乙女ゲー世界に♂転生♂したけど悪役令嬢が気の毒なので悪役王子を目指すことにした(1)
気がつくと俺は異世界に転生していた。
何を言っているかわからないと思うが他に原因が思いつかない。
平凡な日本人男子だったはずなのに、気づいたら知らない国の王子様になっていたのだ。
当然、頬をつねっても痛いだけ。
ご丁寧に前世の記憶までついている。
死ぬ前のことは曖昧だが──記憶が確かなら、某乙女ゲームのノベライズ本を読んでいたはずだ。
乙女ゲーム。
簡単に言えば、貴族の令嬢や聖女様、平民のおもしれー女などを主人公にイケメンたちと恋愛したり、トラブル解決したりするジャンルだ。
高校で文芸部に所属していた俺は女子の先輩に貸してもらってそれ系のラノベを複数読んでいた。
その影響で、卒業後偶然見かけたその本を手に取ったのだ。
物語は佳境、ヒロイン(女主人公)の少女が国の第一王子に選ばれ王妃に抜擢される場面だった。
代わりに、王妃の婚約者だった意地悪な令嬢は婚約破棄され遠ざけられる。
正直、このへんどうなのか。
よくある筋書きではあるが、親の決めた許嫁を、結婚が近づいてきた年頃になって捨てるとか外聞が悪くないか。
婚約破棄された令嬢のほうは針のむしろだし、婚約者を制御できなかった王子もこの先、王位継承者としてやっていけるのか──と心配になってしまったのだが、
「殿下? フィリップ王子殿下? 大丈夫ですか? やはりお加減がお悪いのでは?」
どういうわけか、俺の転生した先は件の第一王子──乙女ゲームにおける相手役の一人であるフィリップであるらしい。
らしい、というのは本のイラストとリアルの顔では差異があるのと、今の俺がまだイラストと比べるにはだいぶ『幼い』せいなのだが。
「……どうしてこうなった」
ずきずきと痛む頭を押さえながら呻くと、複数人のメイドたちが「申し訳ありません」と答える。
「殿下が突然頭痛を訴えられ、その場に倒れられたためお支えするのが遅れてしまいました。頭をお打ちになられたのでは? 頭はまだ痛みますか?」
「辛いようでしたらお医者様を呼びましょう」
「いや、大丈夫だ。痛み自体はもう引いてきている」
記憶が戻った副作用だろう。
コブもできていないので転倒した際に頭を打った様子もない。
「頭の痛みは馬鹿にできないからな。念のため、しばらく安静にさせて欲しいが、医者までは必要ないと思う」
「それなら良いのですが……」
ほっと息を吐くメイドたち。
「公爵家のパトリシア様との面会も控えております。なにかあっては大変ですので、今日はお勉強の量を減らしてゆっくりなさってくださいませ」
「ああ」
俺は「ありがとう」と彼女達に答えながら、内心で「ああ……」とため息をついた。
やはりここは件の乙女ゲームにそのもの、あるいは良く似た世界だ。
公爵令嬢パトリシアは乙女ゲームに登場する主人公のライバル役──王子フィリップの婚約者にして物語中の悪役令嬢である。
◇ ◇ ◇
フィリップ──フィリップ・エル・ウィ・ウィル・エルクレール。
長い歴史を誇る「エルクレール王国」の第一王子だ。
歳は五歳。
ノベライズ本の中でもフィリップは五歳の時にパトリシアと婚約したと説明されていた。
どうやら俺は二人が顔合わせを行う数日前に記憶を取り戻したらしい。
事前に思い出せたのは幸運だ。
婚約破棄の場面でいきなり、とかだったらいろいろ詰んでいた。それに比べれば天国。まだいくらでもやりようがある。
──それにしても、俺はいったいどうするべきだろうか。
頭痛は既に消えている。
今はペンを手に机に向かいながら考えを巡らせているところだ。
テーマはもちろん、これからの身の振り方について。
転生した理由の究明は今のところするつもりはない。ぶっちゃけ突き止められる気がしない。
そもそも死因がどうだったのかもわからなければ、死んだ人間がどうなるのかも正しくは知らない。
この状況が正常なのか異常なのかがそもそもわからないのだ。
原作をなぞるのもまあ、却下。
この世界がゲームとまるまる同じとは限らないし、そもそもフィリップの言動をそっくりトレースするのもほぼ不可能。
そもそも俺は原作ゲームをプレイしていない。
あくまでも「ノベライズ版を読んだだけ」だ。原作と小説版で設定が違ったりするのはよくある話だし、ヒロインの行動次第で話が変わる
何よりも、パトリシアが悪役令嬢になって終わるのはかわいそうだ。
ヒロインは制作者という名の神に愛されている。
しかし、パトリシアは悪役だ。
憎まれ役になることを神に運命づけられているわけで、これはちょっとかわいそうじゃないか?
