乙女ゲー世界に♂転生♂したけど悪役令嬢が気の毒なので悪役王子を目指すことにした(7)

 騎士団長の息子。宰相の息子。公爵令息に侯爵令息。メイド長の息子に父王の側近の息子まで、そうそうたる面々が揃っている。

 俺には姉もいるが男子は俺が一人目なので、弟にはここから残った者が紹介される。

 第三王子が生まれた場合は……さすがに歳が離れているので新しいメンバーが選定されるか。


 っていうかこれだけ揃ってるって、あれか。

 メタな事を言えば「ゲームの設定だから」だが、この世界的には王妃の懐妊に自分達の子供を合わせたのか?

 そこまでするものなのか。……するかもな、権力も収入も変わってくるんだし。


 さて。


 自己紹介を聞き終えた俺はさっそくゲームに移る事にした。


「遊戯はいろいろ用意したが、この人数で遊べるものは限られるな。……お前達、何か希望はあるか?」


 この世界には電子機器がないので、ゲームと言えばカードやボード、ダイス(サイコロ)を使った物が一般的になる。

 多くは戦う男の暇つぶしや酒の席での賭け事から発展したものだ。

 ポーカーに似たカードゲームや、ダイスの目を当てるゲームなどもあるが、


「遊戯でしたらやはり『セ・ゲール』では?」


 俺の問いに多くの者が顔を見合わせる中、率先して答えたのは宰相の息子だった。

 父親に似て賢そうな顔をしている。

 きっと将来はモノクルを付けた知的イケメンに成長するだろう──って、原作における攻略対象の一人だから知っているだけだが。


「ふむ。セ・ゲールか。お前は強いのか?」

「父上にはいつも負かされていますが、筋は良いと褒められております」

「ほう。それは面白い。ではこの俺がお前の腕を試してやろう」


 セ・ゲールはチェスに似たボードゲームだ。

 つまり一対一。俺達がやっている間、他の面々は暇になるわけだが。


「お前達も安心していいぞ。盤と駒はたくさん用意した。……そうだな、せっかくだ。トーナメントを組むか。優勝者には何か褒美を取らせる」


 ダイスで組み合わせを決め、二人ずつのペアで対戦。勝った者同士が戦っていき、最後まで勝ち続けた一人が優勝だ。

 俺は王子なのでシード権を使い、決勝からスタートする。

 宰相の息子はその理知的な目を光らせ、


「では、殿下と戦うには勝ち残らなければならないのですね」

「なんだ、自信がないのか?」

「いえ。望むところです。見事勝ち残ってご覧に入れましょう」


 自信満々の彼とは対照的に、騎士団長の息子は浮かない顔。


「あーあ。俺、こういうの苦手なんだよな。優勝して殿下に新しい剣をもらいたかったぜ」

「おや。戦ってもいないうちから諦めるのですか?」

「ああ!? んな事言ってねえだろうが!?」

「おいおい。お前達、今日は俺が主役だぞ? 勝手に喧嘩を始めるんじゃない」


 俺が諌めると二人は謝って矛を収めたものの、ゲームの結果はそれぞれの自信通りになった。


 騎士団長の息子、初戦敗退。

 宰相の息子、決勝進出。


「ふっ。騎士団長の息子が戦略を不得手としているなど……この国の将来が心配ですね」

「この野郎……! 騎士ってのはな、剣の腕が一番大事なんだよ!」

「はっはっは。頭が良いのも腕っぷしが強いのも素晴らしいではないか。だが、これで俺があっさり負けたら恥ずかしいな?」

「ご謙遜を。殿下もかなり自信がおありのようですが?」

「どうかな。正直言って自信はないぞ?」


 本心である。

 チェスなんてスマホアプリで暇つぶしに触った事がある程度。

 セ・ゲールにしても六歳の俺がそんなにたくさん遊んでいるわけがなく。


 一応、それなりに努力はしたものの、あえなく敗北。


「うむ、見事だ! 優勝はお前のものとする! 褒美の希望があれば言うがいい」


 宰相の息子には拍手が送られ、当の本人は「光栄です」とクールな表情。

 彼は「褒美ですか」と呟き、俺を真っ直ぐに見据えて、


「では、私を殿下の側近に選んでいただけないでしょうか?」


 ざわ、と、一同に動揺が広がった。

 野心家としか言いようがない。ここまで真正面から来るとは、なかなかできる事じゃない。

 だが。


「ああ、それは駄目だな」


 俺はきっぱりと答える。「何故です?」と目の端を吊り上げる彼。


「私では不足ですか?」

「そうは言っていない。だが、側近を決める権利は俺のものだ。たとえ褒美であっても他の方法で渡す事はできない」


