第4話 琴子の地獄
……こうして、私の地獄が始まりました。
ああ、誤解しないで頂戴ね。
シルヴィアのことは本当に愛しているし、尊敬しています。
けれど、私にとっての悪夢の始まりでもあったのです。
私はシルヴィアと友人になり、彼女の良き理解者となりました。
時には喧嘩し、仲直りして。お互いの趣味を分かち合い、一緒に遊んで。
その陰で私はオリヴィエ様に徹底的にしごきを受けました。
ええ。
ハンク家に伝えられる剣術を、異国の民である私へ教え込むのです。
オリヴィエ様が正気の時はまだ訓練に耐えられました。しかし、時折彼女が狂気に支配される時がありまして。
その時は、決まって私が死にそうになるような過酷な訓練を受けさせられました。
私の身体が丈夫になったのはこの時のせいです。
それでも、シルヴィアと共にいる時は、辛いことを忘れることができました。
あの子は私の癒やしであり、救いでした。
……オリヴィエ様との訓練で一等辛かったことですか?
そうですね、何の罪もない女子供を殺せと言われた時ですかね。
国家が認定した『魔女』だからだと。
あの国の上流階級は、自分の手は直接汚さないのです。
ハンク家に汚れ仕事を押し付けて、自分は綺麗なまま高みの見物を決め込んでいる。
だから、オリヴィエ様が狂った思想に染まってしまうのも仕方ありません。
私が手をこまねいていると、見本だとオリヴィエ様が剣を抜きます。
ーー狂気の色をその目に帯びて。
その時でした。
父がオリヴィエ様の前へ飛び出したのです。
その腰に、かつて父が帯びていた刀を下げて。
父はオリヴィエ様の前で頭を地面にこすりつけて言いました。
「これ以上、ハンク家の罪を貴女様や琴子に背負わせません」
「当主様と琴子はこの国の真に害をなす存在を倒すべきです」
「どうしても無実の民を殺せとおっしゃるなら、私が手を汚します」
「ですから、琴子だけは……」
そう言って、父は泣きながら土下座しました。
そして、父を庇うように母が前に出て、同じように頭を下げるのでした。
「どうか、私たちに免じてお許しください」
オリヴィエ様はそんな両親を見て、しばらく黙っておられました。
「そう。それがあなたの答えなのね。その覚悟、証明なさい」
その時の父の姿はとても見ていられませんでした。
主の命ずるまま、魔女狩りを執行したのです。
え?国がその民を魔女と決めたきっかけですか?
外国の行事を祝った事と、他国の絵本を持っていただけです。そんな女子供を、私の代わりに父は斬り殺したのですよ。
意外ですか?これが魔女狩りなのですよ。
王国は女王が長きにわたり病に臥せり、王家の足場が不安定でした。
その隙を突いて、鬼人の王に隷属する魔王が王城に入り込み、傀儡の王を立てようと画策していたとか。
それを察知した当時の宰相が、いち早くその存在を突き止め、危険分子として人喰いを排除しようとしたのですが失敗。
でしたが、王国に人喰い種族が入り込んだことで、次に目をつけられたのがハンク家だったわけです。
人喰い種族が操る傀儡国家の誕生を邪魔されぬよう、王代行は先手を打ってハンク家を使いました。
ハンク家は国を守る為に魔女狩りを行い、無実の人々を殺し続けた。
全ては王国の為に。
皮肉なものでしょう?
災厄の魔女とその眷属たる鬼人の王と敵対した、かつての英雄の作った王国は人喰いに食い潰されていったのです。
私は……いえ、私とシルヴィアは何も知らなかった。
けれど、そんなことは関係なく、王国の正義の名の下に私たちは命を奪い続けました。
本当に皮肉なものです。
当時の王国の魔女狩りの方針。その命令に逆らえる人はいません。
私は、父と母の姿を見て、何もできませんでした。
ただただ震えていることしかできなかった。
「……なら、貴方に頼みます。貴方のやり方で魔女たちを消しなさい」
そう言ってオリヴィエ様は剣を収めました。
そして、振り返ることなく私達を置いていきました。
父の背中は今でも覚えています。
とても辛そうでしたわ。
その後のことはあまり記憶にないのです。
気づいたらシルヴィアに抱きしめられて泣いていて。
そして、私の地獄は父が身代わりとなりました。そして、悲劇はさらに続きます。
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