俺達の個性は『伝染』する(7/8)

『本日、さらにもう一名因子保有者を移送いたします』

「またですか。いったいあと何人来るんです? またやばい奴なんですか?」

『ご安心ください、生徒側の保有者は本日で最後です。今回の方は因子保有の自覚がありますので暴れることはないかと』

「慣れてきたので云いますけど、とかが不穏すぎる」


 先生役と管理人さんも保有者ってパターンだろこれ。

 暴れないけどやばい奴の可能性もある。ぶっちゃけ絆もこっち系だ。


『まあ、あれです。最初は慎重に、後は流れでなんとか』

「投げやりか」

『人間関係はなんともなりませんので。穏健組の皆さんで対処していただければと』


 また無茶を言う。

 通話を切った俺は、朝食後でリビングにいたみんなを見て告げた。


「とりあえず絆は戦力外らしい」

「いいもん、絆はタケルが迎えに来てくれるから」

「絆ちゃん……」

「これは重症だね。湯島くん、ボクたちで頑張ろう」

「二人とも優しいな。ああ、なんとか話してみよう。別に化け物が来るわけじゃないだろうし」


 しかし俺たちの希望的観測は甘かった。

 午前十一時過ぎ。車から降ろされてこちらに歩いてきたのは見るからにやばい奴だった。

 フード付きのロングコートにサングラス、マスク、手にはグローブをし、さらには首にマフラーまで巻いている。

 自分で歩いているだけ絆よりはマシだが、これから銀行強盗にでも行くのかという格好だ。


「こちらが最後の一人、スカーレット様です」

「ふん、狭い家ね。まあ設備は悪くないみたいだけど」


 屋内に入るとフードやマフラーなどを外して彼女は笑う。

 やっぱり暑かったのか、と思ったら肌には汗一つ浮かんでいない。

 さらに言うと肌は白く、髪は天然の金、瞳は真紅。

 歳は俺やみさきと同じか一歳下くらいか?

