悪の魔法少女に転生したので魔法少女とたっぷり仲良く(意味深)する(2/2)

 デビュー戦の機会は妖精との出会いから三日後に来た。

 一月の間に何度か経験した怪人警報。非難する生徒達の列からそっと離れて校舎を抜け出す。認識阻害のお陰で見咎められる事はないし、俺がいない事はなんとなく「それが自然」だとスルーされる。


「さあ、行きましょうか、綿あめ」

「この際『綿あめ』は我慢するけど、くれぐれもアンジェには手を出さ──」

「いちいちうるさい。……変身」


 変身はほんの数秒で完了する。

 校舎の陰から飛び出した俺は校庭の端まで一気に駆けると跳躍してフェンスを越える。そのまま家の屋根に飛び乗って移動を始めた。

 今回の怪人出現ポイントは駅前の大通り。

 強化された身体能力のお陰で大した時間もかけずに到着。大きなハチの姿をした怪人が尻の針で通行人を襲っている。刺された者は衣擦れが我慢できなくなるらしく、服を脱いで公共電波に乗せられない姿になってしまう。


「いいわね、あの能力。欲しいわ」

「絶対魔法少女のセリフじゃない──むぐぐっ」


 綿あめの口を塞ぎつつ俺はいったん物陰に隠れた。


「そろそろアンジェが来るだろうから、まずはお手並み拝見といきましょう」


 予想通り、アンジェはすぐにやってきた。

 文字通り天使のように空から舞い降りた彼女はステッキを構えて声を上げる。


「魔法少女アンジェ・ヴィーナ参上! 怪人! わたしが来たからにはもう好きにはさせないから!」

「可愛い」

「あれが正しい魔法少女フェア」


 魔法少女の登場に怪人は動きを変え、アンジェ一人に狙いを変更する。小さめの、それでも普通のよりは大きなハチを何匹も召喚すると一斉に差し向けてきた。

 対するアンジェは杖を振り回してハチを一匹ずつ叩き落していく。意外と当たってはいるものの、見るからに効率が悪そうだ。排除が間に合わないのでちくちく刺され、小さな痒みに襲われていく。


「なにこれ、痒い! ……くっ、こうなったら!」


 翼の生えた小型犬が複数召喚され、ハチを次々と食べていく。形勢逆転である。そんな事ができるなら最初からやれ? 普通の魔法少女は喧嘩もろくにした事がない少女だ。戦い方が未熟で当たり前。何より最初から圧倒したらお約束的に美味しくない。

 ともあれ。

 怪人本体と一騎打ちになればアンジェが有利だ。強い痒み効果を持つ針をかわしながら杖による打撃を叩き込んでいく。怪人も負けじと反撃するもだんだん動きが鈍り、形勢はほぼ決してしまう。


