142 本物

 空から降りて来る魔族、その姿に一番驚いていたのは、ヴァイスでも、アレンでも、セシルでも、ミルクでもなく、――エヴァ・エイブリーだった。


「……なんで、どうして……エヴァちゃん……それに……キング……?」


 常に笑顔を絶やさないエヴァだったが、今は困惑した表情を浮かべている。

 その瞬間、魔物の攻撃がエヴァの顔を襲う。


 エヴァは動かない、動けない。


 だがその瞬間、死神の鎌デスサイズが彼女を助ける。


「エヴァ、何してるのよ!」

「…………」

「お姉ちゃん、あれ……」

「見えてるわ。エヴァ、あんなのまやかしでしょ! 何をそんな驚いてるの!? 幻術なんて、よくあることでしょ!」

「……違う。あれは、あれはエヴァ・・・ちゃんだ」


 いつもとは違う話口調に、シエラとエレノアが困惑した。

 二人はアレンに直接頼まれてきていた。何もなかった時は、ヴァイスにも伝えずに去ろうと静かに待機していた。


 だが魔物が現れたことでエヴァと同じく第一線で戦っている。


「エヴァ!!!!」

 

 シエラの問いかけにも、エヴァは動かない。

 そのとき、上空で戦っていたミルクが空から降りてくる。


「どういうことだ。なぜエヴァが二人いる?」

「ミルク先生、きっと幻術です!」

「いや、それは違う。あの距離から私たちに掛けられるはずがない。姿を変えている可能性はあるが、そうは見えない。――エヴァ、どういうことだ。答えろ」


 だがエヴァは空を見上げたまま動かなかった。ミルクの問いかけにも答えず、ただ茫然と立ち尽くしている。


「エヴァちