乙女ゲー世界に♂転生♂したけど悪役令嬢が気の毒なので悪役王子を目指すことにした(13)

「フィリップ殿下、本日は当家へお越しくださりありがとうございます」

「いやいや。むしろレモンを預かる挨拶をしていなかったな。すまない」

「とんでもございません。愚息を側近にお選び頂き、なんと感謝をしたら良いか」


 後日、俺達はレモンの実家に集まった。

 伯爵夫妻は恐縮した様子で俺達──というか俺を迎えてくれる。


「むしろ、息子が何かご迷惑をおかけしていないでしょうか……? これは食べる事と料理する事以外頭にないものでして」

「はっはっは。気にするな。俺はレモンのそこを気に入って選んだのだ」

「は? ……と、申しますと?」

「もちろん料理だ。厨房の使用許可は出しておいただろう?」

「確かに、シェフにも話は通しておりますが……。本当に料理をなさるので?」

「するのはレモンとこの家のシェフだがな」


 さすがに俺が直接手を出すのは許可が下りない。

 次期王位継承者はこの国で二番目に大事な存在だ。確定してはいないとはいえ、俺が怪我でもしたら関係者の首まで飛びかねない。

 というわけで、俺は観察しながら指示を出すだけである。


「ああ。材料はこちらで手配したから安心してくれ。この家の食費を圧迫するわけにはいかないからな」

「大変恐縮ではございますが、正直、とても助かります。……その、レモンは食べ過ぎる上に作りすぎる傾向がございまして」


 側近内定と同時に渡した支度金を調理器具と食材に変えようとしたのだ、と、伯爵はこっそり教えてくれた。


「それはなかなか筋金入りだな」

「ええ。ですのであまり刺激すると困った事になりかねないかと……」

「まあ大丈夫だろう。食べる役の者も連れてきたからな」


 食べる役ことブランとエミールは「いったい何が始まるのか」と若干緊張した面持ちである。

 一方、実家で料理ということでレモンは生き生きしており、


「では殿下、厨房へご案内いたします!」

「うむ、頼む」


 レモンの実家を会場に選んだのは設備が充実していそうだから、というのと、城の厨房は簡単に借りられないからだ。

 なんだかんだ言いつつ伯爵夫妻も食にはうるさいのか、伯爵家の設備はかなりのもの。料理人も腕の良い者だ。


「それで、殿下。今日は何を作りましょうか?」

「ああ。今日はな──」


 この日を迎えるにあたり、俺は作る菓子に頭を悩ませる事になった。

 どうせなら現代知識無双がしたい。

 そのためにはこの世界にない菓子を作らなければならないが、ここは乙女ゲームの世界だけあって設定がふわっとしている。

 特に食べ物関係は充実していないと楽しくないからか、西洋系のものはだいたいある。


 塩コショウも、カレーも、じゃがいもも、ハンバーグもサンドイッチもチョコレートもある。

 もうちょっと「足りていない」世界ならラノベ知識を利用して知識チートがしやすかったものを。

 パウンドケーキの作り方とか某転生もののお陰で頭に入っていたんだぞ。


 ……と、それはともかく。


 洋風のものが駄目なら和風で勝負するしかあるまい。

 まあ、和菓子は米や小豆を使うものが多く再現が難しいんだが。

 中にはそれらを使用しないものもある。

 というわけで、


「今日はかりんとうを作るぞ!」

「なんですか、それ?」

「食べればわかる。ほら、俺の言う通りに作業してくれ」


 菓子作り用の小麦粉にベーキングパウダー、砂糖、牛乳を加えて混ぜ、平たくして少し寝かせる。

 短い棒状にカットしたらきつね色になるまで油で揚げていったん取り出し。

 黒砂糖と水を加熱して作ったタレに絡めたら出来上がり。


 俺も細かい加減はわからなかったので少量ずつ何パターンか試作してもらい、最終的にはいい感じのものが出来上がった。

 試作品も大失敗はしなかったので一緒にいただく。


「これは……ドーナツのようなものですか?」

「近いが、かなり硬いから気をつけろよ」


 冷めてから食べるのもオツなものだが、レモンが待ちきれなさそうだったので熱いうちに試食する。

 毒見はシェフやメイドに行ってもらったが「これは、硬いですが悪くありませんな」「本当、ドーナツとはまた違うお菓子ですね」とそこそこの評価。

 まあ、そのせいでレモンの期待が止まらなくなったのだが。


「いただきます」


 ひょい、と口に放り込むのではなく中程で歯を立てるようにすると、独特の触感と共に黒砂糖特有の味わいが広がる。

 同じく口にした三人も「これは」と目を見開いて、


「香ばしさが良いですね。甘いだけではないので男でも食べやすいと思います」

「腹にたまりそうなのも良いです。ティータイムを忘れて本を読んでいると小腹が空く事がありますので……」

「美味しいです! なんだか癖になる味わいです!」


 ついでなので紅茶も淹れてもらい、一緒に味わう。

 贅沢を言うならこいつには緑茶の方が合うだろう。……確か茶葉自体は同じものだから加工の仕方を変えれば作れない事はないんだったか?

 俺達はしばしかりんとうを味わい、茶を味わって、


「……しかし、この見た目が少々……」

「ええ。我々は調理工程を見ていたから良いですが、その」


 みんなして微妙な顔をし始めた。

 言うなよ。ポリ袋に入れたのを道端でおもむしろに食べだしたら通行人が「!?」って見て来そうとか。犬を連れてたら効果倍増とか。


「いいんだよ、美味いから。多少なら置いておいても悪くならないしな」


 冷蔵庫があるわけじゃないから過信は禁物だが。まあ一日くらいなら平気だろう。この国は日本に比べると涼しいし。


「卵を使いませんから比較的材料も調達しやすいですね。牛乳がネックですが……」

「風味は変わるが水や油でも似たようなものはできるはずだぞ。中に混ぜ込む砂糖を黒砂糖にして揚げるだけ、という手もある」

「それだと費用も抑えられますから庶民でも手が出るかもしれませんね」


 黒砂糖の方が白砂糖より安いからな。

 材料を抑えて作ればコストも安くすむ。ブランの奴、自分の家でも食べられるかもしれない、とか考えていそうだ。


「おいおい。お前達にご褒美で食わせるために開発してるんだぞ? 自分で食べ過ぎて飽きるなよ?」

「そ、そこは気をつけますので」


 恐縮するブランをよそに、レモンは明るく笑って、


「殿下がもっと色々なお菓子を開発してくださればいいんですよ!」

「無茶を言うな。そんなにぽんぽんアイデアが浮かぶわけがないだろう。……まあ、かりんとうが作れたのならとりあえずアレなら作れそうだが」

「アレ? アレってなんです?」

「芋けんぴ」


 せっかくだから後日これも試した。

 こっちは芋だし絡めるのが白砂糖ベースだから案外味わいが変わって好評。

 別途パトリシアにも味見をしてもらったところ、彼女はかりんとうよりも芋けんぴの方が好みだった。


 それからさらに「芋けんぴが作れるなら」と大学芋も作成。

 ここに焼き芋も加えた四種類をローテーションしているだけでもけっこう飽きずに続けられるようになった。


 ちなみに焼き芋に関しては「これだけじゃ貴族の菓子とは言えない」と言われたのでバターorアイスを乗せる食べ方を教えたところ「悪魔の食べ物」扱いされることになるのだが、それはまた別のお話。

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