VRMMOでえっちな装備を作ります(4/4)

 振り返ると、そこには三人のプレイヤーが立っていた。

 十代後半くらいの少年が二人。仮面で顔を隠した大柄な男? が一人。じーっと見つめると「ミスト」「オクト」「ざ・王」とそれぞれの名前が表示される。装備は順番に剣士、盗賊、魔法使いといった感じ。ちなみに、さっき声をかけてきたのはミストだ。

 そこはかとなく中二病な感じ。黒音ちゃんに「知り合い?」と尋ねると「知らない」という答え。


「何か用かしら? 狩りのお誘いならお断りだけど」


 クールな返答。

 だけど、ミストたちは動じなかった。


「そんな雑魚と組んでもレベルは上がらないぜ」

「そうそう。なら、俺たちと組んだ方がいいんじゃない?」


 嫌な感じの笑いを浮かべながらそんなこと言ってくる。

 もしかして、本当に狩りのお誘い? だったらもう少し言い方があると思うんだけど。

 黒音ちゃんもいい気分にはならなかったみたいで、表情が明らかに険しくなった。


「っていうか、あんたたち誰?」

「わかんないかな? 同級生だよ、同級生」


 ああ、と、わたしは思った。

 彼らは黒音ちゃん──華ちゃんと同じVR学園VR科の生徒なんだ。


「評価対象のキャラは全員、学校が指定したコミュニティに入ってるだろ? そこから名前を調べて、目ぼしい奴に声をかけてるんだよ」


 言いながら、ミストは黒音ちゃんに近寄って肩に手を置こうとする。当然、ぱん、と払いのけられたけど。


「……目ぼしい奴、ってのはカモになりそうな相手、ということかしら?」

「おいおい、そんなこと言ってないだろ?」

「いかにもぼっちっぽい……もとい、仲間がいそうにない奴の方が誘いやすいってだけだよ」


 ミストたちの言っていること自体は正しい。

 同級生なら目的が同じだから協力できるし、もうパーティを組んでる人を誘っても断られる可能性が高い。黒音ちゃんとしても、わたしみたいな初心者と組むより、彼らと組んだ方が効率はいいはず。

 でも。

 黒ずくめの女魔術師は、ふん、と鼻で笑った。


「私が可愛いから口説きたいだけでしょう? 残念だけど三人とも好みじゃないから。さっさと失せなさい」


 うわ、辛辣。

 これには、余裕ぶっていた少年たちも額に青筋を浮かべる。仮面の魔法使いだけは表情が分からない上に黙ったままだけど。


「は? 黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって」

「アバターが可愛くてもリアルは別だろうが! どーせお前、学校でも目立たないオタ女子だろ!?」

「あら。リアルの詮索は利用規約と校則、両方に違反しているわ。アカウントあか停止VANの上に謹慎、停学、退学なんて大変ね」

「なんだとこの……!?」


 煽る煽る。

 現実での口下手っぷりが嘘のように黒音ちゃんは強気だった。わたしから見ても三人組は「ゲームにかこつけてナンパしたい悪ガキ」にしか見えないんだけど、だからって三対一であそこまで言えるのは才能だと思う。

 いちおう、わたしが入れば三対二だけど、正直、戦いの役に立つ自信はない。

 これ、まずいかも。

 そっと辺りを見渡すと、ほとんどのプレイヤーはこっちを見てもいなかった。みんな冷たい。といっても、これは現実のもめ事とは違う。殺されても復活できるし、度が過ぎた行為は運営からのペナルティ対象になる。放っておいてもあんまり困らないんだ。

 だから。


「そこまで言うなら試してみるか?」

「良いわ。……ただし、ここじゃなんだから場所を変えましょうか」


 黒音ちゃんたちもそのままエスカレートする。

 現実と違って、ゲームの中ならレベルの違いで戦闘力が大きく変わってくる。男と女で性能の差もないから、女の子一人で男三人をやっつけることだって夢じゃない。ただ、それは黒音ちゃんがミストたちよりずっと強ければの話。

