少年魔女の楽園追及(7/11)
「……なんかひどい目に遭った気がする」
ほかほかのカツ丼を前に箸を割りつつ龍姫はぼやいた。
斜め向かいに座る微ギャル風の少女──衣与理がけらけらと笑いながらそれに応じる。
「まあまあ。珍獣に会ったらみんなああなるって」
「俺はカピバラとかと同じ扱いか」
「や、カピバラはもうメジャーっしょ」
「ツッコミどころはそこじゃねえ」
軽く睨みながらツッコミを入れれば衣与理が口を押さえて、
「やばい、楽しい。龍姫ってけっこうノリいいよね」
完全に遊ばれていた。
上機嫌でオムライスを頬張り始めた「ノリの良すぎる」娘のことはひとまず放置する。感性がほぼ一般人の衣与理は龍姫にとって話しやすい相手だが、元の学校でもそうそう見なかったレベルで人当たりが良く、端的に言って疲れる。
龍姫の向かい──日替わりAランチを上品に口に運んでいた銀髪青目の天使、悠陽が申し訳なさそうに眉を下げて、
「本当に転校初日から迷惑ばかりおかけします」
「悠陽が謝ることはないって。俺もある程度は覚悟してた。ただ予想以上だっただだ」
午前中、龍姫は悠陽と衣与理の授業について回って魔女の学校を見学した。
国立魔女学院で行われる授業は大きく五つに分類される。
1.国数英社理など一般的な座学
2.魔女の歴史や著名な人物、過去の研究などを学ぶ座学
3.魔法の扱い方を学ぶ訓練
4.運動神経を養ったり基礎体力をつけるための体育
5.戦闘訓練
一般校のカリキュラムに魔女関連の項目が加わった形だと思っていい。
生徒たちはこれらを自由に組み合わせて自分だけの時間割を作り勉強や訓練に励む。一般企業に就職したい者は座学を多めに取るし、警察や自衛隊などを志望する者は身体を動かす授業を重視する。医者──それも魔女の医者を目指す者などはみっちり授業を詰め込んだ上で休日も自習に励むという。
悠陽と衣与理は主に一般大学への進学に向けた授業を選択していた。
見学しつつ、できる限り理解しようと努めたところ、座学についてはまあ問題ない。国語や数学などの一般科目は今までも学んでいたし魔女の歴史等もまあ、覚えればいいわけなので要領は同じだ。前の学校よりも詰め込み式で進行が速いのがキツい程度。
ただ、魔法の訓練はそうもいかなかった。
悠陽や凜々花が「現代魔法は~」と口にしていた通り、起こしたい現象を頭の中で思い浮かべれば使える、なんていう抽象的な話では全くない。デバイスがどう術式がこうと専門用語がぽんぽん飛び出す上、黒板代わりのスクリーンにはプログラミング言語のごとき表示が並ぶ。
二か月分の積み重ねがないのもあって何を言っているのかさっぱりだった。
これは補講をお願いしないとどうしようもなさそうだと強く思った。
「まあでも、勉強に関してはある程度仕方ないと思うんだよな。今まで知らなかったことを勉強するんだから、俺なりに追いつく努力をするしかない」
問題は授業前後で生徒たちに群がられたことだ。
『あ、もしかして昨日安城さんとキスしてた子?』
『制服よくお似合いですね。女装は趣味なんですか?』
『あの子とはどこまで行ったの?』
女子校なので当然みんな女子である。
可愛い子が多かったしいい匂いもして正直役得ではあったのだが、一つ答える間に二つ以上の質問が飛んでくる有様でいくら答えてもキリがない。
衣与理は助けてくれるどころか傍観しながら笑っていたし、助け舟を出してくれようとした悠陽は一緒に捕まって質問攻めに遭った。
衣与理いわく「あたしたちの取ってる授業は比較的一般人よりの子が多いから」とのこと。そのせいか、良家のお嬢様ならしてこないようなきわどい質問も交ざっており、その度に悠陽は赤面していた。
龍姫も全く大丈夫だったわけではなく、
『安城さんのどんなところが好きなの?』
『え? ええと、真面目なところに優しいところ、礼儀正しいところ、料理が上手くて気配り上手なところ、もちろん見た目も可愛いし……あ、声もいいな。こんなのいくらでも答えられるぞ』
『つまり全部好きってこと?』
『う。いや、それは、うん、まあ』
しどろもどろになりつつ答えれば「きゃー!」と歓声が上がった。
