乙女ゲー世界に♂転生♂したけど悪役令嬢が気の毒なので悪役王子を目指すことにした(5)

 とある細工工房にて。


「親方。さっきのってお城出入りの商会ですよね? どんな依頼だったんですか?」

「ああ。新しいペンを作って欲しいらしい。……金属でな」

「それって親方が前に売り込んだ奴ですよね?」

「いや。俺が考えて売り込んだ物とは形が違う。デザインはこれだ」


「これは……。金属製のペン先に、インクを入れる軸?あと、この溝はいったい……?」

「木製の手持ち部分と合わせる時にねじって固定するらしい。確かにそれなら安定するだろう。人に合わせて外装を交換する事もできる」

「良くできてますけど、えらく精巧に造らないといけませんね?」

「ああ。その分だけ値も張る。こりゃ大量には売れねえだろう」


「確か、親方が前に売り込んだ奴も『高すぎる』って採用してもらえなかったんですよね?」

「うるせえ。……まあ、その通りだが。だが今回はお偉いさんからの依頼だ。制作費の心配もいらねえ」

「前に似たようなのを売り込んでたからうちに依頼が来たわけで、あれも無駄にはならなかったわけか。……でも、こんなものいったい誰が?」

「なんでもこの国の王子様らしい。まだ子供らしいが、変わった物を欲しがるもんだぜ」



    ◆    ◆    ◆



「……で、実際に出来上がったのがこれだ」

「それが殿下のお考えになった新しいペンなのですね?」


 万年筆が完成して城に届けられるのには注文から一ヶ月以上かかった。

 軸にためたインクを一定量ずつ供給する構造に苦心したらしい。

 ついでに、木製の持ち手も上等な木が使われ、王家の紋章が彫り込まれた特別仕様。ニスかなにかで均等にコーティングされており艶があり滑らかな質感だ。


 俺的には別に使えれば見た目はなんでも良かったんだが。

 先生曰く「殿下の持ち物が安物では示しがつきませぬ」との事。


 完成したそれを、俺はせっかくだからとパトリシアにも見せることにした。

 新しい持ち物を逐一自慢する。うん、実にアホ王子っぽい。


「先のほうは羽根ペンとそう変わらないのですね?」

「ああ。良ければ実際に書いてみせようか?」

「! 是非、お願いいたします」


 公爵令嬢と面会の場──いちおうデートってことになるのか?──を設けるのもこれで数度目。

 今回は城の応接間だが、パトリシアもだいぶ慣れたのか表情はだいぶ柔らかくなっている。


 できれば「まあ、興味はありませんけど殿下が仰るのでしたら……」くらいの反応のほうが俺のアホっぽさを強調できて良かったが。

 興味を惹かれた様子のパトリシアを前に羊皮紙が用意され、俺はそこに万年筆を走らせた。


「わあ……! 本当にインク瓶にペンをひたす必要がないのですね?」

「お陰で手間がだいぶ省けるぞ」


 うっかり瓶をひっくり返して大惨事、なんていう心配もない。

 ペンを間違えて飲み物に突っ込んでしまう心配も──これはまあ、紅茶主体の国なのであまり心配はないが。


「いろいろ改良の余地はあるんだがな。ペン先が固いせいで紙を痛めやすいし、たまにインクの出が悪くなる。軸にインクを補充する際は手が黒くなりかねない」

「メイドには余計な仕事をお願いすることになりますね」

「そうだな。俺たちがインク瓶をひっくり返すのとどっちが良いか、といったところか」


 俺の冗談にパトリシアがくすくすと笑う。

 素の表情だと人形めいた蜂蜜色のお嬢様が、笑うと途端に人間らしくなる。

 こうして笑顔を見せてくれるようになったという事は多少は打ち解けられたか。


「こんな物を発明できるなんて、殿下は頭がいいのですね?」

「俺が発明したわけじゃないぞ。注文したのは先生だし、似たような物は既に作った奴がいたらしい。俺は我が儘を言って金を出しただけだ」


 そういう事にしておいた方が俺としては好都合。

 俺は事あるごとに「先生の発案」と主張して回っている。

 その度に「はいはい、わかっていますよ」みたいな反応をされている気がするのはこの際考えない。


 ほう、と、パトリシアはため息をついて、


