俺達の個性は『伝染』する(3/8)
因子保有者たちの保護施設、通称『学び舎』はとても静かだ。
なにせ周りは山と森。
騒音に悩まされる心配がないというのは思ったよりもありがたい。
おかげで初日の夜はぐっすり眠れた。
「でも、窓を開ける時は気をつけないとね。虫が入ってくるから」
「自然の多いところもそれはそれで大変だな」
朝食はトーストに目玉焼き、焼いたベーコン。サラダと牛乳。
今日のみさきは白ワンピース。清楚な外見もあってまるでお嬢様みたいだ。
彼女、もとい彼はにっこり笑って、
「空調がしっかりしてるから窓を開けなくても普段は心配ないらしいよ」
「なるほど」
じゃあ開けるのは特に空気がこもっている時くらいか。
エロいことをした後──を想像したのを慌てて止める。いや、ほら、火事とかもあるし。あと掃除の時とか。
「今日はなにをして過ごそっか」
「勉強はしなくていいのか?」
「先生が来るまでは無理してやらなくていいって言われたよ。教科書もないし」
「となると暇だな」
個別の部屋は実家の自室よりも広く設備も整っていた。
エアコン、テレビ、ノートPC、電子レンジに小型の冷蔵庫。シャワーとトイレまでついていて、その気になればそこだけで暮らせそうなレベルだ。暇つぶしにも困らない。
運動がしたければ地下でできる。
「湯島くんはスポーツとかする人?」
「好んではやらないな。たまに誘われてやるくらいだった」
「そっか、じゃあ一緒だね。ボクも運動はあんまり得意じゃないんだ」
体操着姿で一生懸命走るみさきの姿もそれはそれで見てみたいが。
「ボクは服の注文をしようかな」
「もうけっこう持ってるんじゃないのか?」
「いっぱい買わないともったいないじゃない。タダなんだよ? いくらでも買えるんだよ?」
「熱意がすごい」
税金が女装男子のお洒落に消えていく。
「クローゼットも大きいし、衣装部屋もあるしね。いっぱい入れられるよ。あ、湯島くん用のサイズも注文しておくね?」
「いや、ぜひ自分のを買ってくれ」
この女装推しがなければ最高なんだが。
俺は「ぱぱっと終わるからいいよ」と洗い物を買って出てくれたみさきに頭を下げてから自室に戻った。
普段は静かな窓の外から車の音が聞こえてきたのはそれから二時間ほど後のこと。
◇ ◇ ◇
「あ、湯島くんも気づいた? 誰か来たみたいなの」
「ああ。と言ってもみさきの荷物かもしれないけど」
「でも新しい人かもしれないよ」
部屋から出るとちょうどみさきも隣から顔を出した。
俺たちは揃って一階に下りる。配送業者ならチャイムを鳴らすはずだけれど。
ぴっ、と、ロックが解除される音。
同時に相手を振り返って、
「来たか」
「来たね」
僅かな間がものすごく長く感じる。昨日のみさきもこんな気持ちだったのか。
どうかまともな奴が来ますように。
願いと共に開くドアを見つめていると、その向こうから一人の少女が現れる。
「わ」
玄関に立つ俺たちを目を丸くした彼女は──でかかった。
身長が、じゃない。
一瞬にして目を惹きつけられるほどに身体の一部分、ぶっちゃけて言えば胸が大きかった。
ごくり。
同時にみさきまで息を呑んだのは果たして気のせいだったか。
「ようこそ、『学び舎』へ」
「初めまして。あなたも偉い人から言われてきたんですよね?」
みさきと俺が歓迎を示すと、彼女は微笑を浮かべて、
「はい。初めまして、わたし、
頭を下げると共に胸を大きく揺らした。
◇ ◇ ◇
「あ、須弥さんは高校三年生なんですね」
「うん、十七歳なの。みさきちゃんと誠也くんは十五歳なんだね」
「はい。じゃあ、須弥さんは先輩ですね」
身長もけっこう高い。女子としては高めなみさきと同じくらいある。
やや垂れ目で、素の表情にも愛嬌がある。美人というよりは「優しそう」とか「可愛い」という雰囲気の女の子、もとい女性だ。
彼女はおっとりと「日和でいいよー」と言って、
「わたしも二人のこと名前で呼んでいい?」
