169 敗北を糧に②

 単純で、なおかつわかりやすい質問を尋ねた。

 するとエヴァ先輩は、俺をじっとみつめて、ふふふと笑う。


「あなたは十分強いじゃない。どうしてそんなに悩むの」

「……一番になりたいんです」

「あら、どうして?」


 その言葉に、ハッとさせられる。

 ……わからない。


 僕はなぜ、一番になりたいんだろうか。

 

 やりたいことは明確だ。

 世界各地で起きている出来事、魔物、苦しみをできるだけ取り除きたい。

 その為には……一番になる必要がある。


 いや、本当にあるのだろうか。


「……すみません。そういわれるとわからないです。色々とやりたいことあります。けど、それが一番じゃないできないかどうかは……」

「ふふふ、正直でいいわねえ。この学園の一番は確かに称賛されるわ。凄い、カッコイイ、綺麗、カワイイ、強い。でも、そんなのって何の意味があると思う? 私はねえ、最強になりたいと思ってここへ来たの。確かに人よりは強いかもしれない。けど、意味ないのよ」

「意味ってのは……」

「結局、みんな支え合って生きてるからねえ。あなたがたとえ弱くても、隣の人が強ければいいんじゃない?」


 その言葉に、ハッとさせられた。

 今まで自分が強くなければ世界は変わらないと思っていた。

 でも、そうじゃない。


 例えば僕が一番強くても、例え最強でも、変わらない。

 頭のどこかでわかっていた。ただ、頑張る理由が欲しかった。


 でも、悔しい。


 勝ちたいという気持ちがある。


 これが、なんなのかわからない。


「でも、エヴァ先輩は強いです。その景色は、どんなものですか?」

「――退屈」


 僕の両頬を掴んで、ふふふと笑う。


「私より強い人はまあ、そうそういないけど、それで何か変わるわけじゃなかったわ。欲しいものは、手に入らないことの方が多いしね」

「……それは、あのもう一人のエヴァさんと関係してますか?」

「あら、それはめんどくさい質問ね。でも、そうかもしれないわ」


 エヴァさんは強い。強すぎる。

 それでも、本当に望んでいるものは手に入っていないということだ。


「でも強くなりたいのなら、強くなる方法、教えてあげるわよ」

「本当ですか? どうすれば――」

「負けないこと」

「……はい?」

「負けを認めなければ、勝てるのよ。どんな時でも、どんな場面でも」

「それ、なんか違いませんか?」

「違わないわ。最後に勝てばいいのよ。過程は大事かもしれない。でも、結果が全てでしょ?」


 その言葉に、僕は師匠たちの言葉を思い出した。

 そうだ。この試験は、まだ過程だ。


 シンティアさんとのパートナーが解消されたわけでも、ノブレスを卒業したわけでも、まだ世界を変えられているわけでもない。

 今落ち込むのは、意味がない。


「……その通りです。僕、頑張ります」

「ふふふ、でもそんなに強くなりたいのなら、少しだけお稽古つけてあげようか」

「いいんですか!? あ、でも――」


 僕の模倣を知ってから、多くの人は戦うのを拒否するようになった。


「どうせ盗めないわ。――ほら、そこのお二人さんも良かったらどう?」


 エヴァさんの視線、後ろを振り返ると、二人の影が見えた。

 頭をペコペコしながら現れたのは、デュークとシャリーだ。


「え、いつのまに!?」

「すまねえ、途中からいつ入ればいいわかんなくてな」

「ごめんね、アレン」


 二人は優しい。きっと、僕が落ち込んでいるのがわかったのだろう。

 今回の試験の敗北、デュークはいつもよりも落ち込んでいた。でも、それ以上に次は勝つと気合が入っていた。

 シャリーは勝利したが、自分の力ではないとハッキリと言い切った。


 僕たちはまだ過程だ。それを悔やむことも、立ち止まることも、意味がない。


「よし……。エヴァ先輩、よろしくお願いしまあああああああええええ!?」


 次の瞬間、身体が真っ逆さまになり、屋上から突き落とされる。


 ははっ、そうだ。僕たちの戦いはこれからだ。


 飛行魔法で体勢を元に戻して、光の剣を構える。


「――よろしくお願いします」


 敗北を糧に、僕は、もっと強くなる。




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