カッパ捕獲許可書

 日曜日俺は中2の娘、紗名に連れられて近所のショッピングモールに居た。

 別に娘とデートでは無いし、俺が買い物に誘った訳でもない。

 娘がショッピングモール内にあるシネコンに来たがっていただけだ。

 今の俺は娘の子守役の筈だった。

 だか、実際は娘のお財布役だ。


「ねぇま〜君、映画観ている時には喉が渇くからコーラ買って! できればポップコーンもつけてね。できればだけど・・・」


 この娘、俺の事をお小遣いがほしい時だけ『まぁ〜君』と呼びやがる。

 正直こんな所でその呼び方は止めてほしい。

 まるで『訳あり家族』か『○助交○』みたいに見られてしまうじゃないか。


彼女はそんな事などおかまいなしの様に手を振り俺を呼ぶ。

「ほら、もうすぐ映画始まるからはやく行こうよ!」


 そっちは気にしなくてもこっちは気になってしまう。

「あのさ~、この映画は紗名が観たいだけで俺は別に観たいと思って無い。紗名一人で観てきなよ」

 そんな俺の言葉に紗名は最初こそブスッとしていたが何かを思いついたかの様にいたずらっぽい眼で語りだした。


「いいよパパ。あのさ、パパが買う予定だったチケット代を私のお小遣いにしてくれればいいよ。ママにはナイショにしておくからさ」

 この娘には敵わない。

 別に観たい映画ではないし、こんなモノ観て時間を無駄にするくらいなら・・・

 俺はまんまと紗名の提案をのまされてしまった。


 紗名は俺からお金をふんだくっていくと、ニコニコしながら映画館へと向かって行った。


 これで二時間位はゆったりできる。

 俺はカフェのベンチに腰を下ろし、ボォッとスマホの画面を眺めだした。


「逮捕しちゃうぞ!」

俺の耳元で懐かしい『ミニスカポリス』のあの名台詞が呟かれた様な気がしてゾワゾワゾワとした。


「あっ違った。捕獲させてください」

今度はハッキリ聴こえたが何を言われているのか全く理解できなかった。


 振り返ると俺の後ろにはサングラスにマスクをした中年のオバサンが立っていた。

 彼女は周囲を気にしながらサングラスとマスクを外した。

 彼女のその姿を視て、俺はビックリして声を上げそうになるのを必死に抑えた。

 そこにいたのはこの間テレビの画面の向こう側に居た東田瑠美、ルミリンだつた。


「お隣り座ってもよろしいですか?」

ルミリンの突然の言葉に俺はドキドキしてきた。


「ハイ、どうせ暇だったので・・・」

大した事言って無いのに声が裏返ってしまった。


「私の事、ご存知ですよね?」

ルミリンに見つめられると俺は恥ずかしくなって俯いてしまう。

 でもいい大人が俯いたまま返事もしない訳にはいかない。


 俺は顔を上げてルミリンの瞳をみた。

「ハイ、東田瑠美さんですよね?」


 俺の言葉にルミリンはホッとした様子でニコッと微笑んだ。

その笑顔が眩しくて俺はまた下を向いてしまう。


「あの〜 お近づきのしるしに、こんなものですが良かったら食べてください」

ルミリンは持っていた袋からカフェに不釣り合いなタッパーを取り出し俺の前に置いた。


「どうぞ召し上がれ」

ルミリンはタッパーの蓋を開けて爪楊枝を俺に渡し、さっさと食えと云う様に俺を見つめた。

 タッパーに入っていたのはなんとモロキューだった。

 俺はモロキューはあまり得意では無かった。だが好きだった人を眼の前にして断るのも悪いので、出来るだけ顔に出ない様に注意しながら食べた。


「あら? あなたキュウリが好きなんですね。」

興味深そうにルミリンが俺を観るので益々俺は顔を上げられなかった。


 不意にルミリンがまるで悪人の様な笑みをうかべた様に思えた。

「突然変な事を言いますが、アナタは河童ですよね? あまりにも河童の条件が揃い過ぎています。そのサビエルの様な頭、ピタピタ音を鳴らす歩き方。キュウリがとっても好きで口を尖らせて食べる姿。そしてさっきの女の子を見つめる視線エロガッパですよ。おとなしく私に捕獲されてください!」


 突然のルミリンの言葉に俺はポカンと口を開けたまま返事も出来ずに居た。

 あのルミリンに捕獲されたら俺はどうなるんだろうか?

 今よりは幸せな生活をおくれるのだろうか?


 こういった時はまず頭を整理する事が大切だ。

「スイマセン、トイレに行ってきて良いですか?」


 気を落ち着かせる為に俺は一旦席を立ちトイレへと向かう。

 トイレで用を済ませ手を洗いながら鏡の中の自分を見つめて深呼吸した。

 そして顔をペチペチ叩いて気を落ち着かせた。


 俺がトイレから戻り席に着くとルミリンはまた妙な事を言い始めた。

「トイレであなたはを抜いていたんですよね?」


「シリコダマ? 私はただトイレで用をたして・・・」


 その時、ルミリンが興奮した様にガバッと席を立ち俺を観た。

 それと同時にプゥーという音が何処からか聴こえた。

 ルミリンの顔がみるみる紅くなっていくのが伺える。

 一瞬にしてルミリンがオナラをした事を理解した。

 そして俺が今まで持っていたルミリンのイメージがガラガラと崩れていく。


「アナタね? あなたが私のシリコダマを抜いたのね!」

 また、ルミリンが訳の分からない事を言い始めた。


「こんなのって・・・ 私、もうお嫁に行けない!」


『アンタもう二回もお嫁に行ってるだろう?』

 もう少しでこんな言葉が口から出てしまうところだっが必死に抑えた。


「私のシリコダマを抜くなんて決して許せません。おとなしく捕獲されてください。そしてアナタは私にとして保護された方が幸せな生活が出来る筈です」


保護カッパって?

まるで保護猫みたいに、俺が大切に扱われるということなのか?

それにあのルミリンと生活を共にして、お世話されるなら幸せな日々をおくれるんじゃないか?


『今の生活を捨てて捕獲されるのも悪くない』


そんなふうに俺の心が傾き始めた時、突然後ろから怒鳴り声が聴こえた。


「この詐欺師! パパを騙して連れてなんか行かせないんだから!」

いつの間にか俺のすぐ後ろに娘の紗名が立っていた。


「詐欺師? 騙すなんて人聞きがわるいな。私はちゃんとカッパ捕獲許可書をもっているんだから!」


「カッパ捕獲許可書? それってある地方で発行されててそこでしか使えないモノでしょ? それにね、パパはこう見えて人間なの! 人間を騙して連れていったら誘拐だからね!」


・・・こう見えてって・・・

俺はいったいどんなふうに見えているんだ?


「分かったわ! 今回は諦めます。でも、絶対にカッパを捕まえてみせるんだから!」


 ルミリンは何事もなかったかの様に席を立ち振り返りもせずにスタスタと行ってしまった。


紗名は俺を見てニコッと微笑んだ。

「パパ、もう少しで騙されるところだったね。騙されて痛い目をみるところを救ったんだからお小遣いの追加ね。グッズを買ってきたいからほら早くして!」


 結局、俺はこんな風に搾り取られ続ける運命なのか?

 俺のルミリンにお世話してもらう夢は儚く散ってしまったのだった。

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カッパ捕獲許可書 アオヤ @aoyashou

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