乙女ゲー世界に♂転生♂したけど悪役令嬢が気の毒なので悪役王子を目指すことにした(3)

 フィリップとパトリシアが対面した日の夜、王と王妃は二人きりで話をした。


「フィリップったら、いきなりあんなことを言い出すなんて……」

「ああ。しかし、あれも王の適正かもしれない」


「王妃を冷遇するのが王の資質、ですか?」

「そうではない。ただ、一人を愛するあまり側室に愛を注げないのは困りものだろう?」

「……その、陛下は十分に努力しておいでだと思いますが」

「それでも愛情の差は現れてしまうものだ。妻を平等に愛せるのも王に必要な能力だろう」


「あの子がそこまで考えているかはわかりませんけれど」「まだ五歳だからな。だが、最近思慮深くなったという報告もある」

「教師に『婚約解消は可能か』と尋ねたそうですね。……あの日、頭痛を訴えてからですか」

「頭を打ったわけではないという話だし、実際健康そのものだが、影響はあったのかもしれない」


「頭を打った、あるいは熱病に冒されて以来、人が変わってしまったという例はいくつもあります。あの子もそうなのでしょうか」

「わからない。長い目で見守っていく必要があるだろう。……そして、変化が良いものであればよし、悪いものであるならば」

「今からそのようなことを考えたくはありませんけれど、心に留めておかなくてはならないのでしょうね」


「ままならないものだな。王族というのも、人の親というものも」


 彼らの内心は、もちろんフィリップにも正確に推し量ることはできなかった。



    ◆    ◆    ◆



 パトリシアとの面会を終えた俺は、彼女へ定期的にプレゼントをしようと考えた。


「贈り物をするにはどうしたらいいだろうか? 会った際に直接渡すのは失礼にならないか?」

「贈り物ですか? ……ひょっとして、パトリシア公爵令嬢へ?」

「ああ」


 短い返答を受けたメイド達は「あらあらまあまあ」とでも言いたげな反応を示した。

 殿下ったら、対面では邪険にしていらしたのに本当はまんざらでもないのね……とでも考えているのだろう。


「そうですね。遣いの者を介するのが一般的です。よほど親しい相手であれば手渡しも可能でしょうけれど」

「なら、人に持って行かせたほうがいいな。頻度はどれくらいだろうか?」


 さらなる質問にメイドの目が爛々と輝く。

 違う。別に「たくさんプレゼントしたいが迷惑にならないだろうか」とか考えていない。


「婚約者相手であれば頻繁に贈り物をしても失礼になりません。極端な例ですと、毎日花を贈った方もいらっしゃるとか」

「それはさすがに迷惑だろう」


 少女漫画のヒーローか何かか。

 ……まあ、乙女ゲーやそれ系の小説にはその手の男がけっこう登場する。

 王子の癖に頻繁に家まで押しかけたり。毎日のようにプレゼントを贈ったり。お忍びデートに誘ったり。情熱的な恋文を届けさせたり。

 お前イケメンじゃなかったらストーカーだからな? いやイケメンでもぎりぎりストーカーだからな、とツッコミを入れたい。


「……そうだな。月に一度が適切か。イチゴが好きと言っていたから、季節の果物にしよう。手紙を書くから、それと一緒に渡せるように手配してくれ」

「かしこまりました」


 恭しく一礼したメイドだったが、めちゃくちゃこの状況を楽しんでいるのが隠しきれていない。

 だから違うんだって。

 パトリシアを無駄に傷つけるのは本位じゃない。ただそれだけだ。



    ◇    ◇    ◇



 パトリシアには月一の贈り物とは別に詫びの手紙も贈った。おまけに新鮮ないちごを添えさせて。


『悲しい思いをさせて申し訳なかった。お前とは婚約者としてじっくりと関係を築いて行ければと思っている』


 返事は二日で届き、一緒に季節の花が添えられていた。


『殿下のお気持ちはいったいどちらにあるのでしょうか』


 お互いにまだ文字の勉強をしている段階なので、手紙は使用人の代筆。

 文面には代筆者の意訳というか、こう書きましょうかという提案も影響している。


『義務は果たすと言っただろう。次に会う日をいつにするか、予定を教えて欲しい』


 それから、手紙を送ると翌日かその翌日には返ってくるのが恒例になった。


 手紙の止め時がわからない。

 グループチャットでもぐだぐだ雑談してるとよくあるやつだ。

 相手のメッセージで終わらせるのはなんとなく礼を失しているような気がするし、素っ気ないメッセージだけ送るのも良くないし……と配慮した結果、向こうも同じことをやってきて終わらなくなる。


