2 かりそめの美貌と憂い

これでもうリュシカから拒絶されることもないし、リュシカへ恨み言を吐き続ける必要もない。

本当にそうだろうか?


かりそめの人間の姿になっても、父の憂いは終わらなかった。

実父にあまりに似ていたから、リュシカに会いに行くことをやめてしまった。


いや。

声だけは掛けたそうだ。

いつだったか……。あ、思い出した。

300年前の、創世の英雄の災厄の魔女討伐の時だ。


当たり前だろう。

呪いを振りまく天災の権化に、いくら魔王だろうが聖女だろうが神様だろうが。

何の策もなしにぶつかりはしない。

だから、初代英雄騎士・創世のシルヴィアは父さんに打診した。

貴方の実母を狩るので、声をかけて油断させてほしいと。


父さんは激しく狼狽したよ。

実母を、リュシカを殺すなんて、とね。それに加担しろとは、酷な事さ。


だけどな。

リュシカはやり過ぎた。

人をたくさん死なせ、自然を壊し、混沌を招いた。

父さんも分かっていた。

リュシカにあれ以上の罪を重ねてほしくなかった。

母への憎悪も恨みも消え失せてはいなかったけれど、自身の願いの成就より世界の安寧を願ったんだ。

さんざん悩んで、結局父さんは、創世のシルヴィアへ力を貸した。


力ある言葉は呪いとなり、魔力を持つ。

悪意ある言葉を紡ぎ続ければ自死まで追い込めるし、愛ある言葉を掛け続ければ、虜にさせられる。


「お母さん」

「ぼくは大丈夫」

「もう寝よう」


……そんなたわいのない言葉でも、我が子を求め彷徨うリュシカには強力な拘束魔法になっただろうな。父さんの掛けた言葉はリュシカに食い込んで、忘却の呪いを薄めるほどに。

まあ、やり過ぎなくらいの効果だよ。


死にも近い深い眠りに陥り、リュシカは封印された。

その後の戦後処理が問題だが、これは以前榧木子爵に聞いた通りさ。

リュシカの呪いの残滓に、創世の英雄は苦しめられたよ。


魔王が呪いの処理をしている間に、父さんの実父……リュシカの夫が大暴れしたんだ。

リュシカと再会するために。

最愛の妻を目覚めさせるために。

愛する妻を封じた者たちへの復讐を、な。

その辺りの記録は殆ど消失しているが、状況的に間違いない。

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