4:正体

「……」

「……」

沈黙が流れた。

俺は隣で呆然とした様子のアヌベスを見る。

いつもなら俺の視線を感じたらすぐに反応してくれる彼女だが。今はただ、じっと目の前の女を見つめているだけだった。

まるで、蛇に睨まれた蛙のように。

「人間は愚かな生き物ですから。たかが数百年の間に植え付けられた魔人への悪感情はぬぐえません。

ハンク家が潰えても、王国が無くなっても魔女狩りは続いたのです」

「……ぼく、は。………」

アヌベスはとめどなく汗を流し続けている。何も言葉を発せない様子を見かねて俺は口を開いた。

「隠していないと思っているのは、アヌベスだけですよ」

「あら」

「え」

アヌベスまで驚かないでほしい。分かる奴にはわかる。

「魔人を知る貴女ならすぐに分かったはずです。年不相応なしゃべり方、感情の乏しさ。これは若い魔人の特徴そのもの。……現代の魔法使いでも知らないものは多いようですが。

アヌベス・ザイドリッツを名乗っている時点で知ったはずです。

ザイドリッツは魔王の名字ですからね」

この名を知る者も現代人は殆ど知らないのだが。

「ふふふ。そういう貴方も一切隠す気ないものね。……キリウス・『ベルカー』?」

「……」

俺は答えない。

答える必要がなかったからだ。

目の前にいる女が何者なのか、俺は知っている。

埋もれた歴史を掘り起こし続けた探索者だと。

……その真実を知るたびに精神をすり減らしているのだろう。

血狂いのオリヴィエ。

彼女が仕えたかつての主には及ばないものの、正気と狂気の狭間を揺らめいていることも。

「あなたたちは本当にお似合いよ。二人とも自分のことを語ろうとしないくせにお互いのことだけはよくわかっているんですもの」

「……」

だが。

彼女が語った王国の罪は真実だ。

今更ながら、俺はそれを理解していた。

「魔国について、もう語ることはありませんか?」

「あら、まだまだ引き出しはありましてよ?……ふふ、語り部の私を睨み付けるこの子を見て、少々いたずらをしたかったの。

ごめんなさいね」

そう言って、彼女は俺の腕を掴み狭い席の中で無理やり隠れようとするアヌベスを見た。

アヌベスの顔色は悪い。きっと俺と同じことを考えていたんだろう。

「でも、これだけは信じてくださいまし。私は魔国に同情しているの」

それは嘘ではないだろう。

でなければ――。

「そんなもの、人間が犯した業に比べれば軽いものですよ。

さあ、どこまでお話ししたでしょうか……」

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