「もちろん。あ、でも先輩──日和さん、こいつ男ですよ?」
俺がみさきを指すと「そうなんだー」と帰ってきて、
「……? え? 誠也くん、そういう冗談はよくないよ?」
「いえ、本当です」
「あはは。ごめんなさい。女装はただの趣味で、ボク男です」
「え。えええ、うそ? こんなに可愛いのに?」
信じられない、とばかりにみさきがホールドされた。
顔を真っ赤にしてじたばたしているが、うん、正直羨ましい。
「俺も女装したら抱きしめてもらえるかな……」
「ぷはっ! よし、湯島くん、今すぐ着替えよ?」
「今の状態で聞こえてたのかよ」
「あの、誠也くん? ……今のちょっとセクハラ……」
「本当にすみません」
土下座する勢いで謝ると「いいよいいよ」と手を振ってくれて。
「男の子ってそういうの好きなんだよね? クラスの男子もそうだったから」
「それは、まあ……」
顔を埋めたら窒息できそうなサイズだぞ。見るだろそりゃ。
俺は遠い目で言葉を濁して、
「あの、日和さんってサイズどのくらいあるんですか?」
「おい、みさき。さすがに失礼だろ」
「ん、じゃあみさきちゃんにだけ教えるね。えっと……」
「マジかよ、すげえなみさき」
耳うちされた張本人はみるみる顔を真っ赤にした。
ふらっと倒れそうになったので肩を支えてやると、若干潤んだ目がこっちを向いて、
「あのね、湯島くん。ボクにも日和さんのあれ、伝染しないかなあ」
「欲しいのかよ!?」
「欲しいよ! だって、自分のなら何をしてもいいんだよ!?」
「何をしても、だと……!?」
撫でても、揉んでも、挟んでも許されるというのか。
巨乳、いいかもしれない。むしろいいな巨乳。そりゃ人のを触るほうがいいけど、自分のならタダだもんな。
俺が新しい概念を獲得して不思議な境地に至っていると、
「もう! 二人とも、だからセクハラだって言ってるでしょう!?」
「本当にごめんなさい」
みさきと二人で日和さんに平謝りした。
◇ ◇ ◇
リビングに並ぶ湯呑みが三人分になって。
日和さんはみさきの隣に座った。大きなおっぱ──胸をテーブルに載せかけた彼女は顔を真っ赤にして止め、両手で湯呑みを包んでちびちびと飲み始める。
「じゃあ、日和さんの『因子』は本当に『巨乳』なんですか?」
「うん。前から、わたしの周りには胸の大きい子が多いなあ、とは思ってたんだけど……」
「それ、もう巨乳パンデミックが起こってるんじゃ?」
自分で言っておいてなんだけど、なんだよ巨乳パンデミックって。
「ううん。政府の人が検査したけど、伝染元になるほど進行してる子はいなかったって」
「ボクの女装と同じで耐性とかあるのかな?」
「仮説では、巨乳因子はほとんどの女の子が最初から持ってるからじゃないかって」
巨乳因子というかおっぱい因子と言うべきか。
自前のおっぱい因子が外部から入ってきた因子を取り込んで仲間にしてしまうので、日和さんの因子が持つ伝染能力は失われてしまう。なのでちょっとやそっとじゃパンデミックは起こらない。
なるほど、わかったようなわからないような。というかわからん。
「その場合って男はどうなるんです?」
「えっと……男の人は貧乳因子、というか無乳因子を持ってるから効きづらいんじゃないかって」
俺としてはほっと一安心である。
逆にみさきは決然と拳を握って、
「日和さん。どのくらい一緒にいれば巨乳が伝染ると思いますか?」
女装のためなら変化を厭わない女、もとい男、優姫実早。
日和さんはこてんを首を傾げて、
「でも、みさきちゃん。胸が大きいと着られるお洋服が減っちゃうよ?」
「やっぱりちょっと考えさせてください」
「おいみさき。それはそれでちょっと失礼だぞ」
というわけで、新しい仲間はおっぱい以外は常識人だった。
というかやばい要素なんて一人一つあれば十分だろ、マジで。
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