乙女ゲー世界に♂転生♂したけど悪役令嬢が気の毒なので悪役王子を目指すことにした(9)
王城内、王の執務室にて。
「忙しい中、時間を取ってもらってすまないな」
「お気遣いなく。私も必要だと思っておりました。……殿下の側近の件でしょう?」
「ああ。其方はどう思った?」
「思い切った決断をなさいましたな。正直、あれほど極端な選定になるとは思いませんでした」
「其方の息子が選ばれなかったのは意外か?」
「いいえ。それに関しては可能性もあると。……あれは少々、自分に自信を持ちすぎているきらいがありますので」
「まるで昔のお前のようだな」
「陛下も人の事は言えないと思いますが」
「……しかし、息子の欠点に気づいているなら対処すれば良かったのではないか?」
「父親が押さえつけても素直には受け入れられないでしょう。男親とは、男子にとって『超えるべき壁』であって教師ではありませんからな」
「ふむ。フィリップも私を壁と思っているのだろうか」
「どうでしょうな。フィリップ殿下はどうも人とは少し違うようで」
「お前から見てもそう思うか」
「ええ。愚か者を演じようとしている……そんな風にも見えます。あの歳にしてそのような真似をするとしたら、理由はなんなのでしょうな?」
「……王位継承を避けようとしている、か?」
「あるいはパワーバランスを取ろうとしているか。そのような謀を実行できてしまう時点で有望ではないか、という気もいたしますが」
「フィリップが、其方の息子の鼻っ柱をへし折ってくれると良いな」
「それに関しては心配ないかもしれません。あれはどうやら珍しく本気で憤慨しておりますから」
◆ ◆ ◆
側近となった少年達とはあの後も話を続けた。
三人から共通して飛び出したのは宰相の息子に関する苦情、あるいは愚痴だ。
「彼から選定の件についてあれこれ詰問されました。『私が選ばれなかったのは何故か』と」
「選定に関しては本人の合否しか伝えていないのに、か?」
「宰相殿の息子なら調べる方法はいくらでもあるのでしょう」
まあ、人の口に戸は立てられない。
使用人を多く使っている以上、俺や両親、宰相の周りに口の軽い者がいてもおかしくはない。
あるいは、選定に参加した家を見張らせてお祝いムードの家を判別するだけでも可能かもしれない。
三人が三人とも抗議を受けたらしく、それで疲弊して「自分は相応しくないのでは」と思った部分もあるようだ。
「次に嫌味を言われたら『殿下の決定ですので』とでも言ってやれ。……まったく、抗議するなら俺に直接すればいいものを」
もちろん、彼もそれはわかっていたのだろう。
側近との初顔合わせを行った日の午後には面会の依頼が届いた。
俺は直近の日付を指定して返し、城の応接間にて彼と対面したのだが──。
不遜なほど澄ました表情はどこへやら、彼はあからさまに「不満です」という顔で俺を睨みつけてきた。
「よく来てくれたな。今日は晴れて良かった。馬車で移動するとはいえ雨では気が滅入るからな」
「申し訳ありませんが本題に入らせていただきたく存じます」
俺の社交辞令をぶった切った宰相の息子は、さらに「人払いを行っていただけませんか?」と言ってきた。
「殿下から率直なお話をお伺いしたいのです」
俺達の周囲には互いの使用人の他、城勤めの騎士が何人もいる。
聞かれたくない話があるのはもちろんわかるが、
「駄目だ」
「何故です」
「お前に掴みかかられたとして、お互い無傷で済ませる自信がないからだ」
「……そのような事はいたしません」
「本当か? そんな事を公言した上で万一、暴力を振るえば罰は免れないぞ?」
第一王位継承者をぶん殴ったとか家は降格、本人は家から追放、さらに賠償金を上乗せくらいは普通にありえる。
子供だから、というのを考慮しなければ首が飛んでもおかしくない。
俺は紅茶を飲んでから「で?」と切り出し、
「俺の側近達を脅したらしいな。お前達が合格して自分が不合格はおかしいと」
「お耳に入っていらっしゃるなら話は早いです。何故、私が選ばれなかったのですか? 能力は十分に示したはずです」
「確かに、お前のセ・ゲールの腕は素晴らしかった。頭が回るのも十分にわかった」
「なら!」
「だが、お前が他の側近と仲良くやれるとは思えなかった」
こいつも俺と同じ六歳だ。
ぶっちゃけこの歳で人間的に完成している方がおかしい。欠点なんていくつもあって当然。
というか「王の器じゃないから弟に王位譲ろう」なんて考えている俺が人の事を言うのもおかしな話ではあるんだが。
「俺はこれでもお前より上の立場だからな。遠慮なく言わせてもらう。……お前、自分以外の人間を馬鹿だと思っているだろう?」
彼は虚を突かれたような顔をした。
◆ ◆ ◆
納得がいかなかった。
宰相の家に生まれ、聡明な子だともてはやさてきた。
立派な父のようになるために努力もしたし、その甲斐あって同世代よりは一周りも二周りも優秀だと自負している。
自分以外の人間が馬鹿だと思っている?
