俺達の個性は『伝染』する(6/8)

 三日目の夕食、メインは鶏の唐揚げだった。

 見事な揚げ色。

 見るからに白米が進みそうでついつい唾を飲み込んでしまう。


「……これ、絆が作ったのか?」

「なんで疑わしそうなわけ?」

「いや、なんとなく」


 全員料理が上手いなんて話が出来すぎだから、とは言えない。

 絆はそんな内心を知ってか知らずか肩を落として、


「タケルが、料理のできる子が好きだって言ってたから」

「それで勉強したのか」

「味付けからしっかり勉強したわ。……あ、マヨネーズも用意してあるから」

「唐揚げにマヨネーズだと……?」


 たまにそういう流派はあるが、個人的には味が濃くなりすぎると思う。

 試しにそのまま食べてみるとかなり濃いめの味付け。

 日和さんは「これはご飯が進みすぎちゃうかも……」と苦笑気味だ。


「タケルって奴、年取ったら大変だぞ」

「失礼ね! 絆がちゃんと管理してあげればいいんでしょ!?」

「お前は管理を断られたんだろ」

「ふぇ……。ふぇぇー! こいつがいじめるー!」

「よしよし、大丈夫、怖くないよ」


 泣き出した絆をみさきが慰める。

 これじゃ歳上というより小学生──失恋のトラウマというのはそれほど強力なのか。


「もう、誠也くん! あんまり絆ちゃんをいじめないの」

「いや、はい。悪かったよ、元気出せって」

「ふんだ。どうせ男には女の子の気持ちはわからないのよ」


 確かにおれにはわからないが……。

 俺はみさきに抱きとめられたままの絆を見て、


「言っとくけどそいつ男だからな?」

「は? ……や、そんなわけないじゃない。こんな可愛い子が男の子なわけ」

「あー、うん。ごめんね。ボク本当に男なんだ」

「 」


 絶句した絆は数十秒間フリーズしたあと「なんなのよここは……?」と呟いた。

 どっちかというと言いたいのは俺たちのほうだが。


「お前らみたいな癖の強すぎる奴を集めて暮らさせる施設らしいぞ」

「知ってるけど。あんた本気でそんなこ病気あると思ってるの?」

「いきなり話の根本を疑うんじゃねえ」

「だって絆の周りでそんな雰囲気なかったし」


 みさきや日和さんもそんな感じだったな。


「だいたい男の子のためにイメチェンヘアするのも電話いっぱいかけるのも普通でしょ」

「普通だったとしたらそれはお前のせいだよ」


 ないだろそんな地域性。


「逆に信憑性が増してきたな……」

「有益な情報だったね」

「わたしたちの病気って怖いんだね……」

「ちょっと。納得いかないんだけど」


 そう言われてもヤンデレなんてそうそう見かけないし。


「そもそもお前、カレシに尽くす以外にやりたいことないのか?」

「? 好きな人のそばにいるのは世界で一番幸せなことでしょ?」

「あー、わかるかも」

「うん。わたしもちょっとわかるかな」


 まさかの女性陣(仮)の擁護により、絆がおかしいかどうかの議論はなあなあに終わった。



   ◇    ◇    ◇



 こんこん。

 寝る前の時間に部屋のドアがノックされた?


「なんだ?」

「絆だけど、入ってもいい?」


 一番来そうにない奴が来たな。

 何かの罠か? 一応用心しておくべきか? 腹に仕込めそうなものはないか?

