少年魔女の楽園追及(8/11)

「ご馳走様。すごく美味かった。ありがとう」

「お粗末さまでした。龍姫さん、美味しそうに食べてくださるので嬉しいです」


 夕食のメインは鮭のムニエルだった。日本人かつお嬢様である悠陽だが、西洋の血が入っているのもあって洋食も得意らしい。むしろ家では洋食の方が多いくらいだったそうだ。


「龍姫さん。好きな食べ物はありますか? やっぱりお肉でしょうか?」

「そうだなあ……好き嫌いはないつもりだけど、がっつり系のメニューが好きかな。母親からは『健康に悪いから野菜も食べろ』って怒られるけど」

「男の子ですね」


 くすりと笑った悠陽は「参考にしますね」と言ってくれた。


「できるだけ栄養のバランスが取れるように頑張ります。龍姫さんが太ってしまったりお肌が荒れてしまったら悲しいですから」

「ありがとう。まあ、俺はあんまり気にしないけど……」

「駄目です!」


 むっとしたように頬を膨らませる悠陽。初対面の印象よりもずっと表情の変わりやすい子である。


「せっかく可愛らしい容姿があるんですから、維持しないともったいないです」

「可愛いか。……褒められてるんだよな?」

「もちろんです」


 自信を持って頷かれると逆に男子としてのプライドが揺らいでくる。

 ただでさえ今日は色んな女子から「可愛い」と言われまくった。

 思い出すと恥ずかしさと同時に「ぞくぞく」とした奇妙な感覚が押し寄せてくる。変な扉を開いてしまいそうな気がするので龍姫は深く考えるのをやめた。

 まあ、可愛い方がモテるのだから容姿を維持するのはやぶさかではない。


「とりあえず、シャワー浴びて毛を剃らないとな。道具は買ってきたし」


 衣与理によると剃毛は風呂上がりに行うのがいいらしい。

 どうして知っているのかと聞くと「えっち」と若干恥ずかしそうに返された。

 悠陽もそれを思い出したのか苦笑めいた表情を浮かべ──それから小さく首を傾げた。


「あの、龍姫さん。よろしければお手伝いいたしましょうか?」

「え? それはまあ、自分でやるより楽だろうけど……」


 風呂上がり。剃毛。お手伝い。

 気恥ずかしいものを感じて沈黙すると、少女も次第に頬を染め始めた。「ち、違います」。言い訳しようとした唇は言葉を紡ぐのを止め、代わりに小さな吐息を漏らした。

 テーブル越しに上目遣いが飛んできて、


「その、お付き合いしているわけですから、いずれは通る道ではないかと。……だめ、ですか?」

「よろしくお願いします」


 女の子にここまで言われて「ノー」と言えるわけがない龍姫だった。


「で、では、また後で」

「あ、ああ。少し食休みしてからゆっくりシャワーにするから」


 せめて洗い物くらいはと片付けを手伝ってからさらに少し時間を置いてシャワーを浴びることにした。

 ここは個人の部屋にシャワールームが付いている。小さめのバスタブも用意された万全のつくりで、お陰で「風呂場でばったり」なんていうハプニングは起きない。


 ただ、どちらかが敢えて訪ねてくるのであればその限りではなく。


 龍姫は脱衣所で服を脱ぎながら「はあ」とため息をついた。

 着ていたのは学院指定のジャージ。悠陽から借りたものは洗濯して返却することにし、自分用のものをあらためて部屋着にした。どうせこれから暑くなってくるのでしばらく外で着る機会はないはずだ。

