メタる彼女と、それをメタる僕。

最十 レイ

序章

プロローグ メタる彼女は猟奇的

 七月某日――


 カラッとした陽気、蝉の声……。それらを遠くに感じるここは、とある学校の体育倉庫。そこら中、跳び箱やらマットやらが積まれた、なんの変哲もない普通の倉庫だ。


 床はひんやりと冷たく、日が当たらないこともあってか、寝転がったら涼めること請け合い。夏場の穴場スポットとしても、そこそこのポテンシャルを秘めていると言っていいだろう。


 さらに特筆すべきは錠が古くて、それこそチャリンコの鍵をヘアピンで開けられるくらいの手軽さで……え? 何故そんなに詳しいのかって? そりゃあそうだよ。だって今、僕が……


「これを見てる『君』に話してるんだよ⁉」


 血だらけで倒れてるんだから。


 土手っ腹に開いた風穴から、ペンキをぶちまけたかの如く、ドクドクと流れ出ていく赤、赤、赤。そう。ひんやりしていたのは床ではなく、奪われゆく体温の方というオチ。あぁー、意識が遠のいてきた。


「そうやって画面の前でピコピコボタンを押してるだけ! どうせロードし直せばいいと思ってるんでしょ⁉」


 さて、そろそろ話を、この訳の分からないことを抜かしている頭のおかしい女に戻すとしよう。


 彼女は僕こと早乙女渉さおとめわたるの幼馴染、織姫絆桜おりひめほたる

 黒髪ロングでスタイル抜群。頭や性格はもちろん、容姿も完璧と、まさに非の打ち所がないザ・美少女だ。運動神経も僕なんかより良くて、余所の部活から応援を頼まれるほどだとか。


 しかし……今の彼女はそのイメージの真逆を突っ走っていた。


 目をひん剥き、返り血で染まったナイフを握り締めている。いつもの清楚さそこにはなく、あるのはそう……意味不明な言動と、猟奇的な思考のみだった。


 ただまあ、彼女の名誉の為に……と言っても、もうそんなものないかもしれないけど、一応、昔から知る幼馴染として訂正しておこう。普段の絆桜はそんな子ではない。みんなからも口を揃えて言われてたからさ。――『優等生だ』ってね。


「無駄だからね? セーブデータは、ぜーんぶ壊しちゃったから。『君』は私とずーっと一緒なの。他の子になんて見向きはさせない!」


 絆桜は相変わらず僕……いや、『君』に語りかけている。果たして『君』とは一体誰なのか? 普通ならなんのこっちゃって感じだろう。僕の幼馴染はイカれちゃったのかってね。


 でも、あいにく――僕は


「だからぁ……最後に選ばせてあげるぅ……。私を受け入れるのかぁ……受け入れないのかぁ! さあ……どっち?」


 【▼受け入れる ・受け入れる】


「ほらぁ……早く決めなよぉ……?」


 【・受け入れる ▼受け入れる】


 と、恍惚とした顔で見下ろしてくる我が幼馴染、織姫絆桜。


 おっかしいなぁ? カーソルを動かしても『受け入れる』しかないや。まさにその強引さは王道RPGが如し。どうあっても、規定ルートから外したくないらしい。


 ……あぁ、別に『君』たちは選ばなくていいよ? これは僕に与えられた選択肢ちゃんだから。ま、絆桜の方はそう思ってないみたいだけど……


「もぉ~……相変わらず優柔不断なんだからぁ~。じゃあ、私が背中を押してあげる。はい!」


 【・@-21rk:i93 ▼受け入れる】


 あ……勝手に消すなよな、選択肢。そういうとこがあるから、除け者なんだぞ。


「さあ、選んで? ワ・タ・ルくん?」


 そう言って膝に手を置き、見下ろしてくる絆桜の口元は笑っていた。……が、瞳孔が開いていて完全にイッちまってる。おまけにナイフもちらつかせていた。見る人が見たらホラーだな。


 とまあ、このまま引き延ばしても時間の無駄なので、僕は渋々【▼受け入れる】の選択をすることに。


「やったぁ! やっぱり『君』は私を受け入れてくれると思ってたんだぁ!」


 絆桜は持っていたナイフを捨てると、手のひらをパチンと合わせ、喜びを表現するかのように、ぴょんとその場で飛び跳ねた。よくもまあ、死にかけの人間を前にして、そんな態度が取れる……


「これでずーっと一緒……。だから、もう他の子と仲良くなっちゃダメだよ?」


 そして僕に添い寝しては、勝手に恋人繋ぎしてくる絆桜。


「新しいデータを作ってもダメ。必ず迎えに行くから。今も昔も、この先だって……『君』は私のモノ」


 次いで目の奥をハートに輝かせ、すりすりと肩へ顔をこすらせる。女の子特有の甘い香りは血の匂いと混ざり、僕の鼻腔を蹂躙していく。


 ……さて、そろそろ『君』たちも察しがついた頃だろう。そう。我が幼馴染、織姫絆桜は『君』たちのことを――だと思い込んでる。


 いわゆるメタ要素を含んだヒロイン……ということになるが、この女は一つ決定的な勘違いをしている。


「あ、心配しないで? ちゃんとバレないように保管するからさ」


 だってこの作品の媒体……


「私の――『ナカ』、でね?」



 小説だから。



 プレイヤーなどいない。選択肢を選んでいる存在もいない。居るのは僕と……『君』たち読者だけ。



 これはこの世界がゲームだと思い込んでメタる彼女と、それをさらにメタる僕の……ちょっと奇妙で奇天烈で、摩訶で不思議な……物語。

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