俺達の個性は『伝染』する(5/8)
政府関係者──あの黒スーツから電話がかかってきたのは、日和さんがやってきた翌朝、俺がベッドで二度寝を決め込もうとしていた時だった。
『おはようございます。そちらは代わりありませんか?』
「みさきも日和さんも常識人なので助かっています。それで、何かトラブルですか?」
『トラブルはこれから起こると言うべきでしょうか』
「は?」
全く嬉しくない予告だ。
『次の因子保有者を本日移送いたしますが、その、彼女は少々問題がありまして』
「少々? 本当に少々なんですかそれ?」
『ええ、まあ、山奥に軟禁されれば諦めてくださると思うのですが、多少暴れる恐れが──』
「全く安心できないぞ、おい」
ともあれ俺たちに拒否権はない。
同世代相手なら大人しくなるかもしれないし、ならなかったら最悪俺が取り押さえる。
女子の身体能力なのでそこはなんとかなるはずだとのこと。
「みさきたちにも伝えておきます。……でも、そんなに危険っていったいどんな奇人変人なんです?」
『はい。彼女の保有している因子は──』
◇ ◇ ◇
約二時間後、山中に車の音。
「……来たか」
「な、なんだか緊張するね?」
「だ、大丈夫。いざとなったらなんとかするから。……誠也くんが」
「宥め役は日和さんがお願いしますね。俺だと効果薄いと思うんで」
迎え入れる、あるいは迎え撃つ俺たちは腰が引けまくっていた。
一応、ガムテープとかロープは用意したものの。
こいつらで女子を拘束するとか完全に「ぐへへ」な絵面だ。できれば使わずに済ませたい。
思っているうちに複数の足音が玄関に向かってきて──ロックの解除音。
「ご苦労様です。新しい同居人をお届けに上がりました」
「むー! むー!」
「上には上がいやがった!」
拘束済みの女の子を黒スーツの男が二人ががりで運んできた。
アイマスクに手錠、足枷、口にもハンカチだかスカーフが巻かれている。
彼らは俺を淡々と見つめて、
「必要な措置です」
「いたいけな市民を拉致して閉じ込めるのがか……?」
「本人からの初期合意は得ています。後から『やっぱり嫌だ』と騒がれましたが、正常な思考ができなくなっていると判断しました」
「……まあ、野放しにしておいたらやばいのは事実だもんな」
ドン引きしつつも仕方なく納得する。
本人が危険物を持っていないのは確認済み。鍵も兼ねているスマートウォッチは俺が預かった。
「では、後はお願いしても?」
「ああ。なんか、あんたらがいないほうが話しやすい気がする」
「わたしたちでお話してみるので離れてあげてください」
若干嫌味交じりの返答に「助かります」と一礼があって。
車の音が遠ざかっていく中、俺はみさきと日和さんにお願いして新入りを二階に運んでもらった。
「……さて。とりあえず名前を聞いてもいいか?」
椅子に座らせた後で目と口だけ自由にして。
俺はあらためてその子を観察した。
ラフにカットされた髪。耳には複数のピアス。遊んでそうな露出の多いファションで、長い爪はネイルでデコレーション。
なんていうかなかなかに個性的だ。
で、本人はぶすっと顔を背けて、
「
「絆ちゃんね。何年生?」
「……高校二年」
「じゃあボクと湯島くんより一つ上で、日和さんよりは一つ下だね」
こちらも簡単に自己紹介。
予想通り、絆は多少、嫌そうな態度を緩めて。
「ねえ、これ外してよ。別に暴れたりしないから」
「本当か? 逃げ出したりもしないか?」
「や、逃げるけど」
「逃げるんじゃねえか!」
「絆が勝手に出ていく分には暴れたことにならないじゃない」
因子保有者が逃げたら逃がしたほうにも責任が生まれかねないんだよ。
俺はため息をついて、
「逃げてどうする。彼氏のところにでも行くのか?」
「もちろん!」
見た目にはあまり似つかわしくない、夢見るような目が返ってきた。
「タケルは絆の運命の人なの! ずっと会えないなんて耐えられない! 一週間前からは電話もメールもアプリもSNSも反応ないし、きっとなにか事故にでも遭って──」
「き、絆ちゃん? ちなみに電話って一日何件くらい?」
「? 百件くらいですけど……普通ですよね?」
「うん、全然普通じゃねえ」
タケルとやらも変なのに絡まれて災難だ。
……つまり、俺たちが前もって聞かされたこいつの因子とやらはこの性格だ。
一言で言うと、
「伝染するヤンデレさんかあ」
さんをつけたみさきの感性はともかく、そういうことだ。
俺も詳しくはないが、簡単に言うとヤンデレは誰かに病的なまでの愛情を向ける人間のこと。普通はいくら好きでも一日百回も電話しない。
「服装も彼氏の趣味か?」
「うんっ。タケルは明るくてノリのいい子が好きだから、絆、頑張って勉強したの。男の子ってそういうの好きでしょ?」
「そうなの、誠也くん?」
「まあ、はい。女の子が好みの格好してくれるのは嬉しいです」
可愛い子ならなおさら。
絆はなかなか顔が整っているのでその点は高評価なのだが、
「けっこう話がわかるじゃない。……あ、でもあんまり馴れ馴れしくしないでね? 他の男と仲良くするとタケルが怒るから」
「そのタケルとお前が恋人同志だっていうのはお前の妄想じゃないのか?」
「 」
どこか狂気を感じる笑顔が凍った。
「そ、そんなわけないでしょ!? 絆とタケルは運命の恋人で」
がたがたと椅子が揺れる。
歯を剥き出しにして睨んでくるのも怖いが──俺たちは黒スーツから客観的な情報を聞いている。
「あのね、絆ちゃん。そのタケルさんは絆ちゃんにつきまとわれて迷惑してるらしいの」
「彼とデートとか行ったことある? ……つまりそういうことなんだよ」
「嘘!? タケルは絆に可愛いって言ってくれたもん! 連絡! 連絡さえ取れればきっと!」
俺はやむを得ない状況と判断し、絆の手荷物からスマホを取り出した。
電源を入れて画面を表示すると──うまい具合にタケル氏からのメッセージが着信した。
『俺とお前はただのクラスメートだ。誰か別の運命の人を見つけてくれ』
画面を見せられた絆は目を見開き、みるみる涙を溢れさせて、
「嘘、絶対嘘! 絆とタケルは恋人同士だもん! 絶対そうだもん!」
「……まあ、そのタケルも今なら安全だと思って送ってきたんだろうな」
彼に落ち度がないとは言わない。
聞いた話によると男子に免疫のなかった絆に優しくしたのも、好みの女子のタイプを教えたのも、可愛いと褒めたのも事実らしい。
ただ、このある意味最高に都合のいい美少女を玩具にしたりせず、極力穏便にフェードアウトしたのだから根は悪い奴じゃないのだろう。
まあ、単に面倒くさいからパスしただけかもしれないが。
「大丈夫だよ、絆ちゃん。男の子なら他にもたくさんいるよ?」
「そうそう。きっとそのうちいい人が見つかるよ!」
「いい人って、絆たちここから出られないじゃない! それにまだフラレてないし」
一応、絆は拘束を解いても暴れたり逃げ出したりしなくなった。
以降、しばらくはタケル氏を忘れられずにあれこれ連絡を取ろうとしていたが……まあ、そこは当人同士でなんとかしてもらうしかない。
放っておいたらそのうち「タケルタケル」言うのは収まった。
……本当に放置しきれたかと言うとノーだったが。
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