147 勝利の余韻

 目を覚ますと見知らぬ天井、ってのは創作物でありがちだ。

 で、今の俺の視界に移るのは、天井どころじゃねえ。


 煌びやかな装飾に天蓋付きのベッド、壁には高級絵画に驚くほど高い絨毯。


 仮にも俺も貴族だ。クソ高ぇことぐらいすぐわかった。


 けど、それよりも――。


「……何してるんだ」


 俺の左右で、シンティアとリリスがスヤスヤと眠っていた。

 いつもなら飛び起きるリリスも起きる気配がない。

 起こさないよう静かにベッドから降りる。


 裸足ということもあって、絨毯の感触が気持ちがいい。

 窓をのぞき込むと、街が見えた。


 真ん中には大きな時計台。


「……まさか」


 その瞬間、シンティアの声がした。


「起きた……のですか!? ヴァイス、身体は、身体は大丈夫ですか!?」

「ああ、ってかなにして――」

「ヴァイス様!?」


 同じようにリリスも飛び起きると、ふたたび俺をベッドに座らせる。

 まるで脈を図るかのように腕を掴むシンティア。

 現代ならわかるが……なんだ、どこで覚えたんだ?


「問題ないですね。身体は痛くありませんか? 違和感はありませんか?」

「何もない。むしろスッキリしてるくらいだ」


 ああ、だがなんか違和感がある。

 誰かと話していたような、思い出せないが。


 いや、つうか――。


「ソフィアはどうなった!?」


 なぜすぐ思い出せなかったのか。頭にもやがかかっているかのようだ。

 俺は、俺とアレンとソフィアは結果に閉じ込められ、そして――。


 そのとき、扉が勢いよく開く。


「ヴァイス――!? 起きたのね!?」


 そこにいたのは、五体満足のソフィア姫だった。


「……生きてたかお転婆」

「誰がお転婆よ。シンティアさん、リリスさん、突然開けてごめんなさい」

「そんなことありませんわ。こちらこそ、ありがとうございます」


 訳が分からない。誰か説明してくれと思っていたら、リリスが教えてくれた。


「ヴァイス様はずっと眠っていたんです。それも、三日間」

「……は? 三日?」

「はい」

「何の嘘だ?」

「本当です。本当に、三日間眠っていたんですよ」


 シンティアの真剣な瞳に、俺は驚きを隠せなかった。

 三日だと?


 ……いや、そもそもどうやってあの状態から助かった?

 アレンか? いや、ありえない。

 

「ソフィア、あの結界の中でなぜ俺たちは助かった?」

「いきなり私を呼び捨てにするのはさすがね」

「さんづけするから教えてくれ」

「……覚えてないの。私は気絶していたし、一緒にいたアレンくんも戦った、ということしか教えてくれなかった」

「そうか。アレン、アレンはどこだ?」

「ヴァイス、落ち着いて。ひとまず説明しますわ」

「……ああ」


 シンティア曰く、結界が解けた後、俺は気絶してたらしい。

 そしてアレンがソフィア姫を抱きかかえていたとのことだった。


 そして魔族は、なぜかかなり魔力を消費し、満身創痍だったと。


 さらに――。


「なんだと?」

「魔族は『今回のげぇむは私たちの負け。今後、ソフィア姫に手は出さないから安心していいわよ』と言ってました」


 リリスの言葉に、俺は余計に混乱した。

 げぇむだと……。


 原作、ノブレス・オブリージュでは大満月の日にソフィアは殺される。

 俺はそれを知っていたし、だからこそ覆そうとした。


 ……そして俺も耳にした『げぇむ』という発音、更にラコムは『効果音』とも言っていた。

 

 偶然とは思えない。


 ……魔王は、俺と同じ原作を知っている奴ということか?


 そしてそれを、楽しんでいるということか?


