乙女ゲー世界に♂転生♂したけど悪役令嬢が気の毒なので悪役王子を目指すことにした(4)
「勉強は飽き飽きだ。外だ、俺は外に出たいぞ!」
ある朝いきなり主張すると、メイド達はもの凄く困惑した。
そのうえで「どうしてもと仰るなら」と城の庭園に出るのを許可してくれる。
「日差しが強いですので傘をさしましょう」
「ん。そうだな、日に焼けすぎると肌に良くないからな」
男でもUVケアはするに越した事はない。
日傘を持って同行してもらうのは申し訳ないが、これもまた悪役っぽい。
我が儘放題っぽさを出しつつメイドの提案を受け入れると、彼女は俺ににっこりと微笑んだ。
何だその「わかっていますよ、殿下」という顔は。
「わかっているのか? 外だぞ? 長時間連れ回すかもしれないぞ」
「ご心配には及びません。必要であれば交代いたしますので」
子供一人の世話のために人件費すげえな。
俺が庭園に出るだけで護衛の動きだってある。
……まあ、城は首相官邸と国会議事堂を兼ねたような建物だし、俺は次期総理が半ば内定しているわけだから予算も桁違いなんだろうが。
許可されたのは散歩だけ。子供らしくはしゃぎ回るのは駄目だと言われてしまったのは仕方ないと考えよう。
花を眺めて回るのも悪くない。
俺は散歩をしながら「この花はなんだ?」とメイドに何度も尋ねた。
だいたいは地球にもあった花だが、たまに独特なものが交じる。
「むう、覚えきれる気がしないな。図鑑かなにかあればいいんだが」
「植物の特徴を纏めた本でしたら、城の書庫にあったと思いますよ」
「そうか。そのうち読んでみたいものだな」
「でしたら文字のお勉強をなさらないといけませんね」
「パトリシア様にお手紙を書くのにも役に立ちますよ?」
心なしか「本当はお勉強の大切さもわかっていらっしゃるんですよね?」みたいな意味がこもっているような気がする。
勉強サボって散歩している奴に対する態度か?
意地になった俺はそのまま散歩を続け、花の名前を尋ね続けた。
そしてしばらくして、体力の限界を感じた。
「殿下。そろそろお部屋に戻られてはいかがですか?」
「……そうだな。そうしよう」
残念だが、五歳児が大人に体力で勝てるわけがなかった。
俺(前世)が子供の頃はアホみたいに公園走り回ったものだが、あの謎の体力は何だったのか。気力か? アホだから疲れがわからなかっただけなのか?
部屋に戻り、冷たい飲み物を補給していると、俺の前に粛々と机と羊皮紙、ペンが用意され、初老の教師が何食わぬ顔で入ってくる。
「先生。俺は運動がしたいと勉強を蹴ったはずだが」
「もう運動は終わられたようですので」
しれっと答えやがる。
「それに、殿下に勉強を教えるのが私の仕事でございます。役目を果たさなくては無駄飯食らいの誹りを免れません」
「……俺が勉強しないと先生が失職するのか?」
「左様。ですので多少無理をしてでも殿下に勉強させねばならないのです」
こんな事を言っているが、俺の心証を悪くして「こいつクビ」と言われればおそらく別の教師にすげ替えられるはずだ。
にもかかわらずこうして俺に迫るのは、俺がそうできないと思っているから。
ならいっそクビにしてやるのが悪役かもしれないが、
「俺はアホだし意欲もないが、先生がクビになるのは困るな」
仕方なくペンを手にすると、教師は笑って。
「できれば適度に苦戦していただけると、私が仕事をしている雰囲気が出て良いのですが」
いや、算数以外で現代知識無双とかそうそうできないからな?
◇ ◇ ◇
それから俺は適度な散歩を日課に組み込んだ。
アホ王子と言えば城を抜け出して遊び歩くものと相場が決まっている。将来そうするためにも簡単にバテないだけの体力を身に着けなくては。
後は文字を覚えるのも大事だ。
だらだら時間を潰すにしても、この世界では娯楽が限られる。
中世から近世が混ざった「貴族社会風異世界」なのでテレビもラジオもスマホもマンガもゲームもない。本でも読まなきゃやってられない。
「それにしてもこの羽根ペンというのは使いづらいな」
勉強は五歳の俺の集中力や体力を見極めつつ行われる。
合間の小休止に俺は常々思っていた事を口にしてみた。
この世界でペンと言えば羽根ペンだ。
その名の通り、鳥の羽根の先を加工したもの。先の方を瓶に直接突っ込みインクをつけて使う。
万年筆の先のような加工が施されているので即書けなくなるような事はないのだが、それでもちょくちょくインクをつけなければない。
ついでに言うと細すぎて手が疲れる。
後ろの羽根特に意味ないし。これが鉛筆の後ろについているなら消しカスを掃除するのに使えそうだが。
これには教師も「そうですな」と同意してくれる。
「もっと便利にできないかと言う声はもちろんあります。実際、羽根ペンに取って代わろうとガラス製のペンも作られているのですが……」
「駄目なのか?」
「費用がかかりすぎる上、壊れやすく普及には障害が多いようですな。少なくとも文官の書類仕事には向かないかもしれません」
現状ではこれがベストというわけか。
王族のところに来るくらいだからこの羽根ペンも高級品なんだろう。
しかし……ボールペンとまで贅沢は言わないのでせめて万年筆くらいは用意できないものか。
うん、これは使えるかもしれないな。
俺はわざとらしく羽根ペンを放り出すと(ちゃんとインクが切れているのは確認した)声を上げた。
「あーあ。こんなペンでは勉強なんてやっていられるか」
「おや殿下、また癇癪ですか? ……まあ、進捗にはだいぶ余裕がありますので構いませんが」
「おい。失職まで盾にして勉強させておいて全然切羽詰まってなかったのか? ……いやまあ、それはこの際いいんだが」
放りだした羽根ペンをもう一度持ち上げて「これだよ」と告げる。
「金属でこういうペン先を作れないのか? それにインクを溜める軸をつける。軸を手で持つための柄のようなもので覆えばペンになるだろう?」
「ほほう?」
てっきり「王子が変な事言いだしたよ」という顔をされるかと思いきや、興味深そうに食いつかれた。
「それはなかなか……細かな細工が必要そうですな?」
「美しい装飾品が作れるのだ。作って作れない事はないだろう?」
必殺、王子様の無茶振り作戦。
「確かに。柄の部分は木製でも良いわけですから重量も許容範囲に収まるでしょう。問題は価格と需要ですが……」
「それこそ文官なら欲しがる者はいるだろう。何より俺が欲しい。欲しいったら欲しい!」
妙な物を所望して無理やり作らせ皆を呆れさせる。
まあ、欲しいのは本当だし、説得に使った理屈も別に間違ってはいないが。
通っても通らなくても下の者を困らせる事ができる。
仕事をさせないのではなく「職人に仕事をさせる」話なら職を失う者もいないだろう。
これで金食い虫の我が儘王子という印象を強められれば──。
「面白いですな。では早速発注を行いましょう。ついでに私も注文いたします」
「おお?」
めちゃくちゃあっさり通ってしまった。
なんだ、ペン一本程度じゃ俺用の予算は揺るがないというのか?
柄に宝石をあしらってくれ、とか言った方が良かったか? ……いや、でもそれめちゃくちゃ無駄だな?
我が儘が通ったはずなのに「うーん」と悩んでしまう俺だった。
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