推しのライブを見損ねた結果、未来でアイドルやることになった(1/4)

 本州からおよそ100km。

 伊豆諸島や小笠原諸島からも離れた位置に建設された人工島は、50㎢程もの面積の大半をとある『学校』に支配されていた。


 ──『国立心奏学院』。


 敷地内には生徒・職員用の寮はもちろん、服・食品・生活用品などの商店も充実しており、ある意味、学院内だけで一つの街が形成されている。

 敷地の中央に位置しているのは白い外壁を持つ大きな建物だ。

 緩い曲線系のフォルム。各所に配置された広い窓が降り注ぐ陽光を反射してきらきらと輝いている。入り口も広く、美術館を思わせる佇まい。あれが校舎だ、と、事前知識なしで言い当てられる者は多くないだろう。


「やっぱり、凄い建物だな……」


 悠──叶野かのうはるかは、常識の中にある『学校』のイメージとのギャップに苦笑し、それから視線を下へ向けた。

 コンクリートに似た、しかしもっと温かみのある材質で舗装された敷地を、制服姿の少女達が歩いている。歳は十五、六。新入生だろう。笑顔で、あるいは緊張の面持ちで一つの方向へと歩いている。

 それとは別に、各所に案内として立つ在校生の姿もある。

 心奏の制服は白ベースに紺でアクセントをつけたブレザーが基本だ。ただし、オプションが豊富であり、ある程度なら改造も認められているため、人によってかなり印象が違う。特に上級生は自分らしいアレンジが多く華やかな印象だ。


 ちなみに、ざっと見渡した限り男子生徒の姿はない。

 心奏は女子校ではない。建前としては共学校であり、実際に毎年、若干名の男子が入学してくるらしい。しかし、全校生徒のうち男子が占める割合は2%以下。

 加えて言えば、制服はアレンジこそ認められているものの、ものしか存在しない。


「見ている分には可愛いんだけどな」


 呟き、見下ろしたのは悠自身が纏った制服だ。発注の際にはああだこうだと悩んでしまったが、その甲斐あってか上手い感じにまとまったと思う。

 小さなフリルの付いた袖は成長を見越して少し長め。スカートも上着のデザインに近い清楚かつ可愛い物をチョイスし、足には薄手のタイツ。上着の下はセーターにブラウスという構成だ。また、首にはアクセサリーとしてチョーカーを着けている。流行のファッションには疎いので、基準は悠自身の好みである。

 しかしまあ、それほど浮いてはいないのではないだろうか。

 出発する前に鏡でもチェックしてきたが、見た目はセミロングの髪をしたごく普通の、ただしそこそこ可愛い女の子だった。もしもこんな子から告白されたら即OKしていただろう。

 もちろん、相手がちゃんとした女子なら、だ。


(変なバレ方だけはしませんように)


 願いながら歩く。

 スカートは翻さないように。歩幅は短めに、自然体で。目指すのは入学式が行われる多目的ドームだ。他の新入生もそちらへ向かっているし、上級生の案内もあるので迷う心配はない。

 ただし、悠が心配しているのはもっと別のところで。


(本当、なんでこんなことになったんだか)


 回想は、およそ半年ほど前の話になる。


   ◇    ◇    ◇


 瞼を開けて最初に見えたのは淡いクリーム色をした天井だった。


「……ここは?」

「目が覚めましたか? 叶野悠さん。ご自分のことがわかりますか? どこか痛いところや苦しいところはありませんか?」

「はい。大丈夫です、けど」


 痛みはないものの、身体が痺れて殆ど動かなかった。

 悠がいたのは医療機関で、彼は治療を受けていたらしい。ベッドに寝たままの状態で説明を受けるうちに意識はだんだんとはっきりしてきた。


「事故のことは憶えていらっしゃいますか?」

「電車に轢かれた……ん、ですよね。死んだかと思いました」

「そうですね。亡くなられてもおかしくなかったと聞いています」


 アイドルのライブに行く途中のことだった。

 ずっと追いかけていたグループの初ドームライブだったので楽しみにしていたのだが、まさか、こんなことになるとは思わなかった。

 ほどなくして医師が呼ばれ、説明を受けた。

 悠は一命こそ取り留めたものの、四肢は殆ど使い物にならず、目覚めたとしても寝たきりになるしかないような状態だった。そこで最先端の医療技術が用いられ、


「悠さんの身体は新しいものに生まれ変わりました」

「!?」


 新しくなった身体は以前の面影こそあるものの、殆ど別人と言っていい容姿をしていた。高校二年生だった本来の身体よりも幾分か若く、また顔立ちが整っている。ただし、いわゆるイケメンの方向性ではなく可愛い系。声も合わせたように高くなっている。