 ……わからない。


「だがそれを信じる理由はないだろ」

「私もそう思いますわ。でも大満月が終わった瞬間、魔物は引き上げていきました。意図的なものは感じます」


 もう一人のエヴァ、彼女の名前はネル。

 ミルク先生が戦っていたのはキング。


 奴らも七禍罪らしいが、何よりも驚いたのは、エヴァの死んだはずの友人だということがわかった。


 俺は、魔族もどきのことを思い出していた。

 ピースの欠片が繋がっていく。だが、全てがはまるわけじゃない。


 少しずつ形になっていくと共に、何か恐ろしいことが起きるような気がした。


「それで、エヴァ……先輩は?」

「ノブレスに戻りましたわ。でも、後は何も話してくれませんでした」

「あそこまで悲しい顔をしているエヴァ先輩を見るのは、初めてでした。最後にヴァイス様に、「お礼を楽しみにしてる」と」


 いつも余裕の笑みを浮かべるエヴァ、原作でも喜怒哀楽がほとんどないとされていた。そんなエヴァが……。

 だがお礼とはなんだ?


 そのとき、ソフィアが俺に声をかけた。


「正直、みんなのことは私はよく知らない。けど、私が助かったのはあなた達のおかげよ。特に――ヴァイス、あなたには一番感謝してる」

「いや、俺は何も――」

「いいえ。あの時、私は自分の命を……捨てようとした。でも、あなたが助けてくれた。本当にありがとう。――ヴァイス・ファンセント」


 ソフィアは、恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 ……ま、そうだな。


 とりあえず今は、全てが成功したことを喜ぶべきだ。


 ゲームならイベントクリア、余韻に浸るのは当たり前だよなァ。


 なんか思い出さないといけないことがあるような気がするが、まいいか。


「んー、なんか修羅場?」

「まったく、ようやく起きたか」


 空きっぱなしの扉から現れたのは、ココとミルク先生だった。

 シンティアとリリス、ソフィアと違って感動で叫んだりはしないらしい。


「感動するとこじゃないんですか?」

「ちょっと失礼」


 そう言いながら、ココは俺の額に手を当てた。

 なんだかぶよぶよと魔力を押し付けられているような、変な感覚だ。


 むずかゆいというべきか。


「問題なさそうね。お疲れ様」

「ありがとうございます。それに――俺の為に」

「礼ならアレンに。後、ミルク先生にもね」


 視線で誘導され、俺はミルク先生に頭を下げた。

 だが――。


「もっと訓練を積んでいれば結界に閉じ込めらえることも、王女を危険な目に合わせることもなかったはずだ。調子に乗るなよ」

「はは、その通りです」


 いつも通りの返しに、思わず笑みをこぼす。

 俺の尻を叩いてくれるミルク先生にはいつも感謝している。

 調子に乗らずに済むからだ。


 そして、ソフィアが元気に声をあげた。


「じゃあ予定通り、早速準備させるわ!」

「用意?」

「ヴァイスの好きなものいっぱいですわよ」

「ヴァイス様、うふふ、喜びますよ」

「?」


 そういってシンティアとリリスに手を引かれる。

 扉をまたいで連れていかれた先は、大きな扉だった。


 ドアを開けると、そこには大きなテーブルに――俺の好きな食べ物が並んでいた。


「メロメロンにバナバナナ、な、なんだと!?」

「料理長に頼んで用意してもらってたの。あなたの好きな物も取り寄せたのよ。シンティアさんとリリスさんが、絶対起きるって明言してくれたから、私も何とかしてあげたくてね」

「はっ、さすが声一つで大勢を動かせる姫だな」

「相変わらず不敬ね。でも、そういうところ嫌いじゃないわ。座って、どんどん作らせるわ」


 そういって上座に座る俺。

 ミルク先生とココもしっかりと座った。あ、食べるんだ。


 そこに――。


「ヴァイス、目が覚めたんだね!?」

「よおよお! 魔族との話きいたぜ!? 俺もがんばったんだけどなあ!?」

「おはよう寝坊すけさん」


 アレン、デューク、シャリーが現れる。

 相変わらずの元気さだ。


「ただ飯を食べにきたのか」

「相変わらずだな……」

「デューク」

「なんだ?」

「ありがとな」


 すると、なぜか空気が固まる。

 その後――。


「――なんだ、なんだぁ!? おいおい魔族でも降るんじゃねのか!?」

「バカ、時と場合考えなさいよ!」

「って、殴ることたあねえだろシャリー!」


 俺の作戦が成功したのは、デュークのおかげだ。

 あの日一度も顔を合わせてないが、一番危険な場所で戦ってくれていた。


 更に俺を信用し、ソフィアの動向をも調べてくれた。

 

 流石の俺も感謝せざるを得ない。


 それと――。


「アレン、お前には色々聞きたいことがある」

「僕?」

「ああ、あの日――」


「ヴァイス殿、起きたのか!?」

「ヴァ、ヴァイスくん!?」

「ボ、ボクが一番に声をかけたかったのにぃ!」


 そのタイミングで、トゥーラ、カルタ、オリンがやってくる。

 なんだ。全員集合かよ。


「お前らまで城にいたのかよ。三日間もか?」

「みんなヴァイスが起きるのを待っていたんですわ」


 シンティアにそう言われると何も言えない。


 そして――もちろん。


「ファンセントくん、おはよう」

「ああ」


 セシルもだ。毎回一番の功労者だ。

 正直、彼女がいなければ成り立っていないだろう。


 いつも感謝しているが、今回は特別に何か考えておくか。


 で、まだまだ来やがる。


「ヴァイス先輩っ! おはようっすう! 目、覚めたんすね!」

「ヴァイス先輩、シンティア先輩! おはようございます!」

「お前らまで……学校はどうした?」

「数日休むくらい問題なしっす! それよりオレ、がんばりましたよね!?」

「まあまあだな。メリルのがいい動きしてたぞ」

「ええ、マジっすか!?」


 最後は――。


「おはようヴァイ」

「ヴァイスくんっおはよう」


 シエラとエレノアだ。


「よく眠ってたわねえ。ま、お礼は今度ゆっくりでいいわよ」

「既に決定してるんですね」

「当たり前じゃない。ねえエレノア、死にかけたもんねえ?」

「そ、そうだね。でもお姉ちゃん、そういうのは隠す……」


 エレノアがいうからには相当なんだろう。

 お礼だけで大変だが、今回ばかりは考えないとな。


「もういないよな?」

「もう誰もいませんわ。――でも、リリス」

「はい! ――ヴァイス様、おめでとうございます!」


 すると、リリスがケーキを渡してきた。

 もちろん俺の好きなメロメロンケーキだ。


「はっ……誕生日か」


 すっかり忘れていた。

 今まで大満月のことしか頭になかったからだ。


 つうか、もうあれから一年か。時がたつの早いな。


「ありがとな」

「シンティアさんが、ヴァイス様が起きたときに用意しておこうって」

「そうか。――シンティア、悪いな」

「いえ、不謹慎かもしれませんが、私は信じていたので」


 ああ、そうだな。大丈夫だ。

 そしてみんな次々とお礼の言葉をいってくれた。


 ったく……。


 おれがその日食べた飯は、人生で一番美味しかった。



 その夜、俺たちは最後だが城に泊まることになった。


 正直すっかり忘れていたが、俺が護衛騎士を倒したことはソフィアがうまく誤魔化してくれたらしい。

 普通に考えたら死罪でもおかしくないだろうが、ま、ありがたい。


 明日の朝にノブレスへ戻る馬車が出る。


 色々と細かい話は、「大人に任せておけ」とミルク先生に言われた。

 後始末だけ任せるのは気が引けるが、「子供の特権よ」とココにも念押しされた。


 甘えるのは苦手だが、あまり強く言いすぎるのも逆に面倒だろう。


 静かに感謝することにした。


 夜、少し眠れなかった俺はシンティアとリリス残して外へ出た。

 城の通路で空を見上げる。


 満月、だが大満月じゃない。


 俺は、クリアしたからだ。


 考えれば考えるほど混乱する。


 だが一つだけ繋がる可能性がある。


 もし奴らのいう魔王が、俺と同じ原作を知っていたら。


 もし俺がその立場なら、まず負けるはずの魔族を仲間にすることはない。


 今のカルタ、セシルのように別の奴らを味方にするだろう。

 そして大満月の日も、できるだけ強固にするはずだ。


 魔族もどきを増やす為、各地に部下を派遣するだろう。


 全ての辻褄が合う。


 だがそれでもソフィア姫を殺さないというのはよくわからない。


 ……考えても仕方ないか。


 ――なあ、ヴァイス・・・


 どうだ? 俺は、うまくやれてんのか?


