乙女ゲー世界に♂転生♂したけど悪役令嬢が気の毒なので悪役王子を目指すことにした(10)
「側近の方々は、今日はご一緒ではないのですね?」
一年が経ち、出会った頃より背の伸びたパトリシアがティーカップの柄に触れながら首を傾げる。
幾度となく訪れた公爵邸の令嬢の部屋は穏やかな雰囲気に包まれている。
多少の破天荒では動じなくなった令嬢とその使用人達に俺は肩をすくめて、
「初対面の男共に部屋まで来られるのは嫌だろう?」
「あっ……。ふふっ、やっぱり殿下はお優しいですね」
これである。
こういう時はできるだけ嫌な顔をするようにしている。
「だから、俺が優しいわけがない。愛人を迎える覚悟は決まったのか?」
「はい、決まりました」
「そうだろう? ほら、全然優しくなんて……なんて言った?」
「殿下が愛人を作られても、わたくしは我慢いたします。……嫌ですけれど、それが正妻の務めです」
意を決したように両手を重ね、握って宣言。
エメラルドのような瞳も小さく可憐な唇も、一生懸命さが溢れている。
つい「そんな覚悟はしなくていい」と言ってやりたくなるのを抑えて、
「殊勝な心がけだな? なんだ、どういう心境の変化だ?」
「それは、その。前々からお父様に言われていたのです。殿下はわたくしに覚悟を決めさせたいのだと」
彼女の父である公爵は「愛人を認める事もまた正妻に求められる器量だ」とパトリシアを諭したらしい。
「王家の血は絶やしてはいけないものです。子供は病気になったり、大きな事故に遭うこともあります」
「ああ。出産は母体にも負担がかかる。一人で多くの子を儲けるのは危険でもある」
もし、俺が王位を継いだ場合、パトリシアは当然のように「男の子」を求められる。
二分の一のガチャなんて四、五回外してもおかしくないのにだ。
しかも、手厚く守っても子供の数パーセントは幼いうちに死ぬ。
「賢明だな。愛人を認めた方がお前も楽ができるぞ?」
「はい。やっぱり殿下はお優しいです」
「だっ、だからそこに戻るなと言っているだろうに」
なんで俺が手玉にとられているんだ。
少女にあの宰相の息子以上の知略が──というわけではないだろう。
単にパトリシアは純粋なのだ。純粋だから悩み、自分で考えて答えを出した。その答えが若干良い解釈に偏っているのも彼女の善性を表している。
そこで彼女は「ですが、殿下」と首を傾げて、
「お父様はこうも言っていました。殿下のお子として扱うつもりならば、愛人ではなく第二夫人として迎えてもらうように、と」
「っ」
危ない、ストレートすぎて紅茶を吹きそうになった。
主張自体はまあ正論だ。
……「愛人」と言っていたのは言葉のあやというか、その方が聞こえが悪いだろうくらいの意図だったんだが。
「お前はそれでいいのか? その、妻がもう一人増えるんだぞ?」
俺はぶっちゃけ全然覚悟が決まっていない。
理屈としてはわかるが感覚として受け入れられているかというとだいぶ怪しい。こんな早いうちからそんな事考えたくはないというのが本音だが、
「はい。その、認めないといけないのなら、お友達になった方がきっと楽しいと思います」
曇りのない表情でそう答えるパトリシアを見て、ああ、と思った。
彼女もまだ、本当の意味ではわかっていないのだ。
嫉妬も。出産の重みも。結婚の意味も。愛する者の子供を他の誰かが産むという辛さも。
理不尽を強いなければならない立場として申し訳なくも思うが、こればかりはきっと、誰に嫁いでもそう大差ない。
公爵令嬢が嫁ぐ相手なんてかなり高位の男に決まっているのだ。
「そうか。ならば、お前と友達になれそうな女を選ばなくてはな」
「ええと、その。殿下はもう、お相手を探されているのですか?」
若干、探るような視線。
「別にこちらから探してはいないが。俺と仲良くなりたい、という者からの手紙は山ほど来ているぞ?」
胸を張って答えると、パトリシアはきゅっと唇を結んだ。
「……わたくしも、しっかりお勉強を頑張ります」
「勉強?」
「はい。殿下の妻となり、傍でお助けするためには女も勉強ができなくてはならないと、お母様から言われているのです」
「それは万年筆が活躍しそうだな」
それにしても、こんなに小さいうちから次期王妃教育か。
やっぱり、こんないい子には俺以外に嫁いでもらう方がいいのではないか、と思う俺だった。
◇ ◇ ◇
「殿下。側近の選定結果を受けて国内の派閥形成に動きがございます」
初老の教師が俺に進言してきたのは、側近達と交流と言う名の遊びに興じていた時の事だ。
三人は「それ、自分が聞いても大丈夫な話?」と不安そうな顔をするが、心配しなくても聞かせられない話なら今ここではしない。
「それにしても。先生はそんな事まで担当しているのか。大丈夫か? 過労死しないか?」
「幸い、万年筆のお陰で手の疲れは多少軽減できておりますな。……そんな事よりも、派閥についてです」
「ああ。主要貴族が俺ではなく弟に取り入ろうと動き始めてるんだろ?」
「そんな!」
愕然とするのはブラン達側近。
「殿下ではなく弟君が次期王に推され始めている、という事ですか!?」
「まあ、主要な家柄を俺が蹴ったからなあ」
「どうして殿下はそんなに落ち着いておられるのですか!?」
「だいたい予想はしてたからだよ」
息子が側近になれば宰相も騎士団長も俺をバックアップしてくれるだろうが、それはあくまでも「側近となった自分の息子」あってこそだ。
親としては息子がついた側を支援したいだろうし、国の重要人物として考えても「将来国のためになる方」を選ぶに決まっている。
となれば、なんかよくわからん動きをしている第一王子より、良いところの坊っちゃんを味方に引き込める第二王子に人気が集まる。
「ははは。お前ら貧乏くじを引いたなー。まあ、悪いようにはしないから安心しろ」
「君達三人は既に第一王子派に組み込まれている。殿下とは一蓮托生だと思いなさい」
側近なんだから当然だが、当人達からしてみれば「豪華客船だと思ったら泥舟だった」感があるだろう。
「しかし、殿下。これからどうなさるおつもりですかな? 貴族家からの支持が得られないとなると玉座が遠のくおそれがありますが」
「別に。俺は俺のやりたいようにやるだけだ。その結果王になれないのなら仕方ない。……それに俺は、こいつらが騎士団長の息子だの宰相の息子だのに劣っているとは思っていない」
当の本人達が「正気かこいつ」という目で見てくるが、にやりと笑って。
「諦めて俺の側近として励んでもらおうか。俺がやらかして王族をクビになったらお前達も露頭に迷うわけだから心してかかれよ」
「それは殆ど脅迫ではありませんか……!?」
「お、調子が出てきたな。いいぞ、その意気だ」
悲鳴のような抗議の声を上げたブランを笑って褒めてやる。そうそう。間違っていると思ったら上役相手でも迷わず進言して来るくらいでないと困る。
凡人の俺はやることなすこと正解、などとはいかない。
足りない部分は他人に補ってもらわないと成り立たないのだ。
「さて、先生。たしか側近は俺と遊んだり勉強をして交流を深めるんだったな?」
「ええ。互いの事をよく知り信頼関係を築く事も重要です」
「うむ。では差し当たって、お前達と勉強や運動をする事にしよう。ついでに今後の指導もしてやる」
何様だお前、と言われても仕方ないような事を堂々と宣言。
胡乱な視線が返ってきても当然のように無視した。
「異論は受け付けるが、反映するかはお前達次第だ。なかなか楽しくなってきたな?」
「……なんと言いますか、殿下は想像していたのとだいぶ違うお方のようです」
見誤ったのだとしたら選定の場での観察が足りなかったな。その後悔は是非、これからに活かして欲しい。
まあ、アホ王子と思われるのは大歓迎だが。
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