「女装した方が似合いそうですね」


 軽口を叩いたところ「そんな貴方にいい話がある」と提案されたのが──国立心奏学院、への入学だった。

 海上の人工島。美麗な校舎。国立の学校でアイドル養成。受ける受けない以前に冗談だとしか思えなかったが、心奏への入学は治療およびアフターケアの交換条件のようなものだった。


 曰く、国は優秀なアイドルを一人でも多く育成したい。

 悠は男子とはいえ整った容姿をしているのでうってつけだ、とのこと。断ってもいいとは言われたが、先端医療の治療費を具体的な数字で聞かれてしまえばその気は失せた。


「……わかりました。入学します」


 治療の間にもかなりの時間が流れている。

 元々通っていた高校に通い直すことも難しいということで、提案を了承。

 リハビリによって身体感覚を取り戻し、勝手の異なる受験勉強に悲鳴を上げ、それでもどうにか合格を勝ち取って、悠はついに入学式、アイドル見習いとしての第一歩を迎えたのである。


   ◇    ◇    ◇


 入学式が行われる多目的ドームはグラウンドの周囲に客席が設けられた、スタジアムと呼ぶのが適切そうな造りをしていた。背の低い芝生が敷かれているので足にも優しい。機材さえ設営すればサッカーの試合にも、アイドルのライブにも使えるだろう。

 入り口前の受付で本人確認と記念品の受け取りを済ませた悠は、他の新入生に交じって座った。整然と並べられた椅子はパイプを使った簡素なものではなく、なかなかに座り心地のいい背もたれ付きのものだ。

 待遇の良さに感心していると、新入生たちの会話が聞こえてくる。


「楽しみだね、入学式」

「今年はどんなライブになるのかな」


 入学式でライブ? と普通なら首を傾げるところだが、ここはアイドル養成学校。式次第にもオープニングライブの項目がしっかり記載されている。

 客席を振り返れば、保護者や来賓の他に本格的な撮影機材を構えた大人の姿が複数。

 心奏の入学式は毎年、ニュースとして取り上げられるのが恒例であるらしく、こうして各種メディアのスタッフも参加する。受験前に過去の入学式を映像で見ていた悠は、これが映像の出所かと少し感心した。

 と。

 つん、と、肩に指が触れる感触。


「ね。デバイスの設定変えた? 通知オフにしておいた方がいいよ。あと、聴覚増幅機能とかも」


 隣に座っていた生徒が悠を見て笑顔を浮かべていた。

 クリクリとした瞳が印象的な女の子だ。小柄なのもあいまって、どことなくハムスター等の小動物を思わせる。悠をつついたのと逆の手には小さなお菓子の袋が載っている。なんだろうと見つめると「食べる?」と一個差し出してくれた。


「ありがとう」


 口に入れるとレモンの風味がじわりと広がる。飴とグミの中間のような品らしく、噛むと中からさらに味が染み出してくる。一個でしばらく味わっていられそうだ。持ち主によると「当分控えめだからいっぱい食べても大丈夫なんだよ」とのこと。

 ふむふむと頷きながら、悠は首に手を伸ばした。


 天使の羽を模したチャーム付きのチョーカーは、実を言うと単なる装飾品ではない。本体の内側に特殊な機械が組み込まれており、様々な機能を持った携帯端末として機能するのだ。

 デバイス、あるいは単にDと呼ばれたりするこの端末は社会に広く普及している。心奏ではこれの所持がほぼ必須と位置づけられており、可能であればアイドル用にカスタマイズされたデバイスを用いることが推奨されている。