当然だ。必死に努力してきた自分が、あんな筋肉馬鹿や、家柄にあぐらをかいた無能、環境で劣る低い家柄の者に負けるはずがない。
怒鳴りつけたくなるのを必死に堪えて、彼は答えた。
「父の事は尊敬しております。先達にも、見習うべき方は無数にいると」
「ああ。つまり同世代は全員馬鹿だと思ってるんだな?」
なんだ、この男は。
第一王子と言ってもただの凡人。それが最初の評価だった。
自分が偉いと思っているのを隠そうともせず、我が物顔で振る舞う。遊戯の実力も自分に敵う程ではなかった。
そのはずなのに、大人を相手にしているような重圧を覚える。
言い合いをしているのではなく、一方的に諭されているような。
「その性格は直した方がいいぞ。これからの一年でお前が変われないなら、弟の選定に口を挟まなければいけない」
「なっ……!? あなたにそんな権利は」
「無いか? 大事な弟に自分の考えを伝えて判断を促すのは当たり前の事だろう?」
弟と言っても腹違い。ただの競争相手だろうに。
「……理解できません。何故、優秀な駒を使わないのです。あなたには上にのし上がる気がないのでは?」
「勝手に動き回る駒など無い方がマシだ。上に行く気もまあ、特別には持ち合わせていないな。俺は王の器じゃない」
アホだからな、と嘯くその男の心の奥底がわからない。
同世代を相手に初めて「怖い」と思った。
対等どころか下に見られている。
この第一王子は──愚か者を自称するこの男は、自分よりもずっと大局を見ているのではないか。
「殿下。……セ・ゲールで再戦していただけませんか?」
気づけばそんな事を口にしていた。
しかし、フィリップは飄々とした態度を崩さず、
「必要ないな。どうせお前が勝つだけだ」
「────」
ああ、手を抜かれていたのだな、と理解する。
能力が足りなかったのではない。彼の眼鏡に適わなかったから採用されなかった。
自分の負けだ。
同世代を相手に感じる初めての完敗。
……息を吐き、あらためて礼を取って「失礼いたしました」と詫びる。
「もう一度、身の振り方についてよく考えたいと思います」
「ああ。……こちらこそ、言いたい放題に言って悪かったな」
気遣いの言葉までかけられてしまった。
さらには退室途中で呼び止められて、
「それから、褒美の本はもう少し待ってくれ。選ぶのは終わったのだが、写本をさせているから時間がかかっている」
この人には敵わない。
これがこの国の第一王子。……この世には、上には上がいるのだと、はっきり思い知らされた。
この日の出来事について彼が咀嚼、飲み込み、受け入れ、本当の意味で再起するのにはこれから多くの月日が必要になるのだが。
確かにこの日、「全能感に溢れる宰相の息子」は王子フィリップによってその心を折られた。
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