 クールな女魔術師がチンピラ三人と喧嘩。

 えっちな本だったら確実に負ける。全年齢作品と違ってヒーローは助けに来ないか、来ても返り討ちに遭うだけ。その後に待っているのは……。


『へへへ。自信満々だったくせに大したことないな、黒音ちゃん?』

『ここなら人も来ないからゆっくりできるぜ。……一緒に楽しもうな?』

『嫌っ!? やめなさいっ、やめてっ!? お願い、お願いだからぁっ!?』

『大人しくするアル。でないとこの魔法の杖を口にねじ込むよ』


 ……うん。

 「ザ・王」を変なキャラで想像したせいで台無しだ。というか、ゲームのシステム上、未成年に性的暴行とかできないはずだ。

 えっちな本ならバグとかチートツールとか、実はミストたちがGMと知り合いとかで無理やりえっちな展開に持ち込んでくるけど、そんな都合の良い話はそうそうない。

 ここは、わたしが場を収めるしか……!?


「あの、黒音ちゃんを許してあげてくれませんか?」


 意を決して両者の間に割り込むわたし。

 リーダー格のミストを見つめるようにして懇願する。


「黒音ちゃんはただ、男の人が苦手なだけなんです。だから悪気があったわけじゃないんです」

「お、おう」


 頷き、ごくりと唾を飲みこむミスト。彼の視線はわたしの胸に向かっている。もちろんわたしは反応しないけど、男の子のこういう視線って女の子には筒抜けである。

 ちなみにオクトとザ・王も後ろからしっかり見てる。

 恥ずかしいから嫌なんだけど、これなら説得できるかも?


「つまり、皆さんは男って時点で無理だっただけど、別に生理的に無理とかそういうんじゃないんです。信じてください」

「ねえパトリシア、それだと私が同性愛者みたいじゃない?」

「暗に俺達がキモいって言いたいのかこら!」

「……あれ?」


 必死に説得したつもりが、味方のはずの黒音ちゃんにまで怒られてしまった。

 いや、えっと、確かにミストたちは男としてどうかと思う。そういう相手にいいようにされると思うと興奮する……じゃない、いい気分にはならないけど、そういうことを言いたかったんじゃないのに。

 後ろからは「あとで覚えてなさいよ」みたいな視線。前からは「こいつも一緒にやっちまおうぜ」みたいな視線。

 どうしよう。

 余計に悪くなった状況にわたしは苦笑いを浮かべて──。


「おやめなさい」


 柔らかい声がわたしたち全員の動きを制した。


「争いはなくすべきです。無理な要求を押し付けるのも、それを辛辣に拒否するのも、どちらも争いに繋がりかねません。お互いに行動を悔い改め、許し合ってみてはいかがでしょうか」


 いつの間にかわたしたちに歩み寄ってきていたのは、一人の聖職者だった。

 十五歳くらいだろうか。金糸のようなブロンドの髪を長く伸ばし、澄んだ海のような青色の瞳で微笑を形作っている。

 身につけているのは白地に金の縁取りがされた衣。手にした杖も同じ配色で、頭には大きな帽子を被っている。

 名前は──「セレスティナ」。

 無意識に「助かった」と思ってしまう。まだ味方と決まったわけじゃないけど、少なくとも、彼女に悪意はない。それだけは信じられた。


「……セレスティナ、ね」


 黒音ちゃんはというと、なにやらひとこと呟いてから「降参」とばかりに両手を挙げた。

 これにミストたちは不思議そうな顔をするも、続く言葉に顔色を変えた。


「あんたたちも止めておきなさい。その娘には私じゃ絶対勝てない」

「マジかよ」


 もともと黒音ちゃんには勝つつもりだったはず。それでも、あれだけ強気だった相手があっさり負けを認めた。こうなるとさすがに「邪魔すんならお前も一緒に可愛がってやるよ!」とは言いづらい。

 そこで、ここまでずっと黙っていたざ・王がくいくいとミストの袖を引いて、


「リーダー。僕、神聖魔法は相性が……」


 意外と大人しそうな喋り方だった!