なお、悠陽はこれ以上ないくらい顔を真っ赤にしていた。
そんなのが何度も続いたのでさすがに疲れてしまった。せめてがっつり食べてエネルギー補給しないとやってられない。食堂(食堂と言ってもレストラン並みに綺麗な設備だ)は人で賑わっているせいか龍姫一人が目立つこともないようで、ちらちら見てくる生徒はいても今のところ囲まれそうな気配はない。
カツ丼も美味い。
迅速な提供が要求される分、実家近くの定食屋(龍姫のお気に入りだ)の味には敵わないが、勝負になるレベルの味という時点で驚きである。料理にも魔法が使われているのだろうか。
「でもさ、龍姫にも問題があると思うよ」
「いつの間にか呼び捨てにされてるな俺。……で、問題って?」
「それぞれ。言葉遣い。それと歩き方とか」
言いながらテーブルの下を覗き込もうとしてくるので「おい馬鹿やめろ」と言って制止した。何気なく開いていた足はぴったりと閉じて中の黒パンツは死守する。
すると衣与理は「だからそれだって」とスプーンを向けてきた。行儀が悪い。
「顔は可愛いし制服も似合ってるけどさ、それって黙って大人しく立ってた場合の話じゃん。大股で歩いて足開いて座って『俺』って言ってる子がいたら『あ、女装だな』って丸わかりだよ。悠陽もそう思うでしょ?」
水を向けられた少女は困った顔をしながら小首を傾げた。
「でも、急に変えろと言うのも龍姫さんの負担になりすぎますし……」
「無理に変えろって言ってるじゃないってば。目立ちたくないならそのための努力ができるんじゃないって話」
「確かに、それはその通りかもな」
足を開いて座るのは習慣であり癖だ。普通に男やってた頃はむしろ閉じて座っている方が「女みたい」と馬鹿にされたので、こうなったのはある意味必然。だからこそ見るからに男っぽい仕草と言える。
理屈はわかるが衣与理に言われるのは癪だ。
「じゃあお前、明日から男装しろって言われてできるか?」
「あはは、駄目だよ龍姫。女が男っぽくするのは簡単だって。周りに気遣うの止めればいいんだから」
「なんだそれずるいぞ」
男が普段楽をしているということか。
「男だって色々大変なんだぞ。甘い物食べてると馬鹿にされるし友達に『筋肉触らせてくれ』って言っただけで同性愛者扱いされるし、なのに顔が可愛いだけで『お前となら付き合えるわ』とか言われるんだ」
「……あー。龍姫さ、
心底同情するような目で見られた龍姫はなんとも言いようがない居心地の悪さを覚えた。
とりあえず足はなるべく閉じることにした。
午後は実際に魔法を使っての訓練だった。
場所は訓練場の一つ。龍姫は制服のままだが、悠陽たちは体操着に着替えている。学院の体操着は黒ベースに白のワンポイントが入ったデザイン。同じ格好の女子が集まると壮観である。悠陽以外にも明るい髪色をした生徒がいるため見ていて重い印象もない。
「そういや、俺って着替えする時どこ使えばいいんだろう」
「そうですね……学院長に相談してみた方がいいかもしれません」
「別に同じ更衣室使っていいんじゃない? 龍姫だって魔女なんでしょ?」
学院側から入学を許されているのだからそれも一理ある……が、可愛い子の多い学院生から「キモい」とか言われたらダメージがひどいので自衛はしておきたいところだ。
後で学院長にグループチャットのメッセージでも送っておくことにする。いつでも送ってきていいよ、と向こうから交換を求めてきたのだ。
「龍姫ってセラフィーナ様の後継者なんだよね? 魔法のこととか何も聞いてないの?」
「龍姫さんはあくまでセラフィーナ様から『力の受け継ぎ先として』指名されただけです。派閥の長や実務的な面を任されたわけではありませんので、教育はあくまで学院側と龍姫さん自身に一任されています」
「なるほどね。セラフィーナ様らしいかな」
龍姫にとっては「有名な魔女」くらいの認識だが、二人の口ぶりからするとセラフィーナ・レイブンクロフトはかなりの人格者らしい。一般人の感覚に近いという意味なので、ひょっとすると魔女の世界では煙たがられていたりするかもしれないが。
と。その時、視界の端に緩いウェーブのかかった金髪を見つけて顔をしかめる。
「どうしました?」
