VRMMOでえっちな装備を作ります(1/4)

「動かないで」


 わたしは追い詰められていた。

 正面には一人の女の子がいる。いわゆる壁ドン状態だ。深い色をした彼女の瞳は真っすぐにわたしを見て離れようとしない。

 互いに着た制服の前ボタンが軽く触れて、擦れあう。息遣いまで伝わってしまいそう。

 わたしたちがいるのは広い中庭のちょっとした物陰。少し離れたところからは人の声がするのに、ここだけが別世界のように感じる。

 なんだろう、この状況。

 いったい、なにを言われるんだろうと思っていたら、


「黙って言うことを聞いて」


 絶対服従しろ、と同レベルな命令が来た。


「え、と。嫌だって言ったら?」

「泣くことになるわ」


 泣かされるのは困る。

 わたしは考えるフリをして相手を観察した。前髪が長くて、いかにも文学少女っぽい女の子。目立たないタイプだけど、よく見ると可愛い。っていうか、よく見たらこの子、背伸びしてる。背はわたしより低いんだ。


「えい」

「きゃっ」


 試しに軽く押してみると、軽くよろけて尻もちをついた。脱出成功?

 なんだかよくわからないけど、とりあえず逃げることにして一歩踏み出すと、女の子が立ち上がりながら声をかけてきた。


「待ちなさい。……これがどうなってもいいの?」

「あっ、わたしの生徒手帳!? いつの間に!?」

「押し倒された時に、ポケットから」


 入学して間もないし何かに使うかも、と思って入れておいたんだった! わたしの馬鹿、と過去の自分に文句を言いつつ、どうしようかと考えて……わたしは、はあ、とため息をついた。


「なんでもは無理だけど、わたしにできる範囲でなら協力するよ」

「最初からそう言えばいいのよ」


 わたしの生徒手帳をひらひらさせながら、文学少女(仮)は嬉しそうに微笑んで(可愛い)、要求を口にした。


「普通科所属。一年E組あららぎ撫子なでしこ。私とネトゲでパーティを組みなさい」

「……はい?」


 ちょっと予想外すぎて理解が追いつかなかった。




 わたしことあららぎ撫子なでしこはこの春、高校に進学したばかりの十五歳だ。

 入学したのは今年度からスタートしたばかりの新しい学校で、その名も『VR学園』。

 変な名前なのには理由があって、学校を経営しているのが今流行っているVRゲーム(VRは仮想現実ヴァーチャルリアリティの略)の運営会社だからだ。

 名前の割にオフライン授業主体なのが若干残念だけど、制服のダブルボタン式黒ブレザーが可愛いし、学校の敷地も広い。もちろん校舎や設備も最新式。

 わたしが入学した普通科は授業内容も他の学校と変わらない。国語とか数学とかの授業を受けた後、帰りのHRを経て終了になる。

 終わるとすぐ賑やかになるのはたぶん、どこの学校も同じだと思う。


「蘭さん。今日のご予定は?」


 鞄に荷物を詰めていると、クラスメートのくすのきさんが声をかけてきた。始業式の日にたまたまお喋りしてから仲良くなって、一緒にお昼ご飯を食べたりしている。

 今日のお昼は事情があって一緒じゃなかったんだけど、


「あ、ごめん。今日はちょっと用事があるんだ」

「また校内探検ですか? それとも部活動を見学に?」


 おっとりと首を傾げる楠さん。彼女が言ったのは両方ともわたしがこれまでにしてきたことだ。昨日の放課後は色んな部活を見学しに行ったし、今日のお昼休みは目新しい校舎を色々見て回っていた。