「頃合いね」

「勝てるならこのまま大人しくしてていいフェア」

「黙りなさい綿あめ」


 適当な建物の屋上に飛び乗り、手袋に包まれた指を二人(一人と一匹?)に向ける。

 にゅるん。

 腕にまとわりつくように生まれたのはぬめぬめした薄ピンク色の触手。俺が「行け」と小さく指示すると一気に伸びて下へと向かっていく。

 驚いて飛びのくアンジェ。怪人の方は避けられずに拘束を受ける。こうなってしまえばもうこっちのもの。そのまま全身をぐるぐる巻きにして、吸収。

 吸収が終わると同時に俺は跳躍してアンジェの前に降り立った。


「だ、誰!?」


 身構える少女。突然現れて怪人を吸収した謎の少女。動揺が色濃く伝わってきて非常に楽しい。ぞくぞくとした快感に震えそうになる。

 そんな内心は表に出さず淡々と見返す。

 澄んだ瞳。吸い込まれそうな輝きから目が離せなくなる。俺が黙っている間にアンジェは少し立ち直ったのか、恐る恐る口を開いて、


「もしかして、あなたも魔法少女なの?」

「……さあ? だったら、どうなのかしら」


 用済みになった触手を消し、代わりに右腕にあるものを装着する。

 大まかに言えば籠手ガントレット。ただしその先端には鋭い針が備わっている。そう。まるでさっきの怪人と同じように。


「ブラックデザイアは倒した怪人の能力を自分の物にできるフェア! 気を付けて、ヴィーナ・アンジェ!」

「綿あめ。貴方、いったいどっちの味方なのかしら」

「ブラックデザイア……それがあなたの名前なの?」

「そこの美味しそうな妖精が付けた名前だけどね」


 あれ、これライバル魔法少女っていうか悪の魔法少女路線な気がする。まあいいか、その方が目的に沿ってるし。

 こんなチャンス、逃せるはずがない。


「アンジェ。さっきの怪人と同じように行くとは思わないことね」

「待って、デザイア! どうして魔法少女同士で……っ!?」


 アンジェが言い終わるのを待たず、俺は地面を蹴って右腕を振り上げた。



   ◆    ◆    ◆



 若宮わかみや愛菜まなはどこにでもいる普通の小学六年生だった。

 愛菜の日常が大きく変わったのは六年生になって間もない頃、妖精のミルキィと出会ってからだ。彼女からもらった力で愛菜は魔法少女に変身して怪人と戦うことになった。

 マスコミによって付けられた『ヴィーナ・アンジェ』という名前は正直恥ずかしいけれど、大好きな街と大切なみんなを守るためなら頑張れる。

 少しずつ魔法の練習をしながら怪人と戦い、なんとか街を守り続けて一か月と少し。


「ねえ、どうしてなのデザイア!」


 アンジェの前に突然現れたのは『ブラックデザイア』という黒い魔法少女だった。

 目の覚めるような美貌。妖精かお姫様のようなコスチュームに身を包んだ黒髪黒目の少女は、冷たい表情を浮かべたまま素早く襲い掛かってきた。

 予想以上の速さ。避けきれないと判断してステッキで払いのける。ガン! と思ったよりも大きな音がして、デザイアが小さく顔を歪めた。


(そうだ。この子は怪人じゃない。わたしと同じ人間なんだ……!)


 やりすぎたら怪我をさせてしまうかもしれない。自分を攻撃してきた相手であっても心配してしまう優しさが足を引っ張り、知らず知らずのうちに動きが鈍る。

 デザイアはチャンスとばかりに攻め立ててくる。

 アンジェもミルキィも知らない魔法少女。新人だとしたら物凄い才能だ。経験値では上のはずなのにあっという間に追い込まれ、ついに針が左肩をかすめた。


「あうっ!?」

「アンジェ!?」

「大丈夫だよ、ミルキィ。ちょっと身体が痒くなってきただけだから」

「でも、あの怪人の針と同じだとしたら──」


 ミルキィの心配は当たっていた。かすっただけだというのに、小さなハチに刺された時より効果が大きい。既にあった痒みと合わさって、どうにもむずむずしてたまらない。

 今すぐ服を脱いで身体を撫でまわしたい。


(そんなこと、恥ずかしくて絶対できない。でも……っ)


 デザイアの攻撃が終わりとは思えない。むずむずしたまま戦うよりはいっそ裸ですっきりした方が戦えるかも……。

 毒のせいで混乱した頭でそんなことを考えて、


「……呆れた。貴女、その程度で魔法少女を名乗っているの?」

「え……?」


 さっきまで容赦なく攻めてきていた黒い魔法少女がぴたりと動きを止めた。

 黒く深い瞳の奥には失望の色がある。


「怪人を倒した後に別の敵が現れた。その敵が思ったよりも強かったから勝てませんでした。そうやって言い訳して負けを認めるの? 貴女がやられたら次の怪人とは誰が戦うの?」

「……デザイア?」


 デザイアは動かない。

 まるでアンジェの答えを待っているかのように。

 違う。実際に待っているのだ。


(どうして? ……ううん、そっか。きっとデザイアは)


 ふっ、と、口元に笑みが浮かんだ。

 胸にぽかぽかした温かさを感じる。薄桃色のブローチを左手で押さえたアンジェは、高まったやる気によって痒みを一時的に抑え込んだ。

 ぎゅっとステッキを握り直し、構える。


「わかったよ、デザイア。わたしは負けない。諦めない。もっともっと強くなる!」

「そう。それでこそ魔法少女よ」


 次の瞬間、再びデザイアが迫ってきた。

 さっきよりも速いかもしれない。それでもアンジェは慌てなかった。どうやって対処するかはもう決まっていたからだ。

 

