第2話
犯罪行為の塊。
それが象巳鼎に対する第一印象だった。
とかく彼女は、校内で犯罪行為を繰り返していた。
盗難、である。
「あ」
クラスは一緒になったことはなかったけれど、象巳鼎という生徒がいたことは知っていた。隣のクラスに去年から来た転校生であった。
随分な変わり者ではあるが、クラスではそこそこ馴染めている。
そんな中――僕はある日、彼女が窃盗する様子を目撃してしまった。
体育の時間、教室に筆箱を忘れてしまったために、戻って来た時のことである。
目撃というか、何というか。
「椚原君じゃん。やっほー。何してんの?」
「……何って、筆箱を取りにきただけだけれど」
象巳の手には、トランプカードと、トレーディングカードゲームのホルダー、ゲーム機、そしてライターと十徳ナイフ、そしてついでにスマートフォンが握られていた。
まるで注文の多い料理店のウェイターが如く、両手に多くのものを持っていた。彼女が学校に持ってきたものだと思えば良かったのだろうが――僕は問うてしまった。
「君こそ、何してんの?」
「何って――盗難」
「は?」
「窃盗、ともいう」
「……いや、駄目だろ」
僕は言った。
駄目――である。
窃盗は刑法にも明記されている犯罪行為である。
いくら治外法権の中学校だといえども、やってはいけないことになる。
「駄目、かな?」
「駄目だよ。窃盗と盗難は、クラスでも問題になる。早く元の場所に戻すんだ」
「そう? じゃあ、推理してみてよ。椚原君、頭良いんでしょ」
僕の成績は確かに学年一位であったが、それを指摘されるのはあまり好きではなかった。学年順位が張り出される仕組みだから、皆が僕の名前を知ってしまうのだ。
勉強が出来ることと頭が良いことは別である。
そもそもあんな紙の試験で人間の何を測ることができるというのだろう。
いや――邪推だな。僕は返答した。
「推理って、何を推理するんだよ」
「私が窃盗した理由」
「犯罪に理由なんていらないだろ。犯罪者は断罪されるべきだし、全員死ぬべきだ」
「ひえー過激だねえ」
どこかぷかぷかと浮遊するような口調で、象巳は言った。
「死ぬべきってことは、私を殺すわけ?」
「もしも法律でそれが許されていれば、殺してやりたいとは思うよ」
「そうなんだ、どんな犯罪でも、それは一緒ということ?」
「そうだな、どんな犯罪であれ、殺されるってことはないにしろ、悪いことをしたら断罪されるべきだろ」
「断罪、ねえ。それを決めるのは君なの?」
「普通は裁判所だったりだろ。でも学校は治外法権だし、教師共は頼りにならない。だから僕が断罪するって訳だ。まあ、
「あはは、優等生だねえ。そして傲慢だ」
「傲慢にもならなきゃ、やってられないだろう。こんな世の中だ」
「こんな世の中ね。まあ、言わんとすることは分かるよ。毎日犯罪ばっかりで、嫌になっちゃうよね」
「それには同意する。やっちゃいけないことを当たり前みたいにやる人のせいで、当たり前に生きている人が損害を被るのは、僕は我慢ができないんだよ。悪い奴が悪いのに――悪い奴にどうしてこっちが合わせなきゃいけないんだ――って思うよ」
「じゃあこの場合は?」
「窃盗をした君が悪いから、大人しく盗んだものを元に戻すんだ。そして罰を受けろ」
「嫌だ――って言ったら?」
「先生を呼ぶ」
「ふうん」
掴みどころがない――というより、取っ手の無い蓋を持っている、という感じの方が、彼女の性格を表現するのに近いような気がする。常に揺らいで、熱い状態が継続している。
「椚原君は、犯罪はどんなものでも駄目って思う派の人?」
「派っつうか、誰しもそう思ってるんじゃないのか。平和で統率の取れた世界を、世の中は望んでいると思っているけれど」
「あはは―、頭固いねえ」
それは、あまり言われて嬉しい台詞ではなかった。
「じゃあ、君はどう思うんだよ、犯罪者」
「私? 私はねえ、世の中には犯罪が必要だって思う派だよ」
象巳は
「私が盗んだものの共通点、見てご覧よ。カード、スマホ、ゲーム、おまけに避妊具、どれも学業には必要のないものじゃん。これを持ってくることは、犯罪行為じゃないの?」
「犯罪じゃない」
僕は言った。
「どうして?」
「法律に明記されていないからだ」
「法律に明記されていたら、犯罪なんだ?」
「そうだ」
「ふうん、じゃ、これを持ってきた人たちは、これを先生方に見つかることなく使い続ける訳だけれど、それでも良いわけなんだ?」
「それとこれとは、話が違う。それは学校側の領分だ。教師や保護者からの指導が入るべき案件だよ。学業に関係ないものを持って来てはならない――っていう守るべき規則。それに則って彼らが没収して、それが罪の清算になる」
「罪の清算――ね、でも、怒られただけで、彼らは止まるかな?」
(続)
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