 その探検が問題だったのだ。


「ちょっとね。変な人に絡まれちゃって」

「……警察へご一緒しましょうか?」

「だ、大丈夫だよ! そういう不審者じゃないから。たぶん」


 楠さんには一応、通報はナシの方向で納得してもらえた。微笑んで「また明日」という彼女に笑顔で手を振ってから、わたしは重い腰を上げた。

 行きたくないけど、行くしかないかなあ……。


「遅い」


 で、指定された待ち合わせ場所──わたしが壁ドンされた中庭の一角に到着すると、そこにはもうあの文学少女がやってきていた。

 この学校には一年生しかいないので確定で同い年。

 ただ、性格はけっこう違うっぽい。必要以上に喋りたくないって感じで、短い言葉が投げかけられてくる。昼休みもそんな感じだった。


「ごめんね。……えっと、それでどうするの?」

「静かなところに行く」


 小柄ながら早足で歩く彼女について行くと、彼女はまず校舎に戻り、それから文化部の部室棟へ移動した。


「あの、ところで名前はなんていうの?」

「……黒瀬。黒瀬くろせはな

「へえ。華ちゃんかあ。いい名前だね」


 文学少女もとい華ちゃんはわたしの言葉に一瞬、ぴたりと足を止めてから、また振り向かずに歩き出した。最終的にたどりついたのは「文芸部」とプレートの掲げられた部室。

 華ちゃんは当然のように懐から鍵を取り出し、ドアを開けた。


「入っていいの?」

「どうぞ。どうせ私しかいないから」


 言葉通り、部室には誰もいなかった。

 華ちゃんが電気をつけると、照明に照らされたのは文芸部の部室というよりは会議室、もしくは談話室って感じの部屋だった。

 教室の半分くらいの広さの部屋に本棚は一つだけで、他にはオフィス用のデスクっぽいものと椅子があるだけ。机と椅子は四人分だ。


「ここ、本当に文芸部なの?」

「文芸部にした、と言った方が正しい。あと、正式な扱いは同好会」

「あ、そっか。今年から始まったんだから、部活も一からだもんね」


 運動部なんかはやりたい先生がやりたい生徒を事前に募って、入学式の前から顔合わせしたりしてたみたいだけど、文化部でそこまでやるのは吹奏楽部くらい。ない部活はやりたい生徒が作るしかない。

 規定だと五人以上で部活として成立するんだけど、そんなこと言ってたら部活する生徒が増えないので、今年に限っては部員数四人以下の同好会も部を名乗ってもいい、という特例が出ているらしい……と、この前、楠さんから教えてもらった。


「ここで、ゲームをするの?」

「そう」


 頷きながら、華ちゃんは自分の鞄を開いた。中から取り出されたのは学校から貸し出されているノートパソコン。


「華ちゃんはVR科だったんだね」

「そう」


 VR学園には普通科とVR科の二つがある。普通科はごく普通の授業だけど、VR科は単位制を導入している。一般科目は試験に合格すれば授業に出ていなくてもOK。代わりに生徒達は余った時間を特別な授業に使う。

 IT関係の知識やプログラミング、ゲーム製作の知識を学ぶ授業のほか、特に変わったものとしては「VRゲームで遊ぶ」という授業がある。

 授業でよく使うので生徒ひとりひとりにノートパソコンが割り当てられているのだ。


「……あ、そっか。じゃあ、華ちゃんのお願いも授業関係なんだ」

「まあ、そういうこと」


 デスクの一つにノートパソコンを置いた華ちゃんはその前にわたしを座らせた。マシンを起動するとID、パスワードを入力してログイン。慣れているのか作業が早い。彼女はさらに鞄からVRゴーグルを取り出してマシンに接続した。


「これを使って」

「いいの? 華ちゃんのは……」

「私は私物のマシンがあるから」


 見れば、隣のデスクには既にノートパソコンとVRゴーグルが置かれている。どうやら私物を持ち込んで部室に置きっぱなしらしい。鍵を持っているのが華ちゃんだけなら確かに置き場所としてはちょうどいいのかも。


「私がプレイしているのは『ファンタスティック・ファンタジー』。知ってる?」

「うん。一番有名なVRゲームだよね。VRえむえむおー、だっけ?」

「そう。VRMMORPG。要するにプレイヤーがみんな、同じ世界に没入フルダイブして冒険するゲーム。従来のゲームとは一線を画した自由度とグラフィックが売り」


 珍しく長い台詞。ついでに早口気味だったけど、わたしはなんとか理解して「うん」と頷く。

 わたしもゲームしないわけじゃないから、RPGとかオンラインゲームがどんなものかくらいは知ってる。その『ファンタスティック・ファンタジー』──略して『ファンファン』はやったことないけど、この手のゲームは仲間を作って一緒にプレイした方が進めやすかったはず。


「VR科はゲーム内での活躍度合いも評価の対象になる」

「レベルが低かったり、弱かったりしたら成績下がっちゃうの!? それは辛いね」

「そう。だから生徒は生徒同士がパーティを組むことが多い。私も仲間を探していた」


 なるほど。要は、一緒にゲームする友達が欲しかったのだ。だったら普通科のわたしなんかじゃなくて同じVR科の子の方がいいかもしれないけど、


「……もしかして、出遅れちゃった?」

「……ゲームはもうインストールしてある。起動したら新しいアカウントを作成して。キャラの作り方はチュートリアル通りに進めれば大丈夫なはず」

「あ、誤魔化した。いま誤魔化したよね?」

「チュートリアルは時間がかかるから早くして」


 今度は完全に無視された。

 でも、よく見ると頬が赤くなっている。意外と可愛いかもしれない。

 可愛い同級生の可愛いお願い。うん、一緒に遊んで欲しいって言うだけなら、とりあえず付き合ってあげてもいいかな。

 わたしはくすりと笑って、デスクトップに表示された『ファンファン』のアイコンをダブルクリックした。




 華ちゃんの言っていた通り、キャラクターの作成は意外と時間がかかった。

 名前と性別、年齢はあんまり悩まず決定。十代後半の女の子で、名前は『パトリシア』。

 時間がかかったのはこの後だ。

 キャラクターの見た目は三種類も方法があった。一番簡単な方法は完全にお任せで、一番面倒くさい方法は一から見た目を作る方法だったので、わたしは中間を選択。いくつかの項目を悩みつつ選択後、半お任せで見た目を作った。

