乙女ゲー世界に♂転生♂したけど悪役令嬢が気の毒なので悪役王子を目指すことにした(12)

 王子である俺と側近達では勉強内容も当然異なる。

 なので、一緒に勉強と言っても機会は限られたが、算術や歴史など椅子を並べられる科目はある。


「エミール様──エミールは本当に頭がいいですね」


 今回は歴史。

 教師の解説を最も良く覚え、最も噛み砕いて説明できたのはエミールだった。

 騎士志望のブランはこれを素直に称賛。


 側近達には「仲間への敬称は不要」と教えてある。ブランがエミールの名前を言い直したのはこのためだが……慣れるまでは少し時間がかかるか。


「そんな。ただ勉強するのが好きなだけです」


 エミールは暗い焦げ茶色の前髪に目を隠しながら答えたが、


「ああ。好きこそものの上手なれ、だからな」

「殿下、なんですかそれ?」

「知らないのか、レモン? 好きな事には自然と打ち込める。それ自体が才能だって事だ」

「じゃあ、僕は食べる才能があるって事ですね」

「まあそうだが、お前は痩せる努力もしろ」


 えー、と悲鳴を上げる伯爵令息は置いておくとして、


「エミールは記憶力がいいんだな。どうやって憶えているんだ?」

「そうですね……。できるだけ他の事柄と関連付けて憶えるようにしています。例えば、計算も単なる数で考えるよりも、果物の個数などに置き換えたほうが理解しやすいでしょう?」