 動きを止めないままにデザイアが目を見開く。どうだ、と思いながらステッキを向け、そこから薄桃色の魔力の弾を打ち出す。


「いっ……けぇー!」


 黒い魔法少女は、避けられない。

 爆発。

 巻き起こった煙が風によって吹き飛ばされると──そこにはもう、あの少女の姿はなかった。


「やるじゃない。今日のところは退いてあげるわ。……またね」


 大きな怪我をさせてしまったわけではないのがその声でわかる。

 アンジェはほっと息を吐いて身体の力を抜き、そんな場合ではないことを思い出した。脱力した途端に痒みがまた襲ってきたのだ。


「アンジェ! 今日もお疲れさ──」

「ごめんなさい! ちょっと急ぐのでこれでっ!」


 労いの声をかけてくれた人に謝りながら飛び上がって学校へ。

 教室に戻るのではなく空き教室へ滑り込んだ。そこで限界が来て変身が解除される。服は戻らず、下着だけの姿だった。

 もう我慢できない。


「っ、ふっ、んううっ」


 アンジェ──もとい、愛菜は毒の効果が消えるまでの十分ほど、誰にも見つからないことを祈りながら自分の身体をまさぐり続けた。

 我慢していたものにありついた解放感とその倍近い罪悪感から、その日は友達の顔も先生の顔もまともに見られなかった。


(でも、あの子)


 ブラックデザイアの姿が頭に強く焼き付いている。

 悪い子じゃなかったと思う。

 彼女はアンジェを倒そうとはしていなかった。まるで奮起するのを待っていてくれた。それに気づいたからあそこで強い力が出せたのだ。咄嗟に思いついた飛び道具はきっと、これからの怪人戦でも役に立つ。


『またね』

「また会えるかな、デザイア」

「あの魔法少女はちょっと危険だと思うけど……」

「っ!? み、みみみミルキィ、いたの!?」


 自分の恥ずかしいところを全部見ていた者が一人だけいたことに気づいた愛菜は、それまで以上に真っ赤になった。



   ◆    ◆    ◆



「ふふっ。今頃、アンジェはお楽しみ中かしら」


 学校に戻った俺は変身を解きながら呟いた。

 かすっただけとはいえ痒み毒の針を当てたのだ。戦闘中も相当我慢していたはず。安全なところまで移動したらもう歯止めは効かないだろう。

 別にいやらしい行為ではない。ただ全身を掻くだけの行為だが、純粋なあの子は恥ずかしがるはず。その姿を想像しただけでもう、身もだえしそうなほどに嬉しくなる。我慢できないので人気がない場所でこっそり自分の身体を抱きしめた。

 口からは自然と深い吐息が漏れる。

 追いかけて観察すれば良かった。いや、さすがにそれはまずい。


「覗き見なんて変態みたいだものね」

「今でも十分変態だと思うフェア」

「綿あめ……貴方、向こうの妖精はその変な語尾してなかったじゃない。どういうこと?」

「し、喋り方に個体差があるのは人間だって一緒フェア!」


 綿あめの語尾はまあ、どうでもいいとして。


「貴方、私の能力をアンジェに明かすとかどういうつもり?」

「魔法少女同士で情報共有しても問題ないフェア。むしろ知らせない方が危険じゃないか」

「危険危険って、ちゃんと怪人も倒したでしょう」

「とどめを刺しただけで偉そうに」

「吸収しないとコピーできないのだから仕方ないわ」


 俺は怪人を吸収すればするほど強くなる。そして、怪人の能力はほとんどが人を苦しめたり尊厳を破壊するものだ。もちろん魔法少女にも効果的な反面、肝心の怪人達は個体差が大きすぎて毒やら精神操作の類があまり効かなかったりする。

 対魔法少女特化と綿あめが評したのにはそういう理由がある。

 だから、純粋な魔法少女であるアンジェは色々な意味で大切だ。


「うふふ。これからも育ててあげるからね、アンジェ」


 陶然と笑みを浮かべて俺は呟いて、綿あめに「気持ち悪い」とジト目で見られた。

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