「わたくしも危うくインク瓶をひっくり返しそうになったことがありまして──」

「ドレスが真っ黒に染まったのか?」

「ひ、ひっくり返してはおりません……! ですが、お気に入りのドレスが駄目になるところでした」


 ふむ。

 集中力に乏しく、その手のミスが生まれやすい子供にこそ万年筆は必要かもしれない。

 この歳でそれだけ勉強が必要で、金があって、メンテナンスを任せる使用人がいる家なんてもの凄く限られるが。


 俺はわざとらしく万年筆を見せびらかすと「欲しいか?」と笑みを浮かべた。


「どうしても欲しいと言うのならおねだりしてみろ。そうしたらプレゼントしてやらん事もない」


 婚約者に懇願を強いるとかまさに外道。

 これはさすがに悪役感が出るだろう。ふふん、とパトリシアを見ると、彼女はじっとこっちを見つめてきた。

 泣くか? 今回は泣いても謝らないぞ? 欲しければ自分で注文すればいいんだし。

 と。


「お願いいたします、殿下。わたくしも殿下とお揃いのペンが欲しいです」

「ぐっ……!?」


 かすかにうるんだ瞳。甘えるような声音。胸の前で組まれた両手の指。正統派なおねだりポーズに俺は思わず呻いた。

 なんという破壊力。

 普段からこんな風に父公爵に甘えているのか。俺が父親なら確実に「なんでも買ってやるぞー!」となっている。

 ひょっとするとこれは悪役令嬢の片鱗か? おねだりすれば男はなんだって買ってくれる、などと覚えさせては悪影響が出るかもしれない。


 こほん、と咳払いをして。


「わかった、プレゼントしてやる。ただし条件がある」

「条件?」

「このペンの話を周りの人間に話してくれ。噂を広めて使用者を増やしたい」


 すると少女はこてん、と首を傾げて、


「でも、それではわたくしと殿下だけのペンではなくなってしまいます」

「現時点で先生も既に持っている。お前にも王家の紋章入りのペンを贈るから、それでお揃いになるだろう?」


 なお、教師は「時間短縮と負担の軽減になりますな」とさっそく万年筆を愛用している。壊れた時のために早くも二本目の注文を検討しているとかいないとか。


「これを広める事は巡り巡って国を助ける事に繋がる」

「国を? どうしてですか?」

「政治を行う人間というのは字を書く機会が多いだろう? ペンをインクに漬ける手間が減ればその分多くの書類を処理できるし、手を動かす範囲が狭くなって腕を痛めにくくなる」


 嘘は言っていないが、もちろん口からでまかせだ。

 パトリシアに「俺にも打算があってプレゼントするだけだ」と印象付けられればそれでいい。

 ついでに万年筆が広まったらなおいいが、これは本当にみんなが気に入らない限り難しいだろう。


「城で働く者の環境改善が巡り巡って国を良くする事になるのだ」


 ほら、パトリシア。ここは「適当な事言いやがって」とツッコミを入れるところだぞ。


「素敵です。殿下はもう、国を良くすることを考えていらっしゃるのですね?」

「へ?」


 こら、目をきらきらさせて感動するんじゃない。

 くそ、やはりお子様に裏の意図など伝わらないか。

 まあいい、公爵夫妻に「王子は良くわからない物を買って金を無駄にしているらしい」と話が入るだけでもアホ王子計画は進むはず──。


「わたくし、お父様とお母様にもペンを勧めてみます。そのペンを作った工房をご紹介いただけますか?」

「あ? ……ああ、もちろんだ。公爵家からの注文ならその工房も鼻が高いだろう」


 俺は「なんか話が違う方向に行っているな?」と思いつつも「どうせなら俺も二本目を注文しておくかー」とかなんとか言って自分を誤魔化した。


 この後、公爵夫妻のみならず俺の両親までも万年筆を注文。

 そこから万年筆ブームが国の中心部に広まっていく事になるのだが、この時点では俺自身、そんな事は予想していなかった。

 いや、別にいいんだが。「フィリップ王子考案」と宣伝されると俺がすごいみたいになっちゃうだろ、それは止めろよ、ほんとに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る