「ちっ。しょうがないな。……おい、黒音。それからそっちの変なの。覚えとけよ」


 諦めた後はさっさと退散していく三人組。

 覚えとけよ、という捨て台詞が不穏というか、むしろ早く忘れてくださいって感じなんだけど……とりあえず、この場は助かったみたい。

 ほっとひと息ついたわたしは、傍らに立つセレスティナさんに向き直った。


「あの、ありがとうございました。助かりました」

「いいえ、お気になさらず。困った時はお互い様ですから」


 にっこり笑って答える彼女。いい人だ。悪い人ばっかりじゃないんだな、と嬉しくなる。

 と、セレスティナさんはそこで小さく首を傾げて、


「ですが、いったいどうして言い争いになったのです? よろしければ、参考までにお教え願えませんか?」

「はい、それは構わないですけど……」


 ちらりと視線を向けると、黒音ちゃんはそっぽを向いたまま「要らないわよ」と言った。


「パトリシア。そんな奴と仲良くしてると真面目が伝染るわよ」

「ええ? って、それ、伝染ったら困るのかな?」

「あの、そちらの方も。わたくしに悪意はありません。伺った話も他言無用にいたしますので、ご協力いただけませんか?」

「ほら、黒音ちゃん。セレスティナさんもこう言ってるし」


 わたしとしては協力してあげたい。いい人そうだし、女の子だから話しやすいし。

 セレスティナさんもくすりと笑って、


「呼び捨てで構いませんよ。わたくしも、パトリシアさんとお呼びしても?」

「はい、もちろんです」

「では、パトリシアさん。どこか落ち着ける場所に移動しましょうか? ……黒音さんも、よろしいですか?」

「……しょうがないわね」


 しぶしぶ、といった感じで頷いた黒音ちゃんを連れて、わたしたちは騒ぎのあった広場を離れた。




 移動した先は魔術都市の一角にあるこじゃれたカフェだった。


「へえ……。こういうところもあるんだね」

「はい。お話をするのにはちょうどいいかと」


 店内にはプレイヤーが二、三組いるだけ。空いているテーブルにわたしたちがつくと、NPCの店員さんがお冷を置いていく。

 注文はメニューから直接できるらしい。現実の飲食店でも珍しくなくなってきたタッチパネル的な方式だ。


「注文した品はきちんと味わえるんですよ?」

「そうなんですか!? ……そ、それってカロリーゼロで、ってことですよね!?」

「そうだけど、食べ過ぎると脳が『お腹いっぱい』って判断するから気をつけなさいよ。夕飯とか」

「う、それは怖いかも」


 ゲームを始めたばかりであんまりお金を持っていないわたしは懐とも相談しつつ、ベリーのケーキとアイスティーを注文した。

 注文したものはノータイムで運ばれてくる。

 セレスティナもケーキと、レモンティー。黒音ちゃんはコーヒーだけを注文。ブラックで飲むのかな、と思ったら砂糖とミルクを一杯ずつ入れていた。


「なによ、悪い?」

「ううん。わたしもカフェオレの方が好きだし」

「味の好みは現実の自分が反映されてしまいますからね。わたくしもついつい甘味を求めてしまいます」

「この世界の宗教にも戒律とかあるんですか?」

「ありますよ。違反しても罰則はありませんし、聖典を読んでいる方も一握りでしょうけれど……」


 と、黒音ちゃんが面白くなさそうに「そりゃそうでしょ」と言う。


「このゲームには職業ジョブの概念とかないし。そいつだって聖職者の格好してるだけよ」

「そうですね。ですが、わたくしは神殿に奉納金を支払って籍を置いております。神に仕える者を名乗る権利は十分にあるのではないかと」

「はっ。そういうのが気に入らないって言ってるの」


 苛立たしげにセレスティナを睨む黒音ちゃん。


「ちょっ、ちょっと待って。どうしてそんなに喧嘩腰なの?」

「気に入らないから。……パトリシア。こいつみたいなのをなんていうか知ってる?」

「え?」

「自治厨っていうのよ」


 せっかくの和やかな雰囲気が冷え切っていくのがわかった。

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