悪の魔法少女に転生したので魔法少女とたっぷり仲良く(意味深)する(1/2)

 目が覚めたら滅茶苦茶可愛い幼女になっていた。

 最後の記憶は某大規模同人誌即売会のコスプレ広場でうっかり転んだ野郎にカメラで思いっきり殴られたこと。滅茶苦茶痛かったし、倒れた後の打ちどころも悪かったので多分死んだんだろう。


 つまり、俺は転生したらしい。


 幼女としての記憶もちゃんとある。

 夜霧よぎり哀歌あいか、五歳。デザイナーの父と専業主婦の母の間に生まれた一人っ子だ。転生した先も現代のようで一安心。

 家は新築の一軒家。他には誰も寝ていないダブルサイズのベッドから下りてリビングへ向かうと、既に起きて朝食の準備をしていた両親が「おはよう」と声をかけてきてくれた。


「今日はいつもより早いじゃない」

「いつもこのくらいに起きてくれると助かるな」

「がんばる」


 自分の口から舌足らずな高い声が漏れる違和感。

 足も短いから歩くのにも時間がかかる。面倒だが仕方ない。とりあえず俺は甘えるフリをして母の胸に飛び込んだ。


「どうしたの、怖い夢でも見た?」

「うん」


 柔らかくていい匂いがする。

 母はまだ二十代。前世では大学一年生だったので、十分に守備範囲内だ。触っても全く怒られないのは気分が良い。テーブルでコーヒーを飲んでいる三十過ぎのメガネイケメンにこの身体を好きにされていると思うと妬ましいが。

 顔を洗って来いと言われて覗き込んだ洗面所の鏡には、黒髪黒目の人形みたいな女の子がいた。


「転生ガチャ成功だな、これ」


 生活に余裕のある家庭の一人娘でしかも美少女。生まれながらの勝ち組である。いきなり女になってしまったのは抵抗があるが、将来美人に成長するであろうこの身体を自由に使えるなんて夢のようだ。

 前世では女に縁がなかった。

 しかし、今の俺なら誰も警戒しない。合法的に女の子の着替えを覗けるしスキンシップだってできる。考えただけで楽しそうである。


 男? なにそれ食べられるの?


 楽しくなってきた俺がニコニコしながらリビングへ戻ると、父親がテレビの方を指さしてくれる。


「ほら、哀歌。ちょうど魔法少女のニュースをやっているよ」

「え?」


 振り返った液晶ディスプレイの中には奇妙な光景があった。

 ヤドカリを人間サイズにして手足を与えたような──ヒーローものの怪人とでも形容するしかない化け物が、一人の女の子と戦っている。

 フリフリの衣装を纏い、可愛いステッキを片手に輝線を描いて飛び回るその子に、父の口にしたワードがぴったりと当てはまった。


 途端、きゅん、と胸が疼く。


 恋でもしたような感覚はあながち間違いではない。

 俺、そして今の俺である夜霧哀歌はどちらも魔法少女が大好きなのだ。それも、愛していると言っていいくらいに。

 そして。

 そんな俺たちがいるこの世界には、なんと、魔法少女が実在しているのである。



   ◇    ◇    ◇



 今から数年前、日本の某都市に異世界からの侵略者が現れた。

 自らを『3B』──スリーブラックと名乗った彼らは多くが人とは異なる異形の姿をしており、地球人類に自分達の奴隷となるよう要求してきた。

 当然、人類もそれに反抗したものの、敵は謎の転移技術を用いて突然、思わぬところに尖兵──『怪人』を送り込んでは人々を捕らえたり洗脳してくる。


 敗北すれば待っているのは週休二日どころか給料さえ存在しない永遠の労働。


 警察や自衛隊が手をこまねき、徐々に被害者が増え始めた頃、やはり突然に『彼女達』は現れた。

 スリーブラックとはまた別の世界の住人である妖精達から力をもらい、華やかかつ高い能力を持った姿に変身することのできる者達。

 絶望の存在である敵に対抗し、希望の力によって戦う彼女達は例外なく年若い少女であり、そのことから「魔法少女」と呼ばれるようになった。


 現在、魔法少女と怪人はいずれも増加の一途を辿っている。

 敵の戦力はいったいどれほどいるのか不明であり、ゲートの開く頻度は増加。魔法少女もまたそれに伴って数を増し、近い将来、都市毎に担当の魔法少女ができるのではないかと言われている。

 そして、幸か不幸か、俺達家族の住む街にはまだ怪人も魔法少女も現れていない。



   ◇    ◇    ◇



 若い女の子に資格があるなら俺にもチャンスがあるはず。


「わたし、魔法少女になりたい」


 俺がそう思ったのは当然の流れだった。

 というか、記憶が戻る前の哀歌おれも普通に希望していた。思い返してみると一日に一回は必ず言っているレベル。もはや口癖である。

 なのでなりたいと言っても「将来魔法少女になった時のために」とあれこれ頑張っても全く不思議がられなかった。

 むしろ娘が可愛くて仕方がない両親はせっせと魔法少女のなりきりコスとか杖のおもちゃを買ってくれた。コスプレしたまま外を歩いても可愛い&子供だから許される。むしろ可愛い可愛いと近所の人からも喜ばれた。

