乙女ゲー世界に♂転生♂したけど悪役令嬢が気の毒なので悪役王子を目指すことにした(2)
俺ことフィリップは──自分で言うのもなんだが、眩い金色の髪と深い碧色の瞳を持つ美少年だ。
二次元と三次元の差はあれど、原作におけるイケメンぶりもあながち誇張ではないと思える。
そんな俺は今、メイドたちによってびしっ! と着飾らされたところ。
白スーツ。
美少年かつ王子様ならではの装いを「素敵」だの「凛々しい」だの褒められながら「スーツって息苦しいんだよな」と思う。
まあ、ここは我慢だ。
なにしろ今日は公爵令嬢パトリシア──俺の婚約者との初顔合わせの日なのだから。
◇ ◇ ◇
公爵令嬢パトリシア。
原作では正真正銘の悪役令嬢。貴族令嬢の取り巻きを複数持ち、派閥を形成。
平民出身のヒロインへ事あるごとに嫌味を言い、見下し、イケメン達との関係を進めさせまいと動いていた。
しかし、それは原作でメインになる十六歳時の事。
「は、初めまして。パトリシア・エル・エルメスと申します。お、お目にかかれて光栄です、フィリップ殿下」
五歳時点のパトリシアは可愛らしく初々しいただの女の子だった。
城の庭園──その入り口に立った小さな少女は、緊張しきりの様子でちょこん、とスカートの端をつまむと俺に一礼した。
髪は蜂蜜色。瞳は翠玉を思わせる色合い。
顔立ちは人形のように整っていて、このまま成長すればそれはもう美人に育つだろう。
同席した俺の両親──この国の国王と王妃は揃って表情を緩めたし、俺もついつい笑みを浮かべてしまった。
もちろん、五歳相手に恋愛がどうとかいう感情はない。
ただ、子供は可愛い。犬猫を見るのに近い純粋な微笑ましさを覚える。
これが男子なら「生意気だなこいつ」といった同族嫌悪もあるが、愛らしい女の子となればそれはもう純粋に可愛い。
できれば関係ない立場で一挙手一投足を眺めていたいが、
「初めまして。フィリップ・エル・ウィ・ウィル・エルクレールだ。これから、末永くよろしく頼む」
今日は俺とパトリシアが主役なのでそうも言っていられない。
型通りの挨拶を返すと、少女は白い頬を朱に染めて「は、はいっ」と答えてくれる。
誰だこいつ。これがあの悪役令嬢になるのか……? と少々気の毒になる。原因は俺ことフィリップにも多分にあるのではないか。
「申し訳ありません陛下。娘はどうやら殿下に見惚れてしまっているようで」
「気にしていない。美しさで言えばパトリシアの方がずっと上だと私は思うが」
「………っ!」
公爵夫人に答えると少女はますます真っ赤になってしまった。
挨拶が終わったところで庭園を歩き、あらかじめ用意された歓談の席についた。
城の庭園は季節の花が咲き乱れる見事な景色だが、パトリシアはそれどころではないのかこちらにちらちらと視線を送るばかり。
悪役王子をするつもりの俺としてはあまり応じるわけにもいかないので、花に目をやるふりをしてスルーし、間をもたせた。
歓談の場で出されたのはたっぷりの菓子と軽食、それから最上級の紅茶だ。
こんな贅沢ができるとはさすが王子様だ。
ホスト側である俺達が先に菓子を選び、給仕に皿へと乗せてもらう。高貴な人間は自分で皿に取ったりはしない。
本家イギリスでは作法もいろいろあったはずだが──日本の乙女ゲームであるこの世界ではわりと自由度が高い。
父王はローストビーフ入りのサンドイッチを、母王妃は好物であるチーズケーキを、俺は焼き立てのスコーンをチョイス。
両親め、公爵家はもはや身内扱いか。
初手から食べたい物を選んで美味そうに口にする二人に「これは婚約解消とか確かに無理だ」と妙に納得してしまう。
完全に「これからはよりいっそう家族ぐるみのお付き合いを」という雰囲気だもんな。
さて。
天気の話題、時事ネタ、近況と順を追って進んだ会話の詳細はどうでもいいとして。
「パトリシア嬢は好きな食べ物はあるか? 私は肉料理全般に目がないのだが」
見りゃわかるぞ親父。これでローストビーフサンド三つ目だろう。一口サイズだから物足りないはわかるが。
「わ、わたくしはその、い、イチゴを好んでおりますっ!」
パトリシアも緊張しすぎじゃないか?