 あまりない胸を張った彼女は俺たちを見下すように見上げて、


「あたしはスカーレット。フルネームは長いから省略してあげる。知っての通り、数百年を生きた本物のよ」


 いや、今初めて聞いたが。


「吸血鬼だと……!?」

「ふふん。そうよ、驚いたかしら? わかったらひれ伏しなさい──」

「あの、つまりこいつは『中二病』ってことですか?」

「違うわよ! ほら、これを見なさい!」


 ぐい、と自ら開かれた口内には鋭い犬歯が一対。

 それにしても女子の口の中をまじまじ見るのって微妙にエロい……じゃなくて。

 吸血鬼。ヴァンパイア。ドラキュラ。夜の眷属。

 世界的に有名な化け物である。ただの伝説だと思っていたが、


「マジかよ。いきなり話のスケールが違うぞ」

「なに言ってるの。特徴が伝染する、なんて、あたしたち吸血鬼そのものじゃない」

「じゃあ本当に増えるのか、吸血鬼って」

「一定の手順を踏めばね」


 吸血鬼とか、ただの人間の手には余るんだが。


「安心しなさい。別に取って食ったりはしないわ。普通の食事もできるしね。……効率は悪いけど」

「というわけで、後はよろしくお願いします」

「あ、ああ」


 去っていく黒スーツ。

 残りの二人? がまともであることを俺は願った。



    ◇    ◇    ◇



「トマトジュースを買い溜めしておいてよかったわ」


 リビング。

 吸血鬼──スカーレットの部屋には大量のトマトジュース缶が届いていたらしい。

 彼女はそれをわざわざグラスに注いでストローで啜っている。

 絵面だけ見ると潔癖症のベジタリアンだが。


「吸血鬼ってほんとにトマトジュース飲むんだな」

「赤いから気分が出るのよね。あと体質的に液体のえいようのほうが吸収率がいいから」

「そういう仕組みだったんだねー」


 みさきが興味深そうにうんうん頷く。

 絆は怖いのか俺の後ろに隠れるようにしながら、


「美人の女──タケルを取る気なんじゃ」

「誰よタケルって」

「あはは、うん。絆ちゃんの好きだった人らしいよ?」

「なにそれ。別に取らないわよ。あたしここから出られなくなったし」


 日本人離れした美貌のスカーレット。

 胸が小さいのは好みがあるだろうが、一定期間過ぎたら失われる儚げな美しさが永続しているのはある種魔性だ。

 彼女は椅子の背に身を預けながら、


「それにしても昼間は力が出ないわ」

「やっぱり太陽の光りは苦手なの?」

「ええ。せいぜい成人した男の倍くらいの力しか出ないわ」

「十分すぎるぞおい」

「なりたきゃなってみる? 昼間はずっとダルくて面倒よ」

「あ、わかる。生理って面倒だよね」


 いやそれ絶対別のやつだろ。

 と思ったらみさきが「なるほど」と頷いて、


「吸血鬼になれば生理を体験できるんだね……!」

「それだけのために人間を捨てるなよ」

「でも湯島くん、老化しなくなればお洒落し放題だよ!」

「またそこか!」

「本気でなりたくなったらいつでもどうぞ。あなた──みさきだっけ? あなたは男のわりに血が美味しそうだし」

「みさきを女と間違えないのか」

「それくらいにおいでわかるわよ」


 自分の腕をくんくんしたみさきが「ボクにおうかな?」と言ってくるが、俺にはいい匂いしか感じられなかった。


「スカーレットちゃんのことはなんて呼んだらいい?」

「もう好きに呼んでるじゃない。適当でいいわよ。一応仲間でしょ」

「意外と大人しいんだな。なんかその気になったらいくらでも逃げられそうなのに」

「タダでのんびりできるのに暴れて逃げる必要ないじゃない」

「だそうだぞ絆」

「絆はタケルのいないところなんて嫌なの!」

「恋ね。そんな感情しばらく感じていないわ。百年くらいかしら」


 スケールが違いすぎる。

 トマトジュースを飲み干したスカーレットは二缶目を開けつつビーフジャーキーを取り出して、


「日本は食事が美味しいし平和だから居心地がいいの。続きを待ってるマンガもあるし」

「めちゃくちゃ俗っぽいこと言うな」

「吸血鬼ってのは暇を持て余しているものなの。なら、あなたたちが本当に変化していくのか見守るのも楽しそうじゃない?」


 こいつにとってはここでの生活そのものが余興なわけか。


「そういうわけだから、よろしく」

「うんっ。よろしくね、スカーレット。そのうち服の話とかもしたいなあ」

「わたしも女の子同士仲良くしてほしいな」

「そうね。特に日和のそれが伝染するかは興味があるわ」


 数百年生きた吸血鬼も巨乳は羨ましいのか。

 なんだかんだ馴染めそうでなにより。


「よろしくな、スカーレット。俺でなんとかならない力仕事とか頼んでもいいか?」

「嫌よ。力仕事なんて下僕の仕事」


 俺は下僕扱いか?


「夜這いに遭わないように力関係は明確にしておかないとね。まあ、夜にあたしを襲うとか自殺行為なんだけど」

「ああ、血を全部吸いつくされそうだな」

「しないわよそんなこと。あんたの血不味そうだもの」


 悔しかったら野菜を沢山食べろとのこと。

 ……本人はビーフジャーキー食ってる癖に。


「じゃあ俺にもトマトジュースくれよ」

「別にいいわよ。あたしのオススメのメーカーを試してみなさい。ちょっと高いけどそのぶんいい味がするのよ」


 スカーレットにオススメされたトマトジュースは確かに素材の甘みと酸味が感じられていい味だった。もし、吸血鬼になる日が来たらリピートしようと思う。

 というわけで、一人で日本のトマトジュース消費量を引き上げていそうな女の子吸血鬼、スカーレットが俺たちの仲間に加わった。


「ちなみにお前は料理できるのか?」

「できるけど、やる必要ある? どうせタダなんだし、簡単で美味しい冷凍食品とかいっぱいあるじゃない」


 スカーレットは能力こそあるけどぐーたら大好きな残念美少女だった。

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