 次は、全百問に及ぶ性格診断。

 このゲームはキャラクターごとに固有の能力──ユニークスキルを持っているのが特徴らしく、そのスキルを決めるための質問らしい。ちょっと面倒臭いな、と思いつつも、チュートリアルを担当してくれる天使の女の子が可愛かったのもあって真面目に答えた。

 最後は好きな冒険タイプを選ぶ質問。また質問だった。といっても、これは初期の装備とかが変わるだけ、ということだったので、完全に好みで「クリエイター系」を選んだ。


 こうして出来上がったわたしの分身、パトリシアはちょっと垂れ目がちな十代後半の女の子。髪の色と目の色は思い切って淡いピンクにした。ちょっとだけわたしに似てるけど、システムが美化してくれているので現実よりもずっと可愛い。


「では、新しい冒険者様。ご武運をお祈りしております」


 天使さんの別れの言葉を聞いたわたしは一瞬、眩い光に包まれたかと思うと──。


「ギャアアアアアァァァッッ!?」

「やっと終わったのね。全く、待ちくたびれたわ」

「え、あれ?」


 人間のものとはとても思えない悲鳴と、涼やかな女性の声とが続けて聞こえた。

 見回せば、わたしは何やら墓地のようなところにいた。身体は自分のものじゃなくてキャラクター、パトリシアのものに切り替わっていて、服はいかにも初期装備ですっていう感じの簡素なもの。

 傍らにはスリム体型の女性が一人。二十歳くらいだろうか。長い黒髪をそのまま垂らし、黒いローブとマントに身を包んでいる。ついでに手には節くれだった木製の杖。おそらく、さっきの声の主は彼女だろう。


「えっと、もしかして華ちゃん?」

「リアルネームで呼ばないでくれるかしら。私は黒音くろね。闇の魔術師よ」

「返事してくれたってことは華ちゃんでいいんだよね? わたしはね、パトリシア。お料理とか裁縫とかできたらいいなって──」

「漆黒の魔弾よ!」

「ギャアアアアアァァァッッ!?」


 わたしの声を遮って、なんかモンスターが死んだ!

 わたしと華ちゃん──もとい黒音ちゃんの周りには、いくつかの黒い影がある。人間っぽい形をしてるけど、よく見ると皮膚がところどころ腐り落ちててグロい。いわゆるゾンビ的なやつだ。墓地なので、そういうモンスターなんだろう。

 黒音ちゃんは墓地を徘徊するゾンビのうち、わたしたちに気づいて近寄ってくるやつに黒い弾みたいなのを飛ばして吹き飛ばしている。


「このポイントには敵が湧かないから、不用意に動くんじゃないわよLV1しょしんしゃ

「う、うん。っていうか黒音ちゃん、リアルと口調違わない?」

「はっ。くだらないリアルの私と、闇の魔術師であるこの私の態度が同じはずないでしょう? それよりパトリシア、パーティ申請飛ばしたから承認しなさい」

「あ、うん」


 目の前に出てきたパーティがなんたら、とかいうウィンドウの「OK」ボタンを押す。

 と。

 パッパラッパラー!


「え、な、何事!?」

「落ち着きなさい。ただのレベルアップ音よ」

「え、えええ?」


 と、わたしが戸惑っているうちに黒い弾はばんばん打ち出され、ゾンビが悲鳴を上げて倒れた。

 そして、その度にわたしはパッパラッパラー! というファンファーレを聞くことになった。

 やがて、一匹倒しただけじゃレベルが上がらなくなった頃には、視界の隅に表示されたレベル表示は「21」になっていた。

 レベル上げってこんなに簡単なものだっけ……? いや、経験者に手伝って貰ったら楽なのはわかるけど。


「で?」


 なおも黒い弾を発射しながら黒音ちゃんが尋ねてくる。


「あんたの固有ユニークスキルは何になったわけ?」

「あ。……えーっとね」


 天使さんから「ここに表示されてるから確認してね」と言われたのは覚えている。慣れないウィンドウを操作し、なんとか目的のスキルウィンドウを表示すると、その最初の方にあった固有スキルの欄を確認して──わたしは思わず硬直した。


「何黙ってるのよ……って」

「あ、あはは、なんだろうね、これ?」


 固有スキル欄に書かれていたスキル名は《淫具製造・魔化》という、なんとも摩訶不思議なものだった。

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