7:魔王の憎悪

どこまで話したでしょうか?

ああ、愚かな羽人と人間の保身についてでございますね。

羽人一族が抱くものは、聖なる精霊の末裔にも関わらず魔女の呪いを前に何もできず、一介の魔王が呪いを浄化したことへの逆恨みと怒りでした。

ハンク家が抱くものは、かつての英雄の栄光を取り戻したい焦り、悲しみといったものでしょう。

コトリノ王にとって、それらを魔王への悪意として増幅させて、彼らの心に付け入ることなど造作もなかったはずです。


愛すべきかつての仲間の末裔たちが襲い掛かっても、魔王は魔国の民の避難を優先したのち、一切の抵抗をしませんでした。

魔王を守るために、魔王の命令を無視した高位の魔人たちが戦いの中で命を落としました。

座して目を閉じる魔王に、当時のハンク家の者たちはなりふり構わず剣を突き立てました。

何度も。

何度も。

一切の抵抗をしない王へ、騎士と名乗る無法者は非礼を働いた。

それでも動かぬ魔王の首を切り落とし、王家の手土産にしました。

……とはいっても、魔王ですから。

頭を切り落とした程度で死にはしません。

かくして魔王はしばらく経って蘇り、こう言ったのです。

それは………。



気は済んだだろうか。

鬱憤を晴らせたなら構わない。短命の呪いに苦しむシルヴィアの血を継ぐ者よ。

もう二度と、人喰いに手出しをするでないぞ。

シルヴィアの子孫の復讐を許そう。人間よ。

――私が許すのは人間だけ。お前は違う。

お前は忘れていないだろうな? 我が一族に嫁いだ娘を凌辱し、娘が生んだ子らの命を弄んだことを。

私は忘れておらぬぞ。

あの娘は愚直にもお前を愛していた。そんな娘をお前は蔑ろにして災厄に苦しむ姿を笑ったな。

2千年程度で私の怒りが収まると思ったか?

禁忌を犯した程度の愚弟を御せぬと思ったか?甘い。

私は、私の大切なものを傷つけた貴様を決して許さぬ。



…………………………………。

続けて、どうぞ?



………。

――しぬまでころしつづけてやろう。ぐてい。

で、ございますか。


先ほどの威勢のよさ、滑舌の良さはどこに行ったのでしょうか?まあ、構いません。

別に怒ってはいませんよ。貴女が話に口を挟んだのは驚きましたが、私が知る話と殆ど間違いがありませんもの。


そんなに驚かないでくださいな。取って食うなどいたしません。

あのお方を知れば知るほどに不思議ですこと。

あの方は為政者…というよりも王と呼ぶよりも、神に近しい存在なのでしょうね。…神の使徒を自称する者たちよりずっと。


人間に首を落とされても寛容な魔王が、コトリノ王には激しい怒りを向ける。

彼らの間に何があったのか……、わたくしには分かりません。


貴女も知る通り、魔王はコトリノ王に徹底的な報復攻撃を行いましてよ。

四肢をバラバラに引き裂き、心臓を貫き、全身の血を抜き取って干乾びさせ、首を落として晒したのです。


肉体が再生しても自己再生能力が尽きるまで延々とやってのけました。

ルガル山脈にコトリノ王の頭塚の小山ができるほどに、殺し続けましたよ。

魔王はコトリノ王の側近全員を殺し尽くしました。

魔王が慈悲深い方でなければ、ペレスリュカは滅んでいたでしょうね。

ファインブルク王国をその力で滅ぼすことも出来たでしょうに、魔王はそれをしなかった。

わたくしたちファインブルクの民は、魔王の慈悲のもと生きてきたのですよ。


ファインブルク王国の連中はそんなことなどつゆ知らず、呑気に魔王の首を王家に献上する英雄凱旋を行っていました。


ええ、そうです。

魔法に秀でていた羽人一族は、生来の魔力が徐々に減少していました。

だから気付かなかったのですよ。


魔王と鬼王の戦いは現代の魔法では想像できないほどに、規模が違います。

鬼王が放った一撃は、大陸を割るほどのもの。

魔王が放つ魔力は、山を吹き飛ばして地形を変えるものですわ。


鬼王は、魔王は。互いが全力を出すに値する相手だったのですよ。

その力の余波はあまりにも広大でしたが他国は気づきませんでした。

魔力の減少もありましたが、一番の要因は……。


皮肉なことに魔王がかつて作った人工山脈でございます。

あの山脈は魔王の一部であり、魔王そのものですからね。

人工山脈に隔てられ、二人の超常的な王の戦いを感知できたものはいませんでした。

………たった一人を除いて。

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