第2話 BGMが止まったら、もうホラーなんよ

 小里明菜こさとあきな、十六歳。僕と同じ永和とおわ高校に通う二年生である。


 彼女の印象を一言で言えば――『図書委員』であろう。(実際、一年の時は図書委員だった)

 黒髪ショート、眼鏡、物静かで本が好き。男が苦手でいつも八字眉だが、そんなところが庇護欲をそそる、背の小さな美少女。


「ぐへへ……へへ……」


 それゆえに、あのような変態手合いから狙われるのだ。


 小太りで無精髭のおっさんは、涎を垂らしながら小里の尻をまさぐっている。二人もまた扉前だ。ここからでもよう見える。


「……っ……ぅ……」


 片や小里は怯えながら手摺を掴み、必死に時間が過ぎ去るのを待っているようだ。しかし、学校の最寄り駅までは、あともう少し時間がかかる。それまで耐えるなど、さぞ辛いことだろう。


【・救う ▼救わない】


 そこでこの選択肢ちゃんだ。ここで彼女を救えば、漏れなくルート確定。小里明菜編がスタートする。


 と、カーソルを動かしながら一考する僕。……まあ、最初は彼女でいいだろう。一周目の僕もそうだったしね。なぞっていくのも悪くない。


 ってなわけで、僕は【▼救う】を選択。「あ、おはよう小里さん」とわざとらしく挨拶しながら人を掻き分け、強引に彼女と変態男、その間に割り込んでいく。


「チッ……」


 すると、痴漢野郎は即座に撤退。また別の獲物でも探すのか、どこぞへと消えていった。


「――ッ⁉ お、おはようございます。早乙女くん……!」


 一方、当の小里明菜はそれはそれは驚き、そして安堵した面持ちをこちらに向けている。よかったねぇ……いや、よかったのかな?


 ちなみに彼女と僕は元クラスメイト。だから、お互い顔見知りなのだ。そして、この後も同じクラスになる。しかも隣の席に。ネタバレして悪いけどね。


「いやぁ~、もう二年かぁ。時が経つのは早いねぇ~」

「そ、そうですね……! ほんと、ほんと……」


 そう言って彼女は頬を染めつつ、乱れたスカートを正している。それに気付かないフリ(メンドクサイ)してやるのが……デキる男の嗜みだ。



 学校前駅まで談笑すること幾星霜。到着と相成った僕と小里明菜は、せっかくだからと共に登校することに。


 さて、ここまで一連の流れを見て、ふと『君』たちは思ったことだろう。なぜ痴漢男を捕まえなかったのか? ってね。


 何故かと申すと――目立ちたくなかったからだ。捕まえたらどうなると思う? その後、駅員に引き渡すなり、警察が来るなりして、当然時間がかかる。となれば、学校に行くのが遅れるわけで理由を話さなきゃならない。で、その話がなんか知らない間に広まっちゃって、一躍時の人に。ちょっとしたヒーローの出来上がりってわけさ。


 別にそれが悪いことだとは言わない。ただ、僕にとってそれは死活問題なのだ。何故なら目立つと……織姫絆桜あの女が嗅ぎつけるから。


 僕も最初の頃はヒーローとして持て囃され、気持ちよくなってたこともあった。小里明菜も僕を好いてくれた。お恥ずかしいことだが、随分とイキリ散らしたもんだよ。


 ……でも、それは一瞬の煌めき。すぐ真っ暗になった。ブッ殺されたことによってね。


 他の女と急接近すれば、自ずと織姫絆桜あの女の嗅ぎつけるスピードも上がるってなもの。だからこれは長生きするためのコツさ。何度も繰り返せるからって、次も繰り返せるとは限らない。


 人は死に直面した時、『安定』を求めるものなのさ。もうこんな真似はしない。ちゃんと長生きしよう……ってな具合にね。


 いい機会だ。ここで僕の目標でも発表させていただこう。どんな主人公にでも必ず、目指すべきものってのがあるからね。それに向かって突き進む姿は、きっと人々の心を打つはずだ。僕にだってそれくらいの権利はあるだろう。


 では、発表します。僕の目標は――『この世界からの脱却』だ。


 この無味乾燥な世界から抜け出し、最後まで自由に生きてみたい。その為なら最悪、織姫絆桜あの女を亡き者にすることだって厭わない。


 ま、そんなルートがあればの話だけどね。



「あ! 名前ありましたよ。同じクラスです!」


 道中大幅カットの術により、我々はもう既に二年B組、その教室前の廊下に到着していた。

 先程とは一転し、小里明菜は嬉々とした面持ちで、壁に張り出されたクラス表、からの僕という順番で視線を移している。


「お、ほんとだ! また一年よろしくね。小里さん!」


 なので僕も笑顔でそう返した。こうやって毎回へらへら愛想を振りまくのも、結構疲れるもので――




「――おはよう。わたるくん?」




 なーんて同情を誘っていた折、突として死角から凛とした声が。


 出方が完全にホラーだ。もしBGMがあったら、今ので間違いなく止まっていたことだろう。

 とはいえ、当の僕は九十七周目。さすがにもう驚きはしない。ぬるりと振り向くなり、淡々と彼女の名を呼び返す。


「やあ、おはよう。……絆桜」


 我が幼馴染、織姫絆桜おりひめほたるの名をね。


「フッフフ……私もB組になったんだぁ。やっと一緒のクラスになれたね?」


 奴はまた恍惚な顔で、壁に張り出されたクラス表を指差している。



 その瞳孔を極限にまで開かせながら、ね。

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