「いや。早乙女も一緒なんだな、って」
「あ……はい。早乙女さんは魔女の力──魔法の扱いに重きを置いているので、実技の授業を多く選択しているんです」
悠陽とひそひそ言いあっていると、その金髪が近寄ってきた。まさか声が聞こえたわけでもないだろうが、表情は不機嫌そうである。
ちなみに早乙女凜々花は体操服の上にジャージを纏っている。豊かな乳房によって胸部には膨らみができており、ああ、少しでも隠すために暑いのを我慢しているんだなとほっこりした。初夏にさしかかろうとしている春。もうすぐ制服も衣替えである。
凜々花が龍姫たちに近づくと他の生徒たちもそれに注目してひそひそという話し声があちこちから生まれる。
学年首席とそれを倒した転校生。
因縁としては十分である。なお、首席はあくまで成績による序列なので、決闘で負けても校内ランキング的なものが変動したりはしない。
次回の試験と共に発表される順位には決闘の戦績も加味されるので全くの無意味でもないが、今はまだ早乙女凜々花が一年生トップである。
「桜木龍姫。授業選択は決めましたの?」
ぴたり。
龍姫の前で立ち止まった少女は鋭い眼光を向けてくる。悠陽よりいくらか背が高いため目線の高さはほぼ同じだ。
「いや、まだだけど」
「そう。……まあ、ついこの間まで一般人だったような人間では迷うのも仕方ありませんわね」
「嫌味を言いに来たのかお前。その俺に負けたくせに」
「っ」
金髪お嬢様の口元がひくっと動いた。
「好きに言いなさい。あの結果をまぐれと言うつもりはありませんが、私も全力ではありませんでした。次に戦う機会があれば同じようには行きませんのでそのつもりで」
「こっちだって負けるつもりはない。なんなら今日これから決着をつけてもいいんだぜ?」
「止めておきましょう。もうすぐ授業が始まりますから」
凜々花の言葉通り、程なくして担当の教師が授業開始を宣言した。
生徒たちの輪の中に戻っていく凜々花。龍姫は逆に邪魔にならない程度の距離を取って授業を観察する。この授業はグラウンドに多数立てられた的へ魔法を撃ちこむ、スポーツで言う基礎練習がメインだ。
距離は数メートル。
決して大きくない的に当てるには十分なコントロールが要求される。凜々花との決闘した時の龍姫は「どうせ爆発するから」で多少大雑把に撃っていたため、的に当てられる自信はない。ほとんどが一年生である学院生たちもなかなかに苦戦している。
用いる魔法自体はなんでもいいらしく、火の球の他に光球だったり風のつぶてだったり、中には鉄球らしきものを誘導して当てている者もいる。マンガの世界に入ったようで見ているのは案外楽しい。
そこへ。
「安城さん。やっぱり攻撃魔法は苦手ですか?」
「はい。……申し訳ありません」
決闘の時と同じ大砲を形成した悠陽は「だめだ」とばかりに首を振って練習を切り上げた。あの規模の攻撃では的どころか地面までまとめて吹き飛ばしてしまう。当然魔力消費も大きいだろうから明らかに練習には向いていない。
教師も慣れているのか「仕方ありませんね」と頷き、練習を免除してくれた。
「無様ですわね」
悠陽が空けた場所にわざわざ入ってきて嫌味を言うのは凜々花。
しかし決して口だけではなく、彼女は小さな火の球をひとつだけ生み出しては的へと正確に当ててみせる。コントロールの正確さは龍姫との決闘で見せた通り。
やはり、早乙女凜々花は強い。
ごくりと息を呑む。もし、彼女が最初から接近戦をする覚悟を決めていたら? あるいは魔法戦に専念して龍姫を追い詰めにかかっていたら? さっきは強がったが、確かに戦いは厳しいものになっていただろう。
悠陽は唇を噛んで俯き、屈辱に耐えている。
あの娘にもトラウマを克服して欲しい。
けれど、それには悠陽自身が戦う術を身に着けるしかない。
「どうしたものかな……」
呟き、何気なく他方へと視線を向けると、衣与理がハート形のビームを撃って的をくりぬく遊びに興じていた。
「お前、形に凝ってるせいで命中率下がってるじゃねえか」
和むと同時に脱力した龍姫だった。
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