「イチゴか。イチゴと言えば顔が真っ赤だな。熱でもあるんじゃないのか?」
「だ、だだ、大丈夫です! ご心配なく、その、フィリップ殿下……」
「パトリシアはイチゴが好みなのね。それならイチゴのケーキはどうかしら」
ここぞとばかりにからってみると少女はさらに真っ赤に。
母がすかさず助け舟を出して和ませる。いや、今回のラインナップ、イチゴを使った菓子が明らかに多めだぞ。事前リサーチ済みだろ。
それにしてもこの両親、なかなか手ごわい。
「時にパトリシア」
「は、はいっ。なんでしょうか、殿下」
こうなればもっと直接的に悪役を演出するべきか。
「俺は将来、愛人を迎えようと思っている。お前はそのあたりどう思う?」
「っ」
一瞬、しんとなる空気。
おずおずと口を開いたパトリシアもあからさまに動揺した様子だ。
そうだろうそうだろう。俺の悪役っぽさが少しは伝わったか?
「あ、あの。それは、わたくし以外の女性とも関係を持つ、ということでしょうか?」
「ああ、そうだ。父上も側室を持っているし、高位の貴族でも第二夫人を持つ者は多いだろう?」
公爵に視線を向けると彼は「確かに」と答えて。
「しかし殿下。そのような事は今からお考えにならなくとも良いのでは?」
(訳:初顔合わせで何言ってやがる。娘の気持ちも考えろ)
「何を言う。血を絶やさぬのも王族の義務だ。俺は日頃からそう聞いているぞ?」
(訳:子供は多い方がいいだろ?)
会話の意味を幼いパトリシアがどこまで理解したかはわからない。
ただ、彼女は意を決したように俺を見て、
「わ、わたくしは、殿下にわたくしだけを見て欲しい、です」
涙ぐんだ表情を見て、俺は胸が痛むのを感じた。
嘘だとでも言って今すぐ笑わせてやりたい。そんな衝動を抑え込み、
「だが、結婚とはそういうものだろう? 俺は義務は果たす。お前も義務を果たした上で好きにすればいい」
(訳:子供さえ作ればお互い好きに愛人作ってもいいだろ?)
「フィリップ」
さすがに言いすぎだと思ったのか、父王がやんわりと制止してきた。
ここまで、か。
俺の追撃でさらにしゅんとしてしまったパトリシアを見て、俺は「申し訳ありません」と謝った。
「言い過ぎました。……これは俺とパトリシアでゆっくり考えて行く事でした」
(訳:場を乱したのは謝るし、言い方も悪かったが、根本的な考え方は間違っていたとは思わない)
しかし、この方向性で本当にいいのか?
このまま冷遇し続ければパトリシアの気持ちは確実に離れる。婚約解消のためにはうってつけだが、彼女はどれだけ苦しむだろうか。
それに、下手をすれば両親と公爵家の関係も拗れることになる。
パトリシア達を帰した後、俺は父王から頭に手を乗せられて、こう諭された。
「女にはもう少し優しくしてやれ。それが男というものだ」
俺が悪役と思われるのはいい。
けれど、他人の面子はできるだけ潰すべきじゃない。
別に胸の痛みに早くも耐えきれなくなったわけではないが、少し方向性を修正した方がいいか。
今回の件を反省した俺は、自分のイメージを「横暴な奴」から「変人」くらいに持っていけるように振る舞いを変えてみることにした。
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