掴み、なんとか引き抜こうとする。

 ……が、深くまで突き刺さってしまったのか、なかなか抜けない。


 なんなんだ、いったいどうしてそんな威力の攻撃ができる。



 まだトレントとの距離は100m以上ある。

 しかし、その距離でも攻撃できるのだから、いつ追撃が来てもおかしくない。



 ……くそっ、早く抜けろ!!

 老木に喧嘩を売って返り討ちに遭い絶命なんて、どんなお笑い草だ!!

 こんなところで終わるわけには……ッ!!


 ジタバタともがくも、状況は未だ好転しない。

 

 そんな俺を知ってか知らずか、老トレントは貧弱な根を振り上げ……



 また、地面にソレを突き刺した。




 突き刺した根から、こちらに向かってボコボコと地面が波打っていく。

 やがて波は特定地点で大きく盛り上がり、ボグンッと鋭利な槍と化した根が地上に這い出る。


 空へと伸びていくソレは、ヒュンッという風を切る音と共に、俺の方へ迫っていた。

 的確に、を狙って。



 アイツは、あのトレントは、思ったより賢いのかもしれない。

 亀の甲より年の功とはいったものだが、俺というか、アンデッドの弱点を明確に狙い、そのために身動きを取れないようにしている。


 絶対に侮ってはいけない相手。



 どうする。

 そんなやつを相手に、俺は、どうすればいい?



 世界がスローモーションに見える。

 ゆっくりと、着実に、頭を貫かんとする鋭利な根が接近してくる。



 ハハ、まるで死の直前みたいじゃないか。

 もう死んでるんだけどさぁ。


 もう一度死んだら俺はどこへ向かうのだろうか。

 やっぱり黄泉の国にでも行くのか、そしたら死んだ両親にも会えるのだろうか。


 だったら別にもう、死んでもいいかもしれない。

 どうせ、もとより拾った命なんだ。

 失くすのは残念だが、最期に少しだけ奇妙な体験ができたということで、もう諦めても………








〜〜〜〜〜〜〜【META-LOG】〜〜〜〜〜〜〜

▼お前は、まだ終わってはならない。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 ……え?

 なに?なんだこれ?


 それってどういう………。

 






 あ、そうだ。

 特性で頭蓋骨の耐久力は上がってるんだけ。

 【密化】も合わせれば、相当な耐久になるな。


 あとどうせ攻撃を喰らうなら、【呪いのまじない】も使えばいいじないか。

 ダメージと弱体化を同時に喰らわせられるんだしね。

 反撃の契機となるはずだ。



 そう、はまだ死ねないんだ。

 死んではいけない。


 のために。

 を殺すその日まで。

 僕はくたばっていられない。

 






 ……あれ、みんなってなんだ?

 ヤツって…なんだ?



 そんなことが頭によぎって、今までの思考が全て打ち切られる。

 もう、何を考えていたのかもわからない。


 しかしその時にはもう、事態は急激に転変していた。


 

〜〜〜〜〜〜〜【META-LOG(非通知)】〜〜〜〜〜〜〜

……………

▼『デッドリー・エルダートレント:準伍位』に遭遇エンカウントしました。

……………

▼ユーザーに142のダメージ。

……………

▼称号【御霊の声の傍聴者】を獲得しました。

……………

▼【呪いのまじない】を使用しました。

▼ユーザーに8のダメージ。

▼対象に40のダメージ、抵抗力を−30。

▼スキル【窮地脱却】を獲得しました。

▼ 称号【御霊の声の傍聴者】が剥奪されました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 


 

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