1 孤独な父さん

父は孤独だった。

原罪の魔女の落胤とその容姿から随分と疎まれた。


違う。原罪のシルヴィアの事じゃあない。

元々、災厄の魔女となった女が、この世界に呪いを引き込んだ故にそうとも呼ぶんだ。

……そのことについて証明できる記録なんざ残ってはいないし、紛らわしいから災厄の魔女でいい。


父の名か?リューマという。


名付け親は、母である災厄の魔女リュシカの名から一文字拝借したそうだ。

彼女は父を拒絶したことを悔やんでいたから。

そりゃあそうだろう。

呪いを受けた代償で、リュシカの胎にいた父は見るも無残なほど醜い容姿で生まれてしまったから。容姿は古き異形を、小太りの背の低い人間に凝縮したような感じだな。

父は、その醜さから実の母にも拒絶された。


これが、リュシカの原罪。好奇心で世界に災いを呼び込んだ罪。

ただの人間を人ならざる災厄に、人知を超えた存在に変える呪いを一身に行けたんだ。

胎の中のか弱い赤子が耐えられる訳がない。


リュシカも自分の胎を痛めたわが子を拒んだことは悔いていたらしい。

今に至るまで、謝罪を直接父にしたことはないが。



何故悔恨の念を我が子へ伝えられないか分かるか?


呪いを受けた女たちは災厄の魔女となった。

一人は呪いの大元--破滅の女神をその地へ繋ぎとめる地縛の呪いを受けた。

一人は夢の世界でのみ実体を得られ、力を行使できる夢の呪いを。


そして。

リュシカは忘却の呪いを受けた。

見聞きしたことや自身のしたことが水のように掴めず流れていくんだ。

何度説明しようが思い出せもしない。

何より、自らの身体に流れる膨大な魔力を制御する術も分からない。


そんなやり場のない焦燥感や悲しみの感情は残るから、何に憤りを覚えたかも分からず魔力が暴走するんだ。


それ故、リュシカは父のことを忘却した。


代わりに、父はリュシカを恨み続けた。

何故俺を生んだのかと、怒り続けた。

……いや、それだけならまだ良かったんだ。

自身を呪い続ける父自身、生ける呪物のようだったよ。



だけど。父は何度も実母であるリュシカの愛を求めに行った。

憎み切れなかったんだよ。どれだけ怒りを湧き立てようが、憎しみがあろうが。

負の感情が増せば増すほど、母の愛を求めた。


だけど、忘却の呪いはこれだから恐ろしい。

醜い子供に母と呼ばれ、リュシカは幾度も錯乱状態になった。

……どれだけ説得しようと、我が子が分からなかったから。


さんざん拒絶した挙句、泣いて立ち去った子供へ後悔が押し寄せて。

わが子への過ちを挽回しようとリュシカは世界を彷徨った。

顔も忘れたわが子を探して、後悔のまま泣き叫ぶ。

そんな癇癪めいた行動を生ける特級呪物が繰り返すんだ。

村は消え、とある大地は不毛の土地となり、山は砕け、川も干上がった。

故に、村々が団結して魔女狩りが起きたんだ。

天災のような存在相手にはどうにもならなかったがな。


それが災厄の魔女による天災の正体さ。


父は何度絶望しただろうな。

自分を叩き、拒絶するリュシカを見て。

自分を求め、世界を破壊する様を見て。

それでも諦めきれず、愛を乞い、拒絶された。

そして町や国を滅ぼし、リュシカは人々に恐れられて恨まれていった。

父にとっては絶望の繰り返しだっただろうな。


そうだな。

今はそんな大規模な魔女の禍は起きていない。

まずは父に、一つの転換点があった。


神様に出会ったそうだ。

……神様は呪いから逃れるため、天高く帰って行ったって?

失敬な。いるんだよ。よその大陸には。

お前たち魔人に大迷惑を掛ける首領、コトリノ王に故郷を追われた神様がな。

信仰を失い、忘れられた境遇を目の前の哀れな子供に重ねたからか、神様は父を、リューマを哀れんだ。

リューマの呪いを祓うためにほうぼう手を尽くしたそうだ。

……人間の俺には気の遠くなる時間を費やして、コトリノ王と袂を分けた一族へ頭を下げに行くほどに。


そうだよ。

お前のところの魔王様へ頭を下げにも行ったそうだ。

魔王様にも、迷惑な話さ。

……そこで怒るのもどうかと思うがな。

呆れるほどに人が良すぎるんだよ、魔王は。

狂った翼人女王にしろ、魔人族に悪評を擦り付ける鬼人族の王の子にしろ、捨て置けばいいのに。

なんでお前のところの魔王は手を貸すんだろう。お人好しもいい程さ。

……まあ、神様がいなければ、俺も生まれてはいないのだろうけど。


ああ。父は呪いを祓う神様と呪いを喰らう魔王の、呪いの扱いに長けた御方たちの術式を受けて、人間体になれたんだ。

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