俺達の個性は『伝染』する(4/8)

「……ふう」


 欲しい物、好きなだけ買っていいと言われると逆に思いつかなくなるな。

 寝心地のいい、新しいベッドの上でタブレットを操作すること小一時間。マンガにゲームにスナック菓子といろいろと注文してみた。

 とはいえ、気になってたシリーズを思い切って全巻買ってみるかー、とかその程度。

 菓子も「たくさんあっても食い切れるか?」と思うと大人買いできなかった。つくづく一般人というか貧乏性だ。


「向こうはどうなったかな……」


 俺たちの部屋は3:3で東西に分かれている。

 西側に俺、みさき、日和さんの順。二つ向こうの部屋では日和さんの荷ほどきが行われているはずだ。

 なんでも彼女たちの荷物は前もって送られて部屋に運ばれていたらしい。


『服とか小物とかけっこうあるから時間かかっちゃうかも』

『あ、じゃあボク手伝います』


 というわけでみさきは手伝い中。

 俺も『手伝いましょうか?』と言ったのだが、


『あ、えっと……誠也くんは気持ちだけ受け取っておくね?』

『湯島くん。ほら、男子には見せにくいものもあるから』

『ああ、そっか。すみません気が利かなくて。……ってみさきおまえも男だろ』


 みさきはみさきだからOKらしい。


『ボクは自分ので見慣れてるもん』


 とも言っていたが、あれか? あいつは下着まで女物なのか? 似合いそうではあるが、


『湯島くん。……ボク、男の子だよ?』


 可愛いブラとパンツを着けたみさきの姿を想像してしまう。めっちゃ似合いそう、じゃなくてさすがに失礼だ。変な扉を開いてしまう前に考えるのを止めよう。

 と。


「湯島くん、ちょっといい?」

「ん?」


 部屋のドアがノックされてみさきが顔を出した。

 当たり前だが普通に服を着ている。むしろ下着姿だったら怖い。


「どうした?」

「うん、その。ちょっと力仕事をお願いしたいんだけど……いい?」

「なんだ、そんなことか」


 日和さんはけっこう物持ちで、本棚なんかも追加注文しているらしい。

 物はまだ届いていないものの、既存の本棚をずらしておかないと届いた時に困る。ただみさきじゃ重くてうまく動かせないらしい。


「俺にも手伝えることがあってよかったよ。……でも、日和さんの部屋に入ってもいいのか?」

「うん、大丈夫だよ。部屋って言ってもわたしも今日からだし」


 入り口で出迎えてくれた日和さんに「どうぞ」と招き入れられる。

 新しい部屋のはずなのに、ふわ、と女の子の匂いがした気がするのは衣類なんかのせいだろうか。

 下着は──さすがに見えるところにはない。もうしまったんだろう。

 ……別に残念なんかじゃないからな?