 数秒間視線を巡らせてから馬鹿らしくなってドアを開けると、


「やっかいな罠か」

「なに言ってるの?」


 上はノースリーブ、下は太腿まで露出した部屋着? 寝間着? 姿の絆が疑わしそうに睨んでくる。お前の格好のせいだろ。


「俺を動揺させて殺す気じゃないのか?」

「どこからそういう発想になるの」

「ヤンデレって刃物を向けてくるパターンが多いらしいぞ」


 タブレットを手にとってブックマークしていたページを見せてやる。

 しばしそれを眺めた絆はふん、と笑って、


「刺されるのは浮気男とか恋を邪魔する女とかでしょ? なんでそうじゃないのに刃物振り回すの?」

「すげえ、常識人みたいだ」

「それはそれとしてこの辺の作品チェックすれば絆みたいな子の恋の話が読めるってこと? ちょっとメモしていい?」


 このヤンデレにそんなもの見せていいものか。

 パワーアップする可能性が怖くなる俺だが、過度に禁止するのも恐いので素直にメモさせた。


「古典文学とエロいゲームの割合が多いから気をつけろよ」

「絆、こう見えて成績はいいし本も読むけど?」

「お前、変に恋愛しなければ優等生だったんじゃないか?」


 ちなみに関係ないがエロ本等に関しては黒スーツから「成人向け商品用の端末を用意します」と回答をもらっている。関係ないが。


「ところで何の用だったんだ?」

「あ、うん。その、部屋にいると落ち着かないから逃げてきたっていうか」

「?」

「タケルグッズでいっぱいなの! わかりなさいよ!」


 失恋相手の顔を診るのが辛いと。

 それもう半分諦めてるんじゃないか……? さっさと処分したほうが幸せだと思うが。


「まあ、俺の部屋で良ければ好きにしてくれ」

「ありがと。意外と優しいんだ?」

「どうせならみさき……じゃなくて日和さんのところに行けばいいのに」


 女同士のほうが落ち着くだろうに。

 と、微妙に視線を逸らされて、


「それはほら、ついでに聞きたいこともあったし」

「聞きたいこと?」

「男の子ってやっぱりえっちな自撮りとか送ったら喜ぶのかなって」


 喜びます(断言)。

 ……じゃなくて、それはさすがに最終手段すぎるぞ。


「付き合ってない女の子からいきなりエロい自撮りが来たら怖いんじゃないか?」

「そっか……。じゃあ、どうしたら振り向いてくれると思う? 絆なら生でさせてあげるよ、とか?」

「お前もうちょっと自分を大切にしろよ」


 危険すぎる。

 色んな意味で、こいつに行動制限かけたのは正解だ。今まで無事だったのが奇跡だ。


「なにそれ。好きな人と結ばれるならそれくらいどうでもいいじゃない」

「そりゃその人と一生添い遂げるならいいけどな」


 現実問題、別れることもあるだろ。


「……いざとなったら二人の今を永遠にすれば良くない?」

「それ心中してるよな?」


 江戸時代あたりの娯楽作品も合いそうだ。


「勘弁してくれ。こんなヤンデレが感染すると思うと気が滅入ってくる」

「そっか。そういえば絆にもみんなのが感染するんだよね?」

「みさきの女装は女子には関係ないけどな」


 もう一つのほうも簡単には感染しないらしい。

 ……そもそも絆は無理して巨乳にならなくてもそこそこあるというか、さすがにみさきみたいなぺたんこにはほどとおいというか。

 薄着なせいで大きさと形がわかりやすいそこに視線を向けると、殺意のこもった目(怖い)が来て、


「……やっぱり胸の自撮りとか効果ありそう」

「告白はOKしないけど画像はお宝として永久保存しよう、とかになるからやめとけ」

「絆の存在がタケルの中に爪痕として残るならそれはそれで」


 頼むから綺麗さっぱり忘れさせてやってくれと切実に願った。

 結局、絆が俺の部屋にいたのは一時間くらいで。


「帰るのか? 問題は解決してないんだろ?」

「寝るだけなら電気消してれば気にならないし。……今は見る気にも捨てる気にもならないけど」


 不憫な奴。

 いっそ恋を捨ててくれれば一般人と変わらないんだろうに。

 ……俺は思考とは別のことを口に出した。


「ゆっくり整理していけよ。なんか時間はいっぱいあるみたいだしさ」

「あんたに言われるのはなんか腹立つけど」


 リビングへと足を踏み出した絆がこっちを振り返って笑った。


「同居人としてなら認めてあげる」


 閉じたドアを見つめて俺はふっと笑い、


「そこさえ認められてなかったのかよ」


 翌朝、寝ぼけ半分のまま朝食に顔を出した俺は絆から「服がダサい」「タケルはもっといい身体してた」とボコボコに言われた。

 うん、やっぱり早く吹っ切れてくれ。

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