俺達の個性は『伝染』する(2/8)

「はい、どうぞ。ここのはけっこういいお茶みたいだよ」

「ありがとう」


 二階のリビングは二人だけだとがらんとしている。

 湯呑みを置いたみさきは当然のように俺の隣へ。長い髪からふわり、といい匂いが漂ってきてどきっとした。

 いや、男。こいつは男だから。

 大人数が座れる楕円形のテーブル。向かい合おうとすると距離が遠くなるのでこうなったんだろう。

 自分に言い聞かせたところで顔を覗き込まれて、


「湯島くんって格好いいよね」

「っ」


 距離が近いから囁かれたみたいになる。

 右手で湯吞みに触れたまま俺は硬直して、


「女装似合うと思うなあ」

「そこかよ!?」


 変な気分を吹き飛ばそうとお茶を飲み干そうとして「熱っ!?」舌を火傷しかけた。


「だ、大丈夫、湯島くん!?」

「あ、ああ。……みさきは女装が好きなんだな」

「うん、大好き」


 曇りのない笑顔。これで「大好き」の対象が俺なら。いや、こいつは男だけど。


「お前の場合は『女装』が伝染するってことだよな? 家族とか大丈夫だったのか?」

「んー、どうなんだろ。うち、ボクとお父さん以外は女だったし。お父さんはもともと女装好きだから」

「すげえ家庭だな」


 むしろ父親からみさきに伝染したんじゃないのか?

 いや、そっちはもともとの意味の「伝染った」なのか。


「湯島くんは女装、嫌い?」

「いや。みさきの女装はいいと思う。可愛いし」

「本当?」


 曇りかけた表情がぱっと輝く。

 両の手のひらを胸の前で当てて微笑む彼。……本当に男かこいつ?


「似合えばいいんだよね。じゃあボクが完璧に女装させてあげる」

「だからそれを止めろって!?」

「絶対綺麗になるのに」

「自分が自分以外のモノになるとか普通嫌だろ」

「別の自分になれるから女装は最高なんだよ?」


 キスできそうなくらい身を乗り出して力説するみさき。

 こいつ、元いた学校でもこんな感じだったのか? だとしたら伝染の前に勘違い男子を量産していたんじゃ。

 癖が強いってこういうことか。

 みさきは他人を女装趣味にしてしまうほどの女装好き。こいつに毎日言い寄られたらたいていの男子は落ちそうなので「本当に病か?」という気はするが。

 つまりは女装の化身。みさき=女装なのだと理解する。

 そんな偽りの美少女は拳をぎゅっと握って、


「決めた。ボクは生涯かけて湯島くんに女装をさせるよ!」

「そんなことに生涯をかけるな」

「でも、ここなら可愛い服買い放題なんだよ? 女装しないなんてもったいないよ!」

「ほんとに頭の中が女装でいっぱいなんだなお前!?」


 伝染を避けるためにはこいつとできるだけ距離を取らないといけない。

 屈託のない美少女にしか見えない、実際は男子だから気兼ねする必要もない、女装が好きすぎる以外は特に問題なさそうなこいつと……。

 できるか、俺?