少なくともフィリップルートでは正当な婚約者なわけで、ぽっと出のヒロインに相手を奪われてお先真っ暗とか同情してしまう。
となると──。
「殿下? 殿下? どうなさいましたか?」
教師の声が、俺を現実に引き戻した。
今は勉強の時間。
考え事に夢中になって上の空になっていた俺の顔を、初老の教師は心配そうに覗き込んで、
「お疲れですか? 本日はここまでにいたしましょうか?」
「いや、大丈夫だ。問題を読み上げてくれ」
「そうですか? ……それでは、今一度」
勉強していたのは算術だ。
まだ五歳なので、問題も一桁の足し算。フィリップとしての記憶から数字の判別さえできれば楽勝である。
述べられた問題を羊皮紙に書き写し、すぐさますべてに回答した俺は教師に「すまなかった」と謝った。
「少し考えていたことがあったのだ」
「考え事ですかな? それはいったい、どのような?」
「ああ。ちょうどいいから尋ねてもいいだろうか。……パトリシアとの婚約というのは今からでも解消できるのか?」
すると、教師の皺だらけの顔がさらに皺くちゃになった。
「残念ですが殿下、それはできません」
「そうか、やはり無理か」
「はい。この婚約はお父上とお母上が悩んだ末に決められたもの。いくら殿下のご希望であっても覆す事はできません」
「そうか。……そうだろうな」
俺は深く頷いた。
要するに政略結婚だ。
国内のパワーバランスの調整や次期国王内定の俺に箔をつけるため、公爵家との繋がりをより強固にするため等々、複雑な理由が絡んでいる。
当の本人が「嫌だ」と言った程度でどうこうできるものではない。
パトリシアとの婚約解消ができれば少なくともゲーム通りには進まないのだが。
仕方ない。
俺は別の方法を取ることにした。
万が一、ゲーム通りにヒロインが現れて迫ってきたとしても、歴史の強制力だとか運命の悪戯だとかが俺とくっつけようとしてきたとしても、そうはならないようにする。
悪役令嬢が誕生する前に、俺が『悪役王子』になってやる。
極悪非道、我儘放題、王子失格のやばい奴。
不適格とわかれば王位継承権の剥奪もありえるし、そうなれば俺と結婚してもヒロインは王妃になれない。
あるいはパトリシアと前もって正式に婚約解消できるかもしれない。
そもそもフィリップが王の器じゃないのは事実なので大きな問題もないだろう。
そうと決まればさっそく「馬鹿王子」を演じなくては。
「時に先生? 妻とは別に愛人を持つのは構わないのだろう? ……ああ、俺が王様になれば側室を持てるのだったな」
この時の俺は知らなかった。
敢えて悪役を演じる、というのが意外と難しい事を。
そして──俺に悪役の素質がまるでないという事を。
これは、何の因果か乙女ゲームの王子様に転生してしまった俺が立派な悪役王子になるまでの物語、ではない。
悪役王子を目指そうとした俺が空回りしてあさっての方向へと迷走していく物語である。
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