 たかが身内のチェストーナメントで将来の栄光が約束されるとか、あまりにもズルすぎるだろう。


「褒美には別の物を考えてもらおう。……そうだな? 例えば万年筆はどうだ?」


 あれから注文者が続々と現れ、需要の高まりに応じて万年筆も徐々に改良が行われている。

 他の職人や工房も参入し、美しさに優れた品や使いやすい品が次々に登場。

 あっという間にプロトタイプは時代遅れになってしまったため、俺はパトリシアに「誕生日プレゼントとして新しい万年筆を贈る」と約束する羽目になった。


 ……それはともかく。


 宰相の息子は「いえ、万年筆ならもう持っております」と自前のペンを取り出して見せた。

 金属製のキャップがついた立派なモデル。彼はふん、と鼻を鳴らして、


「であれば、殿下のオススメの本を一冊頂けますか? ジャンルはなんでも構いませんので」

「そうか。では、見繕っておくとしよう」


 第一回選定の終了後、


「彼はとても優秀ですな」


 と、わざとらしく言ってきた初老の教師に、俺はこう答えた。


「優秀だが癪に障るな。俺は偉いという態度が気に食わない。一番偉いのはこの俺だぞ」



    ◇    ◇    ◇



 まあ、俺様ムーブはあくまでもポーズだが。


 俺は悩みつつも、宰相の息子を側近としない事を決定した。


 二度目の選定は庭での鬼ごっこを行い、騎士団長の息子が優勝。彼は訓練用の木剣を所望したので「上等なやつをプレゼントしてやる」と約束した。


「はっ。宰相の息子殿はもう少し身体も鍛えた方がいいんじゃないのか?」

「……はっ。文官に腕っぷしなんて必要ない。そんな事もわからないのか」

「ああ!? 聞こえねえぞ、もういっぺん言ってみやがれ!」

「あのなあお前達。偉いのは俺だと何度言えばわかる」

「「ごめんなさい」」


 そんな風にしてさらに第三回を開催して──。


「さて殿下。側近候補は固まってまいりましたかな?」

「ああ。……俺はこれで行こうと思う」


 名前を連ねた羊皮紙を手渡すと、教師は「これは」と目を見開いた。


「なかなか思い切った選択ですな?」

「そうか? 俺はこれが一番いいと思うが」


 騎士団長の息子、宰相の息子──共に不合格。

 公爵家や侯爵家といった高位貴族の息子も軒並み選択から外し、家格で言うところの最高位は伯爵令息。

 家格の低いところでは騎士爵──本人は貴族に準じた扱いを受けるが次代以降には引き継がれない位──の息子もいる。


「騎士団長の息子が落ち、平民が側近に選ばれる。……物言いがついてもおかしくありませんが?」

「ははは。俺の言う事を聞かない側近など、家柄がどうだろうと必要ない。……そもそも、家格の時点で不適当なら『騎士爵の息子』なんぞ候補に含めないだろう?」

「はて。私は候補者選びにさほど関わっておりませんでしたので、そう言われましてもなんとも」


 つまり少しは関わってるんだろうが。


「まあ、殿下のご判断であれば構いませんが、よろしいのですな? 良い家柄の子を側近に迎えるという事はすなわち、その親を味方につけるという事になります」

「知った事か。所詮子供は子供。家に相応しくなければ勘当もありうるだろう」


 勘当までは行かなくとも、家としての助力を打ち切る可能性は十分ある。

 ……もちろん、王子である俺も同じ立場だが。


「まあ、多少は悩んだがな?」


 特に宰相の息子。アレは駄目だ。あのままじゃ使い物にならない。

 欲しい物が手に入らなかった途端につまらなそうな態度。

 成長すれば外面は身につくかもしれないが、主になるかもしれない相手を見下しにかかるような奴はその時点でアウト。


 だからこそ、弟に回すのも複雑で。


 駄目だから俺が確保するか、それともあいつに失敗を経験させて反省を促すか。

 悩んだ末、俺は後者を選択した。

 第一王子の側近という目的を手に入れてしまってはおそらくなんの反省もしない。それはどうしても避けたかった。


 騎士団長の息子の方はまあ割と優良物件だ。

 一部、馬の合わない相手はいるし口も悪いが、素直な点は評価できる。

 様するに愛すべき単純馬鹿。こっちはやらかすとしてもおそらく「挑発に乗って暴力沙汰」とかその程度。主を端から舐める事はない。


「では、これで決定でよろしいですかな?」

「ああ。これで進めてくれ」


 こうして俺は本格的に「変わり者のアホ王子」としての道を進み始めた。

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