 要はかつてのスマートフォンのようなものと思えばいい。

 形や機能にも様々なバリエーションが存在し、当然値段もまちまち。購入の際はお洒落と利便性、そして所持金を考慮した上で選択することになるのだが、


「あれ、それもしかして滅茶苦茶高いやつじゃない? いいなー、私もそういうの欲しかった!」


 目ざとく気づいた少女が声を上げた。そういう彼女は両腕に腕輪のようなものを装着している。確か、比較的安価に高めの機能を実現した代わりに重量が嵩んでしまったモデルだ。苦肉の策として本体を二つに分けることで「腕の片方だけ肩こりする」といった弊害を避けている。

 悠のデバイスは軽くてお洒落で超高性能、言わばハイエンド仕様の品であり、当然少女のデバイスより高い。

 といっても、入学に際して必要な物は全て用意してくれる……という甘言を利用させてもらっただけであり、悠自身が金持ちなわけではないのだが。

 全部説明するとややこしいので「人からもらったんだ」とだけ答える。


「そっかー。私もそういう知り合い欲しかったなー。あ、私は鈴。九位ここのいりん

「あ、叶野悠です。よろしく」

「よろしくね! えーっと、叶野さん? 悠?」

「どっちでもいいよ。呼びやすい方で」

(さっそく友達が出来てしまった)


 入学式とはそういうものなのだろうが、それにしても女子のコミュニケーション能力は凄い。


(しかも、ここにいる子たちみんなアイドル志望なんだよな)


 アイドル。その言葉には悠自身、人一倍思い入れがある。ファンとしてではあったが、彼女たちに人を幸せにする力があることはよく知っているつもりだ。

 しかし、もちろん自分が女の子に交じってアイドルを目指すことになるとは思っていなかった。せいぜい男性アイドルになる妄想をしたことがある程度だ。


「じゃあ悠! ねえねえ、悠はどうしてここに入ろうと思ったの?」

「ん……憧れのアイドルを追いかけたかったから、かな」


 まさか「お金のためです」とは言えない。

 ある程度、あたりさわりのない形で答え、流れで会話を進めていると──不意に、辺りが暗くなった。ドームの照明が三分の二ほど落とされたらしい。外の明かりも射しこんでいるので見えないほどではないが、何かトラブルだろうか。

 思った直後、軽快な音楽が響き、どこかから複数の少女たちが飛び出してきた。

 比喩ではない。色とりどりの衣装を纏った少女たちは、まさしく新入生たちの座席の正面へとたどり着くと、そのまま上へと舞い上がった。


 ──歌声。


 明るく、そして刺激的なイメージ。

 少女たちの飛んだ軌跡は赤や青、黄色の光となってしばらく宙に残る。光の軌跡は曲線を描き、不意にすとんと落ち、交差し絡み合い、ひとときも止まることなく動き続けた。

 気づけば、悠は「その光景」に見入っていた。

 隣に座る鈴もとっくの昔に正面へ向き直って、頬を赤く染めながら目をきらきらさせている。今なら袋に残ったお菓子を簡単に奪えるだろう。しかし、もちろんそんな暇はなかった。


(こんなライブ、見逃したら絶対に損する)


 高速で飛行しながらのライブなんて、悠の知識ではありえないことだ。

 ワイヤーなどを駆使すれば近いことはできたかもしれないが──目の前でパフォーマンスを繰り広げる少女たちはワイヤーも飛行ユニットも装着していない。ついでに言えばマイクだって持っていない。

 必要ないからだ。

 拡声機能やスピーカーに声を転送する機能はデバイスに付いている。同時に姿勢制御のサポート情報や歌の歌詞を視界にAR表示することだって可能である。

 そして、空を飛ぶ力は


 力ある偶像influential idle──通称、i2能力。


 願いの力を糧に奇跡を起こす能力とその使い手たちは悠が事故に遭った後に登場し、では全人口の約0.5パーセントがアイドルとしての素質を持つまでに至っている。

 この時代、アイドルと言えば能力者のことを指す。

 彼女たちは旧来のアイドル同様に歌い、踊り、人々に笑顔と希望を振りまく。国立心奏学院はそんなアイドルを養成するために設立された、日本における最高峰の学校。


 そして、悠はその「新しい形のアイドル」としての素質を所持している。

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