 率先して女の子らしくするのにも別に抵抗はない。

 コスプレイヤーを見ていて「楽しそうで羨ましい」と思った事は片手じゃ数えられないくらいある。


 もちろん、五歳じゃさすがに幼すぎる。

 魔法少女としてお呼びがかかるのは小学校高学年~中学校卒業くらいまでの間が多いそうなのでそれまでは準備期間である。

 趣味で魔法少女コスプレに勤しむ傍ら運動をしたり、バランスの良い食事を心がけたり、今のうちから紫外線対策をして将来も美少女を維持できるよう頑張ったり、授業を抜け出しがちになっても大丈夫なように復習に勤しんだり。


 努力の甲斐あってか、俺は美しさを維持したまま──いや、それまで以上に美しく成長していった。


 小学校に入学した時点で周りからの注目が集まるほど。友達を作るのも苦労するどころか「友達になりたい」という女の子が大量に集まってきた。

 女子は群れる生き物らしいし友達が多いに越した事はない。

 なるべく多くのクラスメート(男子含む)と仲良くするようにしていたら物を隠されるとかノートに悪戯されるといった嫌がらせが増えた。プライドの高い女子からの嫉妬である。わかりやすく睨んでくるのがいたので犯人はすぐわかった。

 勝てないからって嫌がらせとか見苦しい。

 頃合いを見計らって泣きまねをしてやったら担任の男性教師までこっちの味方につき、嫌がらせ女子が糾弾された。あまりにもちょろい。


 ただまあ、あまり恨みを買うのも得策ではない。

 俺はそれ以来、無限に愛想を振りまくのを止めて少人数の友人を作り、それ以外とはつかず離れずを心がけるようにした。イメージは陰のある美少女である。ビジュアル的にもそっち系なのでちょうどいい。ゆくゆくは主人公格の魔法少女と対になる役割がしたい。

 哀歌の身体はもともとスペックが高いのか、学校の成績はトップクラス。古い言葉を使えば「学園のアイドル」的立ち位置を欲しいままにできた。


 万事順調、と思っていたら思いがけない事件が起きた。

 実の父親に押し倒されたのである。


「哀歌。お父さん、少し疲れちゃったから一緒に寝てくれないか?」


 父親とは小学校入学を機に別々に寝るようになった。

 寂しそうにしていたのでスキンシップは過剰気味にしていたのだが、それが良くなかったのか、ある日母が用事で留守にした際、寝室で抱きしめられたと思ったらはあはあと息を荒げられた。

 遠慮がちに動く手が気持ち悪い。

 仕方なくその時は我慢したものの、もう一度似たような事があった際はスマホ(防犯用に持たされていた)の録音機能を使って証拠をゲット、さっさと母へ報告した。


「実の娘に手を出そうとするなんて信じられない!」

「哀歌、その事は秘密だって言っただろう!」


 両親の仲は最悪になり、二人は離婚。俺は母に引き取られて駅前の高級マンションに移り住んだ。


「……これからどうやって生活していけばいいのかしら」


 俺の養育費は父に約束させたし、別に慰謝料も払わせた。贅沢をしなければ十分やっていけるはずなのだが──デザイナーの奥様だった頃の感覚が抜けておらず、途方に暮れたように呟く母に「パートでもしたら」と告げるのを我慢して別の事を言った。


「じゃあ、わたしが稼ぐよ」

「哀歌が? どうやって?」

「芸能界とか」


 試しに芸能事務所のオーディションを受けたらあっさり合格した。

 ジュニアモデルの仕事を受けたら反響があり、仕事が増えて生活は安定。母は俺のサポートという名目で専業主婦(?)を続ける事になった。

 雑誌への露出が増えると学校でも話題になった。四年生の時には上級生の男子から告白までされた。もちろん「ごめんなさい。私、誰ともお付き合いする気はないの」と断ったが、少々しおらしくしてやるだけでそいつは怒るどころか俺を心配してくれた。


 そうして、小学六年生になったある日、とうとうこの街にも怪人が現れた。


 その日は仕事はなく、教室でみんなと授業を受けていた。すると突然街中に警報が流れ、怪人の出現を知らせてきた。遅れて校内アナウンスも入り、俺達は避難する事に。

 なかなか怪人被害を受けなかったせいか、急にやってきた危機にみんなはパニック。体育館に集まってびくびく震えることになったのだが、一時間ほど経った頃に警戒態勢は解除された。


『先程現れた怪人は魔法少女によって退治されました』


 スマホで調べてみると早速ネットに画像が上がっていた。


『新しい魔法少女登場! 名前はアンジェ・ヴィーナ!』


 衣装はピンクと白をベースにアクセントで金色。綺麗な金髪を靡かせ青い瞳を煌めかせたその少女は俺と同い年くらいだろうか。日本人のはずなのでおそらく髪や瞳は変身によって変わっている。