 服が取り払われると露わになるのはあまり他人様に自慢できない身体だ。

 ぶっちゃけ筋肉はあまりない。

 体質的なものなので仕方ないのだが、今日ばかりは「今からでも腕立てしようかな」とか思ってしまう。何しろこれから悠陽に見られるわけで。


「別にやましいことするわけじゃないのになんでこんな緊張するんだ……」


 ぶつぶつと呟きつつ、せめてもの配慮として普段より丁寧に全身くまなく綺麗にした。

 タオルで髪と身体を拭いた後、着替えをどうしようかという初歩的な悩みを覚え、結局元のジャージに着替えた。下着は一応新しいもの──今度は白の上下を選んだ。

 なんだかもう、彼女を待ってるんだか自分が彼女役なんだかわからない。

 しばらくしてノックの音がして、


「龍姫さん? 入っても大丈夫でしょうか?」

「あ、ああ。どうぞ」


 返事の後、やや遠慮がちにドアが開いた。

 入ってきたのは白いパジャマを着て、髪をほんのり湿らせた悠陽だった。

 恋人の思わぬ無防備な姿に胸が一気に跳ねる。女の子の風呂上がりなんて中学の修学旅行でも見られなかった。

 じっと見つめていると恥ずかしそうに目を伏せて、


「すみません。私も身を清めておこうかと……」

「いや。その、すごく綺麗だ」

「あ、ありがとうございます……」


 お互いしどろもどろになりつつ「本来の目的を済ませよう」ということになった。

 道具は女性用のシェーバーとシェービング剤。龍姫は男子にしては毛が薄い方なので、肌を傷つけないためにレディースの方がいいだろうということになった。

 剃りやすいように龍姫はベッドに腰かけ、悠陽がその前にちょこんと座る。クッションでも用意すれば良かったと今更思った。

 少女が若干潤んだ瞳で龍姫を見上げて、


「あの、龍姫さん。脱いでいただけますか……?」


 もしかして挑発されているのか。


「あっ……!? ち、違います! ただその、服を着たままだと剃りづらいので、できれば……!」

「あ、ああ、そうだよな。ごめん、すぐ脱ぐから……!」


 上を着たまま下だけを脱ぎ、なんとなく放り出すのもアレかなと丁寧に畳んで傍らに置いてからベッドに座り直した。

 白いパンツだけになった下半身が恥ずかしくて自然と内股になる。

 悠陽もほんのりと頬を染めながら龍姫を見つめて。


「綺麗です」


 ほとんど体毛の生えていない部分を指でなぞった。


「ゆ、悠陽。恥ずかしいから……っ」

「大丈夫です。私、龍姫さんの裸を見るの、嫌じゃありませんから」

「それ、って」


 唾を呑み込む。少女の目を見つめられない。


「……私、自分で思っていたよりもずっとはしたない子みたいなんです」


 クリームを乗せたシェーバーが肌に沿って動き始める。

 どちらもそこそこ高いものを選んだお陰か痛みは感じない。柔らかいものでくすぐられているような感触に声が出そうになるのをなんとか堪える。

 シェーバーの通った後は見違えたようにすっきりして素肌だけが残る。

 丁寧にクリームを除去したら化粧水で保湿してやれば完成だ。産毛すら残っていないすべすべの肌はなんだか自分の身体じゃないみたいで不思議な感覚だが、いつもより感覚が鋭くなったようにも思えてあながち悪い気分でもなかった。


「この状態でタイツ穿いたら気持ちいいのかな」

「きっと肌触りはいいと思います。……そうだ。せっかくですから腕の毛も剃ってしまいませんか?」

「いいのか?」

「はい。いっぺんにやってしまった方が絶対に楽です」


 これから半袖になる季節だ。どうせなら剃ってしまった方がいいと言う悠陽に「それじゃあ」とお願いする。さすがに上まで脱ぐのは恥ずかしいので前のファスナーを開け、剃っている方の腕だけを抜く形で半脱ぎをキープした。

 もちろん上半身に移行した時点で下は着ている。


「あんまり男らしくないだろ、俺の身体」

「そうでしょうか……? 私は素敵だと思います、龍姫さんの身体」

「悠陽もけっこう女の子好きなのか、ひょっとして?」

「どうなんでしょうか……よくわかりません。身の回りにはあまり男性がいなかったので、威圧感のない男性が好みなんだと思います」

「じゃあ、俺は?」


 シェーバーの動きがぴたりと止まって、代わりに青い瞳が見上げてくる。


「綺麗で、可愛らしくて……なのに、とても格好いいと思います。魔法の力を授かったばかりなのに、私の代わりに戦ってくれました」

「好きな娘のためならそれくらい当然だよ」


 お互い、ものすごく恥ずかしいことを言っているのに気づいて沈黙する。

 後の作業は黙々と行われ、腕の毛も見事につるつるになった。役目を終えた悠陽はシェーバーを手にしたまま龍姫の股の間に視線を送ってきたが、さすがにそこまでお願いする勇気はない。というか下手にそこを晒すと大変なことになる。