「じゃ、みさき。さすがに一人じゃ無理だし力を借りていいか?」

「もちろん。湯島くんがいてくれれば百人力だよ」

「あ、わたしも手伝うよ。三人でやれば楽になるでしょ?」


 結論から言うと、みさきと日和さんも二人で一人分以上の役割は十分こなしてくれた。

 家具は無事に移動されて新しい品を迎え入れられるようになる。


「ありがとう、誠也くん。やっぱり男の子は力が強いね」

「大したことないですよ。これくらい普通です」

「湯島くん、別にスポーツとかはやってなかったんだよね?」

「ああ、だから本当、威張れるほどじゃないんだよ」


 俺より力のある奴なんていくらでもいる。

 ただ、人から頼られるのは気分がいい。


「男の子がいてくれると心強いなあ」


 日和さんのほんわかな笑顔を見て「悪くないな、こういうの」と思った。


「……筋トレグッズでも注文しておこうかな」

「あ、湯島くんてば調子に乗ってるでしょ?」

「男子は俺一人だからな。いつでも役に立てるようにしておかないと」

「もう、ボクも男の子だってば!」


 みさきは男の子っていうより男の娘じゃん。

 日和さんは俺たちの漫才にくすくす笑って、


「お礼に今日の夕飯はわたしが作ってもいいかな? みさきちゃんから聞いたんだけど、誠也くんはお料理得意じゃないんでしょ?」

「いいんですか?」

「うん。お母さんから一通り習ってるから、大失敗はしないと思うよ」


 やっぱり女の子は違うな、と感心する。ちなみにみさきは以下略。


 あ、日和さんの部屋は間取り、家具共に俺とほとんど変わらなかったものの、色合いはなんとなく女子っぽかった。

 荷物から取り出されたばかりのぬいぐるみや置き物なんかが「らしさ」を演出し始めていて、正直少しどきっとした。

 荷ほどきが終わったらもっと女の子の部屋になるんだろう。

 一回入ったことだし、次も気軽に呼んでもらえたりしたら嬉しいんだが、果たして。



    ◇    ◇    ◇



 夕食は白いご飯に焼き鮭、肉じゃが、ほうれん草のおひたし、それに味噌汁という献立になった。

 いわく、魚が余っているので消費しておきたかったとのこと。

 調理を担当してくれた日和さんは少し照れた様子で、


「どう、かな?」

「めちゃくちゃ美味しいです。うちの母親より上手いくらい」

「そんなこと言ったらお母さんに怒られるよ」

「いいんだよ。あの人、魚も煮物もすぐ焦がすからな」


 日和さんは「ほめ過ぎだよ」と笑って、


「でも誠也くん? お料理ってけっこう難しいんだよ? できないのにできる人を馬鹿にしちゃだめ」

「う。……そうですね、すみません」


 しゅんと謝るとみさきが「ほら怒られた」と囁いてくる。


「ふふっ。わかればいいの。そうだ。誠也くんもお料理覚えてみる?」

「時間もあるし興味はありますけど、俺にできますか?」

「大丈夫だよ。基本さえ守れば誰だってある程度はできるようになるよ」


 逆に言うと「できない奴は基本を守っていない」ということか。

 俺は深く頷いて、


「日和さんが教えてくれるなら、是非」

「うん、いいよ。じゃあ時間を見つけて練習しようね?」

「あー、湯島くん。日和さんのエプロン姿が目当てでしょ」

「そんなわけないだろ」


 ある。めっちゃある。それだけが理由じゃないが、女の子のエプロン姿なんて見たいに決まってる。

 日和さんがエプロン着けると一部分だけ盛り上がってエロそう──いや、うん、なんでもない。


「ほら、料理のできる男ってモテそうだろ」

「確かに。ボクだったら料理のできる男の人、格好いいと思うなあ」

「おい、お前男子なんじゃなかったのか」

「女の子だったとしたら、を想像して言ってるの!」


 今のままで十分可愛いんだが。

 みさきに足りないものがあるとすればやっぱり包容力か。

 気が抜けたのか、テーブルに胸を載せて微笑む日和さん。……ああしていないと重くて疲れるんだろう。そりゃあ手で持ち上げてもなかなかの重量感がありそうだもんな。

 下から見上げたら下手すると顔が見えないんじゃないか、って。


「誠也くん。何度も言うけど、セクハラはだめだからね?」

「本当にすみません。男子は美人に弱いものなんです、本当」


 腕を隠した日和さんは「男の子って本当……」とため息をついて。


「でも、誠也くんは真面目な子なんだろうな、きっと。わたしと普通にお話してくれるし」


 普通か? 俺、普通に話せてるか? 内心わりとドキドキだが。


「クラスの男子は違ったんですか?」

「うーん……なんていうか、妙に馴れ馴れしい人とか、妙に素っ気ない人とか、変な感じだったかなあ」

「ああ、うん……」


 それはなんというか、これだけの暴力が同じ教室に存在していれば、


「日和さん、それはみんな日和さんのことが好きだっただけだよ!」

「おい、みさきおまえには遠慮ってものがないのか」


 女の子にしか見えない男子というのもなかなか、いやかなり罪な存在である。

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