乙女ゲー世界に♂転生♂したけど悪役令嬢が気の毒なので悪役王子を目指すことにした(8)

 集められた三人は揃って緊張した様子だった。

 無理もない。今日は城にある俺の部屋。言わば俺にとってのホームだ。

 入室を許された、どころか「場所を教えられた」だけで栄誉と言っていい。

 セキュリティの観点から言えば第一王子の部屋の位置なんてなるべく教えない方が良いに決まっている。


 さて。


 俺としては彼らに少しでもリラックスしてもらわないといけない。


「そう固くならず楽にしてくれ。お前達はこれから俺の側近だ。この部屋にも嫌と言うほど来る事になる。……あ、嫌なら今のうちに言ってくれよ? お互いその方が楽だろう?」


 最後のジョークは残念ながら全く受けず、少年達はにこりともしなかった。

 そこで三人のうち年長の少年が恐る恐る手を持ち上げて、


「恐れ入ります、殿下。発言の許可を頂けますでしょうか?」

「俺は側近が言葉を発しただけで怒るほど狭量じゃないぞ。言ってくれ、ブラン」


 笑って答えると、彼は緊張を解かずに口を開いた。


「本当に、我々が殿下の側近に選ばれたのでしょうか?」

「なんだ、そんな事か。当然だ。冗談でこんな所へ連れて来るわけがなかろう」

「しかし、我々はあまりにも……」


 その続きは聞かなくてもだいたいわかった。


「家格の面で他の候補者に劣る、か?」

「…………」


 くだらない話だ。俺は実際に「くだらないな」と吐き捨てた。


「お前達に価値がないと思うのならば、そもそもあの場に呼ぶはずがない。そして、選定は俺の判断に任された。それが全てだ」


 自信がありすぎるのも困りものだが、自信がないのも困る。


「ブラン、エミール、レモン。お前達は俺の側近になった。嫌なら今すぐ辞めろ。務める気があるなら相応しい男になれるよう励め」


 六歳のお子様に言われても威厳も何もあったものではないが、王子という肩書きがある程度の効果を発揮したのか、彼らは表情を引き締めた。


「精一杯務めさせていただきます、フィリップ殿下」

「ご期待に添えるよう努力いたします」

「わ、私も、精一杯頑張ります」


 俺の部屋は広く、寝室と昼間使う私室が分かれている。

 私室には大きめのテーブルもあり、俺達はそこに四人で掛けた。もちろん周りには騎士やメイドがいて、何かあればすぐ動ける状態になっているが。


「とはいえ、選んだ基準も教えておいた方がいいか」


 メイドの淹れてくれた紅茶を一口味わってから俺は言葉を続け、


「お前達三人を選んだのはバランスを見たからだ。騎士志望、文官志望、そしてそれ以外とな」


 原作で王子の側近だったあいつらも騎士志望と文官志望。

 単純に「ヒロインの相手役にする時にタイプの違うキャラの方が映える」という理由もあるだろうが、俺が要職についた際、各方面で頼れる者がいた方がいい、というのもある。


「まずブラン。お前は騎士志望だろう?」

「……はっ。その通りでございます。残念ながら腕には自信がありませんが……」


 ブランは俺達の中で最年長の八歳。

 騎士爵──平民から騎士になった者の息子であり、身分としては平民ということになる。

 とはいえ普通の平民よりはずっと裕福な暮らしができていたはずだし、


「騎士の七割は平民出身だ。何も恐縮する事はない」


 騎士とは要するに軍人のようなものだ。

 別に「兵士」もいるが、ぶっちゃけた話、これらの仕事に大きな差はない。

 なら何が違うのかと言えば、主に相手にする人間が違う。

 騎士が相手にするのは王族と貴族で、兵士が相手にするのは主に平民だ。


 兵士が下町の治安維持や雑務を担い、騎士は兵士の統括と貴族の護衛、および戦闘訓練を主な役割とする。

 戦争時にはどちらも戦力として期待されるものの、より頼りにされるのは騎士の方。


 騎士には貴族の次男以降もそれなりにいるものの、大部分は平民であある。

 これは単純に人数が足りないため。

 後はまあ、貴族に仕える事になるため、伯爵以上の貴族家出身はあまりなりたがらないという事情がある。


 ブランは騎士の父を持つだけあって背が高い。

 ただ、顔立ちや身体付きは母親に似たのか優男感がある。

 鬼ごっこでも悪い成績ではなかったが、騎士団長の息子にはいいようにやられていた。


「エミール。お前は頭脳労働担当だ」


 彼は子爵家の次男。

 次男は「長男に何かあった時のための保険」という意味合いがあるので重要度は決して低くない。

 セ・ゲールでは残念ながら一回戦で優勝者──宰相の息子と当たってしまったために勝ち星を得られなかったが、その指し回しは決して悪くなかったと思う。


「お前、勉強は好きだろう? 言葉遣いが丁寧で好感が持てた」

「そ、そうでしょうか? そう言って頂けると光栄ですが……」

「ああ。俺は頭を使うのが苦手だからな。お前みたいなタイプは助かる」


 地味な焦げ茶色の髪と瞳をした少年は何故かそこで「ええ、この人本気で言ってるの……?」みたいな顔をしたが、俺はアホ王子としてそれをスルー。


「で、レモンだ」


 言い終え、紅茶を一口。

 次いでクッキーを口に放り込んで咀嚼し、また紅茶を飲む。


「……あの、殿下? 彼の採用理由は?」

「え? 必要か?」


 レモン本人まで含めた三人が「いや必要だろ」という目で俺を見返してきた。

 我が儘な奴らだ。俺は、はあ、とため息をついてから答えてやる。


「レモンはあの候補者の中で群を抜いて異彩を放っていた」

「それは確かに」

「間違いありませんね」


 まず、貴族の子供というのは大抵見た目が整っている。

 栄養状態に気を遣うだけの余裕があるからだ。

 対してレモンは見るからにぽっちゃり体型だった。


 デブ、というのは栄養過多の場合と、栄養バランスを整えられずカロリーばかりを接種した結果があるが、レモンの場合は前者、単なる食べ過ぎだろう。

 何故なら彼は伯爵家の三男で生活には余裕があり、


「お前は珍しい事に料理が好きらしいな? できれば趣味の料理をもっと極めたいとか」

「は、はい。僕は身体を動かすのも頭を使うのもあまり得意ではなくて、食べる事が唯一の取り柄で」


 候補者の中で彼は居心地が悪そうにしつつも、出された菓子や軽食には目を輝かせていた。

 第一回、第二回の終了後、メイドにその詳細を尋ねているのを見て、直接尋ねてみたところ「料理好き」が判明したのだ。


「で、でも、僕なんかを側近にしてどうなさるんですか……?」


 本人さえも「こいついる?」という顔をする中、俺は大真面目に頷いた。


「もちろんだ」

「あの、どうしてですか?」

「どうしてって。人が生きていくのに食べる事は欠かせないだろう。美味い物はたくさんあった方がいいに決まっている」


 やっぱりこいつアホなんじゃないのか? という表情に三人がなるのを見て、俺は珍しく「してやったり」と思った。

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