第一章 小里明奈 編

第1話 九十七週目の朝

 AM.7:00――


 ジリリリリ――ッ‼ と、朝っぱらからけたたましい音を奏でる古の目覚まし時計により、僕こと早乙女渉さおとめわたるは何度目かの覚醒を迎える。


【▼起きる ・まだ起きない】


 選択肢ちゃんが出てきているが、前回も話したように『君』たちが選ぶことは一度としてない。なので目覚ましは僕の方で止めさせていただいた。こいつが鳴らないと強制的に【▼まだ起きない】になってしまうので、それはそれは丁重にね。


 ゆるりと体を起こし、寝惚け眼で飛び跳ねた寝癖頭をポリポリ。さてさて、まず確認するのは、今が何時か? などではなく……


『四月八日』


 今がいつなのか? である。


 カレンダーは四月のまま。ちなみに断っておくけど、『掛けっぱ放置勢』などでは決してない。その派閥とはもう決別した。今ではちゃんと月初めにめくって使い切るタイプである。


 ま、要は何が言いたいかというと……ということだ。ゲームの世界ではないと例えた手前、こんな言い方をするのはアレだけど、いわゆる『NewGame+』とかいうやつで――


「お兄ちゃん! いつまで寝てるの⁉ 今日、始業式でしょ!」


 などと解説していると、ナイスタイミングで我が妹、早乙女花さおとめはなが白き制服姿でご入場。先程の目覚まし同様、けたたましい音と共にドアを開け放ちながらな。


 花は僕の一個下で、本日、僕が通っている『永和高校とおわこうこう』に入学する高校一年生。

 黒のポニーテールと猫のような吊り目がトレードマークの、身内の贔屓目なしに見ても類まれな、トンデモ美少女である。


 おかしいな? 兄たる僕が『何の変哲もない普通の高校生』という役職に就いてやってるのに、この差は何だ? 絶対、別の血ィ混ざってるだろ。……などとツッコんではいけない。もうそういう世界なのだ。今日もこれで決まり。主人公の周り全員美少女丼の完成です。


「って……もう起きてたんだ? いっつもギリギリなのに珍しっ」


 と、何故だか拗ね気味に口を尖らせる花ちゃん。


 そういえば僕は遅刻魔だったっけ? もう忘れちゃったよ、そんな設定。とはいえ、遅刻をする奴はクズだからな。そんなもん、最初っからない方がいいだろう。多少変えたところで大した問題じゃない。


「なぁんだ……。せっかく花が起こしてあげようと思ってたのに……」


 そんな中、我が妹は何やら頬を染め、残念そうに呟いておられる。


 一応、解説しておくと、ここで【▼まだ起きない】を選択すると『妹ルート』に突入する。……が、それはまた別のお話。僕がこの世界から脱却できてなければ、いつか語ることもあるだろう。


 なので僕はこう返す……


「え? なんだって?」


 ってね。


「――なっ、なんでもないっ‼」


 すると、当の花はさらに顔を真っ赤にさせ、またぞろドアをバシーンと閉めることで、爆音を奏でながらご退場。どうやら効果覿面のようだ。


 こうして僕は毎周、降りかかるフラグを元から断っていく。この伝家の宝刀――『え? なんだって?』でね。


 ……自分で言ってて虚しくなるな。うん。



 さて、朝の準備やら何やらはもう全部カットだ。何故かと申せば、今回でこの朝が――『九十七週目』だからである。


 一応、百周目までは数えようと思ってる。『百周より先は数えてない』って台詞を言うのが、ちょっとした目標だからだ。悲しいかな、これくらいしか楽しみがない。


 なのでこういう細かいとこは端折っていく。一々、説明してたら僕の身が持たないんでね。さっさと新たな学園生活でも始めまショ。


 というわけで、電車を乗り継いで幾星霜。扉前あたりに陣取っていると、車内は徐々に満員へ。他の生徒もチラホラ散見されてきた。どんどこ憂鬱な気分になっていく。こういうのは何度経験しても慣れないな。


 ……え? そもそもなんでお前はそんなメタれるのかって? しょうがないなぁ……。そこまで言ってもいないだろうけど、せっかくだから教えて進ぜよう。





 わからん。



 ………………………………


 ………………


 ……


 いや、本当に知らないんだ。ただ、としか言いようがない。まあ、強いて言えば僕が主人公だからかな? なんにせよ神様的なやつが出てきて、ご教授願えるような親切設計でないことは確かだ。


 よってここから先は、ちょっとした『ルール説明』を挟ませていただく。これを読んでいただければ、すぐ理解できることだろう。


 この世界がいかに理不尽なのかを、ね……


■ルールその一。幼馴染である織姫絆桜おりひめほたるに、自分がメタっていることを話してはならない。


 まあ、正確に言えばんだけどね。何度か試そうと思ったんだけど、言葉自体が発せなくなって、これは無理だった。


■ルールその二。本来あるルートから、あまりにも逸脱した行為をすると、バグとして織姫絆桜に殺害される。


 一回、もうどうなってもいいやと思って、我らが日本の裏側、ブラジルとかウルグアイまで旅立ったんだけど、これも敢え無く失敗。どこまでも追いかけてきて首ちょんぱだった。


■ルールその三。織姫絆桜のルートは……存在しない。


 これが一番厄介……。さっさと絆桜を受け入れればいいじゃないか? という意見を真っ向からねじ伏せる要素。だからこそ僕は毎度毎度、殺される羽目になっているのだ。理由は知らん。


 あとこまごまとしたやつが何個かあるけど、まあ大体はこんなところだろう。お話の続きは……



【▼救う ・救わない】



 あそこで痴漢に遭ってるヒロイン、小里明菜こさとあきなへの対応を決めてからだ。

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