8:歪んだ英雄と繁栄
ハンク家の者たちは惰性で生きてきたことを棚に上げて、コトリノ王の思惑通りに魔王を討った英雄として祭り上げられました。
こうして、ハンク家はファインブルク王国内の領地を統治する正当な権利を手に入れたのです。
その絵図を描いたコトリノ王が死ぬまで殺され続けていることも、ファインブルク王国初代女王ベアトリス様の意識が一時戻ったことも知らず、御目出度いことです。
ええ、王の戦いを感じ取ったのは呪いに蝕まれたファインブルク王国初代女王ベアトリス様でした。
魔力の減少でございますか?
わたくしは専門家ではありませんが、そうですね……。
随分と苦労しているでしょう?ミシュナ君は。
ええ、あなた方の所属する魔法探検俱楽部の部長さん。
あの子の苦労が現代の魔法使いの限界を証明しているようなものでしょう。
古代の遺跡を一つ捜索するのに、一日の限界値まで魔力を絞り出して魔導具にストックしておくと聞きます。
それを150本用意しても足りないほど、古代魔法は高度であの子の努力を嘲笑うのだそうですよ。
だからでしょうね。あの子が古物を蒐集しているのは。
古代魔法の残滓に触れると生来持つ魔力量が上昇するそうですよ。当たりはずれは多いのですが。
他にも方法はありますが、あの子はやりたがりませんね。
ああ、私ですか? 私は特別ですから。
魔法が使えなくとも剣は使えますので。何より努力していますからね。
努力して得たものは誇っていいと思いますよ。
これだけは覚えていて下さいね。
災厄の魔女やコトリノ王のような古代魔法の使い手には、拳がよく効きますの。
ふふふ。鍛錬次第では剣も効くでしょうね。
ええ、ええ。そうですとも。
コトリノ王は魔王がどれだけ沢山の首塚を作り上げようとも死にません。
一時的に死んだ状態になっているので、時期が来れば蘇ります。
原種のリンゴはとっても不味いでしょう?それに比べて品種改良されたリンゴはとても美味しい。
禁忌に手を出した人喰いの王を完全に殺す術を、原種の人喰いの王は持ち得なかったのです。それでも魔王と渡り合える者はそうそう居ませんけど。
……さて。今は現代魔法について話しましょうか。
災厄の魔女がまき散らした瘴気が薄らいでいった代償に、人類は生存本能を高める必要がなくなっていきました。
結果、人々は緩やかに衰退の一途を辿ることになります。
病と同じですわ。抵抗力が失われれば、いつか必ず死に至るもの。ですが、病の発生元がなくなれば抗体など必要ないのですから。
そして今や魔法も科学も衰退しきっています。
かつて世界の理すら操れたという古代魔法の使い手など、もはや存在しないでしょう。
そんな古代魔法の最高峰に位置する羽人初代女王ベアトリス様だけが、それに気づきました。
魔王の来訪に。
痛みにのたうち回っても彼女は一族を懸命に説得していました。
「魔王を。わたくしの友人ヴェールガルドを憎まないで。シルヴィアの子孫とも手を取り合って生きて欲しい」
羽人一族はそんな女王の切なる願いを踏みにじりましたけど。
……えぇ、そうです。
女王は殺されました。生命こそ維持していますが、彼女の志も、願いも封殺された。
女王は同族の羽人たちの手で長きにわたり殺され続けた。
魔王の首を媒介に肉体を再生させた、魔王の分身…分裂体と言ったほうがいいでしょう。
魔王は羽人一族と女王の意志が大きく乖離していることを知ったからこそ、わざと首を捕らせたのです。自分の手でかつての友を救う為に。
こんな面倒な手段をとったのは、魔王が『招かれざる客』だからです。
ファインブルク王国は初代女王が作った結界が張り巡らされていますから。
内部の者が入っていいと許可を出さなければ入れません。
この結界は外敵が高位の力を持つほどに許可を出せるものが限定され、強い制約を発揮します。
つまり、魔王やコトリノ王が王都に入るには、ファインブルクの王族自身が招いた場合に限り、結界を通り抜けられるということです。
もちろん、あの連中が魔王にそんなことを許すはずもなく……。
魔王は結界をすり抜ける為だけに分身を送り込んだのです。
女王を救う為に。御身を文字通り削って。
ファインブルク王国王都にある神殿にて、魔王の分裂体ともいえる存在が復活しました。
魔王の首だけは『招かれた』のですから。
その者は真っ直ぐに呪いに蝕まれた女王の元へ向かいました。
そして、女王の身体の隅々まで食み、呪いを食べたのです。
……ふふ、そうですよ。
私と父が作った画集のその絵です。赤み掛かった黒髪の男が、顔の一部が欠損した女に唇を這わせる。その絵でございます。
……あぁ、失礼致しました。タイトルはあえて書かなかったのですよ。
女王陛下の肉を啄む様子をそのまま表記するのは憚れましたから。
髪色を変えたのもわたくしどもの勝手な保身ですので、どうぞお気になさらず。
ええ、そうです。
この絵の男は魔王であり、治療を施しているのです。
女王の肉を喰らうさまではありません。女王は、呪いで顔の一部が崩れ落ちただけなのです。
そんな末期の患者に治療いるだけでございます。ですから、これは現代でいう医療行為の一環でしょうね。
魔王は呪いを食べ尽くして女王の命を救ったのです。
羽人初代女王ベアトリスは150年ぶりに意識を取り戻したのです。
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