2:歪められた魔国

元々、聖魔の相反する属性を持つ二つの血族は、お互いに尊重し合いながら共存していたのです。

……表向きは、ですが。

彼らに決定的な亀裂が生じた始まりは300年ほど前に起きた創世の戦いでした。

災厄の魔女リュシカの暴走を止めるため、人々は生贄を用いて一時的な平穏を甘受しておりました。そんな状況を変えようと立ち上がったのが、創世のシルヴィア――ハンク家初代シルヴィアが荒ぶる神のごとき災厄の魔女と戦った時です。

この世界を創り出した始祖たる原始の一族が集い、その戦いで大地は砕かれ空は裂けたと言われています。

そして、戦いの末、二人は相打ちとなり世界に平和が訪れた。

残された人々は創世のシルヴィアを称え、当時多くが奴隷身分であった人間の確固たる地位と国家としての安寧を得たのです。

しかし、犠牲により保たれた平穏は長くは続きませんでした。


羽人女王ベアトリスと初代シルヴィアの強い友情はご存じですか?

ええ、そうです。今も伝えられていますから、知っていますでしょう。

災厄の魔女の生贄とされたベアトリス様を、初代シルヴィアは救いました。

当時奴隷であった少女は、多種多様な種族を仲裁し共闘を申し出て、災厄の魔女に戦いを挑み封印したのです。

ですが、相手は災いを振りまく存在。創世の英雄も災厄の魔女の呪いに汚染されました。

特に、一介の人間であるシルヴィアには呪いの耐性はありません。

彼女はそれを知ってなお災厄の魔女リュシカに戦いを挑みました。

彼女は自らを犠牲にして世界を救おうとしたのです。

その事実を知った羽人の女王ベアトリスは嘆き悲しみました。

そして、友を救うべく自らの命を燃やし尽くそうとした初代シルヴィアへ言ったのです。

『我が身に流れる聖なる血をもって貴女を癒します』

初代シルヴィアが受けるべきだった呪いを、ベアトリス様は御身に宿したのです。

ベアトリス様は自らを贄として魔女の呪いを封じましたが、その代償はとても大きかった。

呪いを受けたシルヴィア自身も無事ではなく、ベアトリス様は自らの命を削って結界を維持し続けた。

そうして、初代シルヴィアを祖とするハンク家の女は短命となってしまったのです。

魔王もその戦いの渦中にいました。


彼は唯一、災厄の魔女の呪いを喰らい浄化することができたのです。

……たった一人。たった一人の仲間を例外として。

魔王は生来の性質上、ベアトリス様の呪いを喰らうことはできませんでした。

ええ、魔人は呪いを食むのです。

人や土地を蝕む呪いを喰らい、世界の澱みを薄め秩序を保つのが本来の魔人の役目。

ですが、魔王はその役割を全うできなかった。

聖と魔。水と火、風と土……。相反する属性ゆえにベアトリス様の呪いを取り除けなかった。

万全の状態ならば可能でしたが、過酷な戦闘で消耗した魔王にはできなかったのです。

魔王クラスの存在が聖属性に浄化されれば、数百年は魔王クラスの魔人は生まれませんから。

ですが、そんな彼を責めることは誰にもできないでしょう。

誰よりも優しい方ですもの。

少なくとも、その場にいた創世の英雄たちは魔王を責めることができなかった。

この戦いでの、彼の負担は相当なものでしたから。

先も言ったように、創世の英雄も呪いに汚染されました。

しかし、それは彼らにとって些細な問題でしかありません。

何故なら、彼らの呪いを魔王が引き受けたから。彼が全ての呪いを引き受けた結果、彼らは長き時を得てもなお存命していたのです。

ええ、その通りです。

魔王といえどその身体の負担は尋常ではありません。

世界に破滅を招いた魔女の呪いを食べたのですから。

そんな状態で、相性の悪い聖属性を持つベアトリス様の呪いを引き受けることはできません。

結果として、魔王は自身が取り込んだ呪いを封じる為に魔国に戻りました。

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