 いそいそとジャージを着直しながら、龍姫は少女にそっと尋ねた。


「なあ、悠陽。攻撃魔法が使えないのってなにか理由があるのか?」


 途端、整った顔立ちから表情が抜け落ちた。

 返事などなくてもそれが何よりも明確に答えを示している。


「言いづらいことなら言わなくていいんだ。……ただ、もし克服できたらきっと、早乙女に勝つのだって無理じゃないなって」

「そんな。……私じゃ」


 無理だとは口に出さないまま、悠陽は自嘲めいた笑みを浮かべた。


「昔、母を傷つけてしまったことがあるんです。私の使った攻撃魔法のせいで、母の左腕は危うく使えなくなるところでした。……それ以来、私はどうしても人を攻撃することができません」

「……そっか。話してくれて、ありがとう」


 淡々と事実だけを語るのにもきっと勇気が要ったはず。在りし日の出来事を可能な限り想像しながら深く頷く。

 過去のトラウマ。

 簡単に乗り越えられないのは当たり前だ。昔は戦争もあったらしいが、今は平和な時代。人を傷つける力なんてなくても構わない。まして、一撃で人を殺せるような力なら猶更だ。

 実際、悠陽も徒手格闘ならなんとか様になっていたわけで、ポイントは「後遺症が残りかねないような攻撃かどうか」なのだろう。


 安易に「乗り越えよう」とは言えない。

 龍姫はそう判断した。

 悠陽のあの攻撃は格好良かったが、これはゲームでもマンガでもない。大威力の攻撃を直撃させれば人が死ぬのだ。

 実際に凜々花を殺しかけた龍姫にもその恐怖はわかる。人の死を背負う覚悟なんて高校一年生の彼らにあるわけがない。

 だから代わりに笑って告げる。


「じゃあさ。俺に魔法を教えてくれないか?」

「え。魔法を、ですか?」

「ああ」


 もちろん補講は受けるつもりだ。そこでも手取り足取り教えてくれるだろう。

 だが、


「悠陽は真面目で丁寧だからきっと勉強も捗るかなって。それに、初心者に教えることでなにか思いつくかもしれないだろ」

「なにか、というと」

「あんな魔法使わなくても早乙女に勝つ方法とか」


 決闘は試合なのだから相手のHPをゼロにしなくても構わないのだ。凜々花だってスピードと手数重視で大威力の攻撃は放ってこなかったわけで。

 相手を拘束して動けなくするとか、相手が疲れ切るまで耐え続けるとか、そういう方法で戦ってもいいはずなのである。


「だから、俺も勉強するから一緒に考えないか? あいつに勝つ方法」


 男だからと白い目で見られていた龍姫でも凜々花に勝って女装を始めただけでかなり好意的に見てもらえた。

 力を示すことが結果に繋がるというのなら、悠陽の価値を龍姫が証明してやる。


「きっと衣与理あいつも手伝ってくれるだろ。……駄目かな?」

「……いいえ」


 白い両手が伸びてきた。

 思った時にはもう、立ち上がった悠陽に抱きつかれてきた。勢い余って背中からベッドに倒れ込む。柔らかい。その上、長い銀髪からシャンプーの香りがする。

 お互いの胸が高鳴っているのが否応なしにわかって、その上、シャワーの影響で体温も少し上がっている。


「ありがとうございます、龍姫さん。私からもお願いします」

「ああ」


 囁くように入ってきた声はどこか涙の影響を受けていた。

 龍姫はこみ上げてきた愛おしさに逆らわず、下半身の良くない興奮を吹き飛ばして悠陽の細い身体をぎゅっと抱きしめた。

 二人の鼓動が落ち着くまでにはそれから数分の時が必要だった。

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