 魔法少女には認識阻害の力もあるので基本的に正体はバレない。

 同じ学校なのかそれとも違うのかもわからないが、顔は可愛い。綺麗系の俺とはタイプが違って愛敬のあるタイプだ。絶対的な美しさで劣っていても話せばその愛らしさで皆から愛される主人公タイプ。


「……いい」


 思わず呟いてしまう。スマホを片手に恍惚とする俺に周囲からの注目が集まる。慌てて清楚な笑みを浮かべて誤魔化したが、口元は小さくひくひくとしていた。

 そうだ、魔法少女はこうでないと。

 我が街の魔法少女──アンジェ・ヴィーナはとても好みだ。仮にアンジェと呼ぶことにしよう。


「あの子と仲良くなれないかしら」


 家で母に何気なくこぼすと眉をひそめられた。


「危ないところには行っちゃ駄目よ。お仕事もあるんだから怪我でもしたら大変でしょう」

「わかってる。でも、せっかく魔法少女が現れたんだからお話したいの」

「誰だかわからないんじゃ話のしようもないじゃない」


 その通りだ。

 やはり魔法少女と仲良くなるには魔法少女になるしかない。

 俺のところにも妖精が来てくれないか。

 願いが叶ったのか、それから一か月ほどが経った後、俺は学校の屋上で一匹の妖精と出会った。


「気づいてくれて良かったフェア!」


 妖精は綿あめのような形状をしていてなかなかに美味可愛うまかわいい。取って付けたような語尾はどうかと思うが。

 俺は彼? 彼女? に手を伸ばして感触を確かめつつ尋ねた。


「私に何の用? もしかして、魔法少女になって戦えっていうのかしら?」

「その通りフェア! 戦うのは怖いと思うけど、ボクたちには君の協力が必要なんだ! だからお願い、魔法少女になって敵と──」

「来てくれてありがとう」

「フェアッ!?」


 綿あめから生えた小さな手を握るとむしろ向こうが驚いた。


「いいの? 危険なんだよ? もしかしたら怪我とかしちゃうかも」

「たいていの怪我なら魔法で治せるんでしょう? それに私、小さい頃から魔法少女に憧れていたの。もちろんこの街の魔法少女にも一目惚れしたわ」

「そうなんだ。……そうか、それが君の素質の正体なんだね」


 魔法少女の素質はその子の持つ愛や希望の量によって決まる。だから強い思いの力を持った俺のところに妖精が来たらしい。

 長年魔法少女オタクをやってきた甲斐はあったらしい。


「どうすればいいの?」

「ボクの手を取って念じるんだ。自分の願いをしっかりと思い描いて。そうすれば最初の変身ができるはずフェア」

「わかったわ」


 俺は目を閉じて思い浮かべる。

 アンジェ。それから別の街の魔法少女達。彼女達の凛々しさと愛らしさ。彼女達と仲良くなって、そして。


「綺麗な物を染め上げる喜びは格別よね。少しずつあの子達に『未知の世界』を教えて、私色に染めていって、最後には私以外見えなくしてあげるの」

「フェアッ!? き、君は何を言って──」

「ええ、そうね。それが私の願い。さあ、聞き届けなさい!」


 光が溢れた。

 と思ったらその光はすぐに真逆のモノへと変わった。俺達の姿を覆い隠すような闇。その中で服と身体が最構成されていく妙な心地良さ。

 闇が収まった後には漆黒のコスチュームに包まれた俺の身体があった。裾が長めのワンピースタイプ。同色のロンググローブとブーツと合わせると夜会に赴く令嬢のようにも見える。胸には漆黒の宝石をあしらったブローチが飾られ、髪は黒のままで変わっていないものの幾分か長くなっているようだ。


 身体は、軽い。


 変身しただけでも身体能力が強化されるのか、今ならなんでもできそうだ。俺は深い恍惚の息を吐いてこの感覚を堪能する。


「ああ、これで魔法少「前代未聞フェア!」うるさいわね、何よ」


 滅茶苦茶可愛いだろうが、どこからどう見ても立派なライバル魔法少女だ。


「闇の属性の魔法少女、しかも君の能力は『対魔法少女に特化している』フェア! これじゃスリーブラックの奴らと大差ないフェア!」

「……なんだ、そんなこと」


 妖精はなおも「とんでもないものを生み出してしまったフェア……!」などと落ち込んでいたが、大丈夫、大した問題じゃない。


「大丈夫よ。要は怪人さえ退治すればいいんでしょう? その後に魔法少女同士が戦うのは自由。……ふふっ。利害が一致したんじゃない?」

「してないフェア!」


 抗議の声は全て無視するものとして。

 俺は一人、学校の屋上でくすくすと笑い続けたのだった。


 魔法少女『ブラックデザイア』の誕生である。

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