    ◇    ◇    ◇



「湯島くん? 今日のご飯どうしよっか?」


 お茶を飲んでひと息ついた後、俺は宛がわれた自室で荷ほどきを始めた。

 持ってきた荷物は大して多くない。

 服もマンガもゲームも頼めばタダで送ってくれるとなると、どうしても持ってきたいものなんてそうなかった。

 当面の分だけの衣類をあっさり収納し終えたところで、部屋のドアをみさきが叩いた。

 顔を出した彼は室内を見回して、


「あんまり荷物持ってこなかったんだね」

「ああ。みさきはけっこう荷物多かったのか?」

「あはは、うん。ほら、ここに来る前も別の施設にいたから。そこにいた頃の私物とかぜんぶ持ってきちゃった」


 クローゼットを埋め尽くす可愛い服の幻が見えた。


「ボクの部屋、見に来る?」

「お前な、男をそんな簡単に部屋に誘うなよ」

「もう。湯島くん、だからボク男だってば」


 頬を膨らませて力説する姿が男に見えないんだって。

 黒髪ロングの清楚系美少女が子犬タイプの積極性で寄ってくるんだぞ。もうちょっと自分の殺傷能力を理解して欲しい。


「えーっと、ご飯だっけ? 今までどうしてたんだ?」

「ボクも来たの昨日なんだけどね。食材はたっぷりあるから、とりあえず適当に作ったよ。それで良ければボクがなにか作るけど」

「頼んでもいいか? 俺は料理なんて調理実習以来でさ」

「もちろんいいよ。男の子はなかなか料理する機会なかったりするよね?」


 自称男子に言われると説得力がない。


「そういえば荷物の注文の仕方ってわかる? そこのタブレットを使うの」

「ああ、この壁にかかってる奴か」


 照明スイッチの近くにホルダーと板状の端末がある。


「専用サイトから欲しいものをバスケットに入れて確定するだけだよ。サイトにないものはメールでお願いすれば買ってくれるって」

「なんかめちゃくちゃ便利だな」

「ね? ボクもうけっこう注文しちゃった。……一人一つタブレットがあるから、なにを買ったかバレなくて嬉しいよね?」


 人に言えないようなものを買ったのか?

 頬を真っ赤にしながらいかがわしい注文をするみさき……確実にだめなやつだ。

 でも、そうするとエロ本とかも買えるんだろうか。

 後であの黒スーツにでも相談してみるか。妙にノリのいいあいつのことだから「必要ですよね、わかりますよ。ちなみに実写派ですかマンガ派ですか。それともAV?」とか聞いてきそうだ。


「物にもよるけどちょっと時間はかかるから欲しいものは早めがいいらしいよ。食材や日用品は定期的に送ってくれるから安心だけど」

「菓子とかジュースとかは多めに買っておいたほうがいいか」

「食べ過ぎて太らないようにしないとだね?」

「みさきは全然心配なさそうだけどな」

「これでもすごく気を遣ってるんだよ。食べ物もけっこう我慢してるんだから」


 女の子はそういうの大変だよな……って、女子じゃないんだった。



    ◇    ◇    ◇



「にしても俺、世話係って言われたけど何すればいいんだろうな?」


 夕食はみさき特製のオムライスになった。

 サラダとスープ付き。今すぐにでも結婚できそうだと言うと「そんな予定ないんだけど」と恥ずかしそうに笑ってくれる。

 需要はわりと、いやかなりありそうなんだが。

 料理の美味しさに感動した俺がふと呟くと、隣に座るみさきが小さく首を傾げる。


「お世話……洗濯とか、掃除とか?」

「俺よりみさきのほうが得意なんじゃないか?」


 女子の下着とか俺が洗ったら嫌がられそうだし。


「管理人さんみたいな人も来るんだろ? ますますやることがないような」

「んー。じゃあ、ボクたちの話し相手でいいんじゃないかな?」

「話し相手か。それくらいでいいなら楽だけど」

「いいんだよ。ボクも男一人じゃ心細かったし。そういう気配りなんじゃないかな?」

「ということは他はみんな女の子なのか?」


 実は全員女装男子です、って言われても驚かないぞ俺は。


「大丈夫だよ。……もしかしたらその中に、湯島くんの運命の相手、とかいたりするかもね?」


 運命の相手かあ。


「そいつらも癖が強いんだよな。みさきくらいいい子ならありがたいんだけど」

「ええ? ボクは普通だよ。きっとみんなボクなんかよりいい子だと思うよ?」

「みさきよりいい子ばっかりだったらそこは天国だぞ」


 いったいどんな奴が来るのか想像もつかないから怖い。


「どのくらいのペースで来るんだろうな」

「うーん、ボクの次の日に湯島くんだったし、早ければ明日じゃない?」

「ま、あんまり遅らせる意味もないもんな」


 もう少し心の準備をさせて欲しい気もするが。

 俺たちの予想通り、次なる因子保有者は翌日にやってきた。

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