 おまけに次の婚約者間交流は初対面から二週間後に決定。


「二週間ぶりだな。……手紙のやり取りをしていたせいか、あまり久しぶりという気がしないが」


 二度目は公爵家の屋敷に招かれることに。

 父王は忙しいため付き添いは母王妃だけ。そのうえ、彼女は到着するなり公爵夫人と「話があるから」と別行動。

 俺は公爵家のメイドによってパトリシアの部屋に通された。

 初めて訪れる場所。つい見回した挙げ句「いかがなさいましたか?」「いや、女の子らしい部屋だと思った」とよくわからない会話を交わして、対面でテーブルに。


「わ、わたくしは殿下にお会いしたかったです」


 ホームかつ親がいないので少女は前回よりも多少リラックスしていた。

 それでも緊張を漂わせ、頬を染めて、


「その、お手紙ですとお顔が見えませんので……」


 これは(訳:お前の真意はどこだ?)か……?


「文章だとどうしても言葉が硬くなっていけないな。だが、俺は本心しか言っていないぞ」

「でも、わたくしと結婚するのはお嫌なのですよね……?」

「嫌だとは言っていないぞ」


 むしろ、俺なんか放っておいてそのまま真っ直ぐ育って欲しい。


「お前は俺なんかには勿体ない。そういう意味で不服ではある」

「……? よくわかりません。殿下のお言葉はとても難しいです」

「深読みしようとするな。俺にお前を愛する気はない。しかし、お前を冷遇する気もない。婚約者として十分な事はするつもりだ」


 ただ、二週に一度会うなら「月一で果物の贈り物」では足りないかもしれない。そこはこれから調整していくべきか。


「お互いの事をもっと知る必要がある。手紙でも色々な事を聞かせて欲しい。構わないか?」


 パトリシアは驚いたような顔をした後「は、はい。もちろんです」と頷いてくれた。

 表情がころころ変わる少女だ。見ていて飽きない。

 そこでしばらく沈黙が続いて、


「あの。……もしかして、殿下はお優しい方なのですか?」

「お前を愛する気がない、と断言する婚約者は優しくないだろう?」


 義務しか果たさない癖に「彼はとっても優しいの」とか言われている婚約者がいたらやばい。かなりDV彼氏感がある。

 いや、悪役王子としては悪くないのか?

 パトリシアも満足しているなら問題ないような……いやいや、駄目だ。せめて「やる事はやってるけどもう少しさあ」くらいの印象にならなくては。


「愛人か側室、第二夫人を取らないとは言わない。そこについて考えを変えるつもりはない。お前も俺の婚約者なら、王子の妻に相応しい女になれ」


 敢えて突き放した言い方をすると、少女はぐっと表情を固くした。

 泣かれるか?

 胸の痛みと共に覚悟を決めたところに「はい」と返答。

 ぎこちない笑顔と共に、


「わたくしにも殿下のことをもっと教えてくださいませ。わたくしは、殿下のことがわかるようになりたいのです」


 ん? 駄目か? もっと押さないといけないのか? これ以上突き放すのは俺が怖いんだが?


「ふん。焦らなくてもわかるようになるだろう。これからこうやって会うことになるし、手紙もやり取りするんだ。……むしろ、話題がなくなって間が持たなくなる方を心配しろ」

「わかりました。殿下にお話したいこと、たくさん考えておきます」


 やっぱり、子供は無邪気でいてくれるのが一番だ。


 ……パトリシア自身に「婚約解消したい」と思わせるのは今の時点だと無理筋かもしれない。

 打算やしがらみを理解するにはまだ幼すぎる。

 先に刺激するべきは彼女の両親、公爵夫妻の方か。


 色々な思惑を持って動いている彼らに「駄目だこいつ」と思わせるには──うん、俺をアホ王子だと思ってもらうのがいいだろう。

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