乙女ゲー世界に♂転生♂したけど悪役令嬢が気の毒なので悪役王子を目指すことにした(11)
「さて、と。お前達、準備はいいか?」
「……構いませんが」
俺と側近達は城の中にある空き部屋の一室にいた。
動きやすい服装に着替え、手には訓練用の木剣。
しかし、ここまで来てもなお、まともに返事をしたのは騎士志望のブラン一人で。
残りの二人──エミールとレモンは「自分達はこの場に必要なのか?」という顔で突っ立っていた。
「おい、お前達。面にやる気が感じられないぞ」
「そうは仰いますが、殿下。我々は肉体労働に向いておりませんので……」
「そ、そうです」
エミールの抗弁にこくこくと同意するレモン。
ええい、ああ言えばこう言う。
確かに頭脳労働担当のエミールと料理好きのレモンは身体を動かすのに向いていないが。
「苦手だからと言って全くできなくてどうする。ある程度は修めておかなければ後で後悔するぞ」
「それは、そうかもしれませんが……」
説得の効果がいまいち薄い。
仕方ない。攻め方を変えてみるとするか。
「思い切り運動した後の飯は格別なんだがなあ」
「………!」
美味い飯、と聞いたレモンが顔を上げる。
「考えればわかるだろう? 空きっ腹の時は何を食っても美味い。つまり空腹は最大の調味料だ。そして疲れた時もまた身体が栄養を欲している。つまり運動は飯を美味しくするのに最適な行動なんだよ!」
「で、殿下! 僕はとても感動しました! そんな理論がこの世には存在したんですね!?」
いや、知らんけど。
口から出まかせを信じた奴に「適当にでっち上げました」などと教えてやる必要もない。
俺はいい笑顔を浮かべると「一緒に頑張ってくれるか、レモン?」と尋ねた。
差し出した手がぎゅっと握られて、
「はい! 僕、頑張ってみます!」
運動苦手仲間が陥落したことでエミールも渋々木剣を握り、俺達は無事に運動を始める事ができた。
◇ ◇ ◇
今回は剣の稽古である。
王子である俺は最低限、自分の身を守れる程度の剣術を求められる。
というか貴族男子は基本的に剣を習う。
戦争に出る出ないはともかく、自分の恋人や妻、家族くらい守れないでどうする、と考えられているからだ。
とはいえ出来、不出来は人によって違う。
「……やはりブランは上手いな。俺では敵いそうにない」
「ご謙遜を。殿下こそ、今日初めて剣を握ったとは思えません」
しばらく木剣を振り、打ち合いをした結果は大きく二つに分かれた。
いい汗をかいたと呼吸を整えるブランと俺。
もう無理とばかりにへばるエミールとレモンだ。
「とは言われてもな。いまいちこいつは勝手がわからん。命のやり取りを行う場で今のように動く自信はないな」
前世の俺は高校時代、武道の選択授業で剣道を齧っていた。
なので棒を振るう事自体は初めてではない。
その感覚があったからこそある程度ブランについていけたが、防具もなしに打ち合うのはなかなか恐ろしいものがあった。
これが真剣で、しかも相手が殺しに来ているとなったら、果たして。
「有事の際、代わりに危険を冒すために騎士がいるのです。殿下はできる範囲で学んでいただければ構わないかと」
言ったブランは母親譲りらしい端正な顔を歪めて、
「もっとも、私も騎士にはあまり向いていないのですが」
「そうか? その歳でなかなか堂に入った構えだったが」
「いいえ。所詮構えだけです。力も体力も足りておらず……日々身体を鍛え、剣を振っておりますがどうにも」
駄目だと首を振る少年。
表情には悔しさが滲んでおり、騎士という選択自体を悔いているようには見えない。
強くなれないのが不満といったところか。
しかし……。
俺は「うーん」と考えてから彼に言ってやる。
「ブラン。お前にはお前の長所があると思うぞ」
「私に、長所ですか? それは騎士としての?」
「ああ」
にやりと笑って「それはな」と続ける。
「顔だ」
「顔」
おい待て、急に残念そうにするな。