「そうだな。天候不順と不作、飢饉なども流れでセットにした方が憶えやすい」


 俺達の話を聞いて「食べ物で考えればいいのか!」とレモンが天啓を得ていた。

 まあ、なんにでも応用できるわけではないと思うが、さっき言った通り、やる気を出すのは重要である。


「しかし、俺はどうにも記憶力自体が足りなくてな」

「殿下は色々な事を知っていらっしゃると思いますが」

「知っているのと諳んじられるのと応用できるのはそれぞれ別の事だろう? 必要に応じて記憶から引き出せるに越した事はない」


 今生の身体であるフィリップは脳の出来自体がいいのか、前世の俺よりはスペックが上がっているように思う。

 それでもエミールほど記憶できないのは前世の記憶が詰め込まれているせいか、それともネット社会に生きていた弊害か。


「まあ、忘れてしまうとしても勉強しておくに越した事はないな。断片的にでも引っかかれば調べ直す事も出来る」

「殿下ならば城の書庫を自由に利用可能ですからね……」

「ああ、ブランの場合は適性以上に環境的な問題もあるな。ご両親も一定以上の教養は必要としていないだろうし、本を買う金も限られる」

「確かに。ブランも地頭自体は悪くないと思います」

「僕は歴史の勉強する暇があったら料理について考えたいです」

「野菜や果物がどの地域から生まれてどう広まったのか知っておくのも料理に役立つぞ、レモン」


 俺とエミールから褒められたブランは「そうでしょうか」と微妙な表情。


「父は『試験に受かるだけの実力が無いと始まらない』と言うのですが」

「実力には知識や礼儀作法も含まれるぞ? 所作が美しいのはかなりの加点要素のはずだ」


 教師を見ると、彼は「詳細な基準は秘匿されておりますが」と前置きした上で、


「受験者の態度も考慮している、という話はありますな」

「腕がいいだけの荒くれなら兵士で十分だからな」


 城の構造が覚えられずに迷うとか礼儀作法が全く上達しないとかでは騎士としてまともな任務につけられない。


「というか、ブラン。多分だが、ある程度歳を重ねるまでは身体を鍛えすぎない方がいいぞ?」

「は? ……あの、それはどういう事でしょうか?」


 瞬きをして問い返してくる少年。


「筋肉ってのは付けすぎると成長の邪魔なんだよ。あと、適度な運動は良いが、するにしても身体を全体的に鍛えるようにしろ」

「剣を振るのが一番の運動ではないのですか?」

「同じ訓練ばかりしていると身体に癖がつくだろ。動きを身につける事も必要だし、成長してからならいいが、子供のうちは良く食べて良く眠り、適度に身体を動かす事だな」

「では、夜遅くまで剣を振り続けるのも……?」

「止めとけ止めとけ。倒れて数日寝込んだらむしろ損だぞ。一日サボると取り戻すのに三日かかるなんて話もある」


 ブランは「……考えた事もありませんでした」と呟いた。


「努力をすればその分だけ成果は返ってくるものだと」

「もちろん努力は裏切らない。だが、努力の仕方で成果が変わる事もあるさ」


 日本だって「昔の体育の授業は間違っていた」なんて後から反省していたくらいだ。

 この世界では愚直なトレーニングが是とされる傾向があるのかもしれない。

 その上で、貴族家から騎士になる者は相応に勉強時間も取る=朝から晩まで剣を振り続ける生活にはならないとか、金に余裕があるので栄養のある物を食えるとかで自然とアドバンテージができている可能性がある。


「無理に腕を太くしなくても使い道はある。父親に『訓練の時間が減っている』とか言われたら俺の名前を出せ。殿下の横暴に付き合わされて大変なんだ、とかな」

「いえ、それはさすがに……」

「というか、殿下は思ったよりも理路整然と話されますよね?」


 と、ここでエミールからの指摘。

 むう、あまりそっち方向に行かれるのも困るな。

 ならば。


「そうか? ならもう少し横暴に付き合ってもらうか」

「え」

「あの、無理に横暴にならずとも良いのでは……?」

「いやいや。もう少し振り回しても大丈夫そうだからな。お前達が優秀で良かった」


 ブランとエミールが「余計な事を言ってしまった」とばかりに顔を見合わせる。連帯感が生まれてきたようで何よりだ。

 レモンは「えー」と声を上げて。


「それって僕も参加するんですか?」

「はっはっは。むしろお前がメインだぞ、レモン」

「え?」


 濁点でもついていそうな声と共に伯爵令息が硬直。


「安心しろ、やるのはお前の得意分野だ」

「得意分野。……というと、料理ですか?」

「他の事が得意だと聞いた覚えはないが?」


 実は暗殺術が得意ですとかあるなら早めに教えておいて欲しい。特に活かす気はないが。

 小太りの少年は俄然、瞳を輝かせて、


「そういう事ならお任せください! 何をすればいいですか!?」

「そうだな。とりあえず、おやつの開発でもしてみるか」

「おやつ!」


 おやつ。いい響きである。大人になろうと間食は止められない。というか俺達は今子供なので誰にも咎められる謂れはない。


「僕、おやつなら無限に食べられますよ! どうせならたくさん作りましょう!」

「おう、その意気だ。だがな、無限に食うのは止めろ。夕食が入らなくなるだろう」

「? 夕食は夕食で別腹では?」

「なるほど。……ブラン、エミール。これは悪い例だから真似するなよ?」

「恐れながら、真似しようとしても真似できないかと」


 訳すと「だから太るんだよお前」である。


「ですが、どうして急におやつなのですか?」

「何故って、うまいだろ?」


 OKOK。そこで「駄目だわこのアホ殿下」と諦めようとするのは止めろ。


「ご褒美だよ。美味いものが食えると思えばやる気も出る。動くと腹が減るし、頭を使った後は甘い物が欲しくなるだろう。エミール、甘い菓子は好きか?」

「え、ええと。……まあ、嫌いではありませんが」

「そうか? 俺は好きだぞ。クッキーもケーキもスコーンもキャンディもプリンも、その他諸々な」


 堂々とした宣言に呆然とするエミール。


「……男子が甘味を好んでも良いのでしょうか?」

「別にいいだろ。むしろ何がいけないんだ? 『男らしくない』とか言って食わず嫌いしてる連中は人生損してるぞ」


 俺はアホ王子なのでそんな事は気にせずに食う。

 もちろん、太らないように気は遣うし、費用をかけすぎないように注意は必要だが。

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