6 父の覚悟

俺は、神様が施した父のかりそめの姿を知らない。


父さんは、俺を生かすのに全霊を尽くしたから、元の醜い姿に戻っていた。

だけど、父はそのことを悔やんではいなかった。

母リュシカに拒絶されたときの絶望と比べれば、俺を育てる幸福の方が勝っていたと。

父は俺に言ったよ。いつも言っていた。


お前は俺の指を掴んでくれた。

お前は俺に笑いかけてくれた。

こんなに醜い父を受け入れてくれた、と。

たとえ、母リュシカが俺に振り向いてくれなくとも、もういいんだ、と。


これは勝手な推測だが、父を蝕んでいた呪いはようやく解けたのだろう。

母さん……シルヴィアと出会い、父への憎悪を薄めていったとき。

きっと、父はようやくリュシカと向き合えたのだろう。


父か?もうこの世にはいない。

だけど、死んでもいない。


……生き続けているよ。コトリノ王へ完全な死を送るために。


ああ。

俺たちがのうのうと平穏を甘受できるのは、災厄の魔女とコトリノ王が封印された状態だから。

災厄の魔女は創世の英雄が封印した。


コトリノ王は、父が封印を施した。

確実な死へ誘う封印をな。


死を超越する鬼人であろうと魔人であろうと。

封じることはできる。殺す方法はある。

死の呪詛を唱えながら、永劫に近い黄泉への旅路を共にすること。


それが、俺たちに残された最後の希望だ。

これは、世界に嫌われた英雄の物語。

醜いというだけで疎まれた父さんが、死出の旅をもって成す偉業。

俺が決して忘れられない物語だ。


黄泉から這い上がることも可能だが、現世にとっては何十年もかかるだろう。

最後の地獄の層までコトリノ王を道連れにしないといけないから、父もコトリノ王も完全な死は迎えていない。

実際、10年前にコトリノ王は地獄から這い上がってきたし、引きずり戻されもしている。


現代魔法で言う召喚の条件を満たせば奴を召喚可能だ。

ただし、相当数の生贄がいる上、現世の理に縛られる以上、本来の力は出せないだろう。



親子という縁が切れない以上、死出の旅の案内人となった父に引っ張られやすくなっているから。

相応のダメージを追わせれば、コトリノ王は地獄への旅路に戻っていくよ。


……まあ、そうだよな。

不思議なものだろう?数百年単位の引きこもりがそんな大胆なことをしたなんて。

英雄のようなことしたなんて。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る