期待して損したわー、やっぱりこの王子様駄目だわーって、まあ、それ自体は狙い通りだが、側近達に侮られすぎるのは良くない。
理想は「アホだけど大切な主だからな!」という心理状態であって「アホだし適当に守っておけばいっか」ではない。
俺は慌てて弁明する。
「考えてもみろ。お前は母親に似て線が細い。女の格好をしても似合いそうな美貌だ」
「ですから、それは騎士としては弱点でしょう」
「いいや。要人護衛においては長所だぞ。なにしろ傍に置いていても威圧感がないからな」
確かに、護衛には「何かしたら斬る」と相手を威圧する場面もある。
しかし、そういう場面は決して多くはない。
「害意のある相手なんて多くはないし、あまり強面だと逆に仲良くしたい相手を萎縮させる事だってあるだろ。顔が良いのは得する事だってあるんだ」
「……っ!」
「パーティでも、場の空気を壊す事なく護衛ができる。これからパトリシアと会う場にも連れて行く事があるだろうから、あんまりゴツい奴は困る」
女装して女騎士の代わりを務める、なんて事も可能かもしれない。……本人は嫌がりそうだが。
「というか、まだ子供だろうが。これから成長するかもしれんし、嘆くのが早すぎるぞ」
「……殿下は、その、私がこれから騎士らしく成長すると?」
「わからん。だが、別に無理して腕が太くならんでも活躍の場はあるって事だ」
すると、ブランの表情が少し明るくなった。
「……そんな風に言っていただいたのは初めてです。父は『鍛えればお前も立派になれる』と繰り返すばかりで」
「あー。まあお前の父親は騎士爵だろう? 実力で地位を得た人だからな。息子に同じ事を求めるのも無理はない」
だが、何も父親と同じやり方をしなくても良い。
「お前はお前だ。お前のやり方で地位を勝ち取れ。……というか、俺を専属で護衛するなら最悪、騎士の選抜に落ちてもいいぞ」
「あの、殿下。さすがにそれは……」
へばっていたエミールが若干気遣わしげに口を挟むも、俺は「そうか?」と首を傾げる。
「騎士でも私兵でも使い道があれば俺は使う。むしろ、私兵の方が俺の傍に置いておける時間は長いかもな」
「……そんな風に考えた事はありませんでした」
呆然と呟くブラン。
「騎士の選抜試験に参加できるのは、確か十二歳からだったか」
「はい。十二から十六まで、最大五回の受験資格があります。受かれば見習いとして騎士の訓練に参加できますが……」
「当然、訓練を受けている時間は俺に付けないんだよな。一番信頼のおける部下を傍に置けないとは」
「殿下の護衛として相応しい実力を身につけるためなのですが」
苦笑を浮かべる彼に「相応しいかどうかは俺が決める」と笑って答える。
「だから、お前はせいぜい、相応しい自分になれるように励め」
すると、今度こそ、すっきりした笑顔が返ってきた。
「はい、殿下」
ふっ、決まった。
今回の演説はなかなか良かったんじゃないか? アホ王子らしい横暴さと部下を思う気持ちがきっとブランにも伝わったと思う。
きっと聞いていた二人も感激して──。
「……相応しい自分? ブランは顔が良いのが長所なわけだから、つまり、美しさを磨けって事ですか?」
「お、おい、レモン。妙な口を挟むな」
「だって、そういう話になるじゃないか」
感動するどころか、ごにょごにょと言い合いを始めやがった。
これにはせっかくいい笑顔になっていたブランも微妙な顔である。
「おいレモン。この俺が良い事を言ったのが台無しじゃないか。どうしてくれる?」
「ひぃっ!? で、殿下、どうかお許しを!」
「駄目だ。罰として素振り百回を命じる。そうすれば少しは痩せるんじゃないか?」
「す、素振り百回!? そんな横暴な!」
悲鳴を上げながら木剣を振り始めたレモンは小太り体型もあってか百回などとても無理そうで、仕方なく五十回で勘弁してやった。
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