 ……一回ぐらい、返事しろよ。



 そのとき、後ろから足音がした。

 振り返ると、見慣れた笑みを浮かべているやつがいる。


「やあヴァイス。君も眠れないんだね」

「俺は魔族について考えてただけだ」

「それ、眠れないって自白してない?」

「黙れ」


 少しの沈黙の後、俺は尋ねた。


「あの時、なんで助かった?」

「……君が、無我夢中で戦ったんだよ。僕はただ見てるしかなかった」

「はっ、そんなことありえるか?」

「でも、それが事実だ」


 そういったアレンの目はまっすぐで、真実に思えた。


「そうか……」


 結局わからなかった。確かに興奮していたからありえるだろう。


 だが過程を気にしてもしょうがない。大事なのは結果だ。


 この世界はゲーム。必ず終わりがある。それが破滅にならないように俺は牙を研ぎ、前に進むだけだ。


「ヴァイス、僕たちもっと強くなろう。いつかは……魔族も余裕で倒せるくらいに」

「ああ、そうだな」


 ったく、俺と同じこと考えてるじゃねえか。

 クソ主人公め。


 すると、途端にもじもじしはじめた。

 「ヴァイス……」と声をかけてたかと思えば、いいづらそうに頬をかく。


「なんだ?」

「……ええとね」

「ああ」


 何だコイツ?

 脳で考えたことが口から出る一族のこいつが、こんなに躊躇するだと?


 ……なんだ? 何があった?


「裸になれるよね?」

「……は?」

「え、いや!? 僕が望んでるわけじゃないよ!?」

「お前、頭打ったか? いや、いっぱい打ってるのは知ってるが」

「……頑張ろうね。ヴァイス。すぐ終わるらしいから」

「何の話だよ。おい、どういうことだ?」

「……ミルク先生は鬼山に着いてこいだって。そこで、グルシュツカを倒すのを見届けてやるって」

「意味がわからねえ。順序だてろ」

「ココ先生は、西ビスク地方のチョコレートケーキが欲しいって」

「……もしかしてお前――」


 アレンがどうやってミルク先生たちを説得したのかわからなかった。


 もしかしてこいつ、条件を提示して仲間に入れたってことか?。


 つうか、グルシュツカって、20メートルもある熊の魔物だぞ?

 伝説級だぞ? それに西ビスク地方のチョコレートケーキって、一週間は並ばないと手に入れられないやつだぞ?


 こいつやりす……いやそれよりも――。


「おい、裸ってなんだ?」

「エヴァ先輩、忘れてくれないかな……ヴァイス、お互い大変かもしれないけど、がんばろうね」

「おい、アレンどういうことだ? アレン!?」


 その日アレンは、いつもの前向き野郎ではなく、破滅に向かって絶望しているような顔をしていた。


 ――――

 ――

 ―


『結界が消える。アレン、このことはには黙ってろ』

『どういうこと? 君は……誰なの?』

『はっ、相変わらずとぼけた顔しやがって。――ま、色々あんだよ。そのほうが――』

『わかった』

『……相変わらず聞き分けがいいじゃねえか』

『勝つため、なんだろ?』

『ああ、くそったれの魔王に勝つ為だ』

『なら……わかった』

『はっ、お前のそういうバカみたいな真っ直ぐなところ、嫌いじゃないぜ。――じゃあな』


 ─────────────────


 第六章、大満月編――完。


 気づけば文字数が55万文字。

 書籍は順調に進んでいるので、早く情報解禁したいなと思いつつ、何も言えないジレンマ。いずれ告知しますのでお楽しみを(^^)/


 そしてついに『ヴァイス・ファンセント』が出てきました。

 魔族に関して、魔王に関して、そして本物のエヴァも少しわかってきましたね。


 この章は物語として濃密だった気がします!(今までが進まなすぎ?)


 そしてそしてお忘れないように。

 ノブレスは飴と鞭。


 幕間を挟んで第七章は『飴』から始まります。

 ちらりとネタバレですが、サービスシーンも多いとの噂です。

 

 超真面目から一転、肩の力を抜いて楽しめる話が続くと思いますので、のんびり見てもらえればなと(^^)/


 良ければ、レビューや感想などもらえると嬉しいですw


 追伸、エヴァからのお便り「あぁっ、楽しみだわぁ……」



 

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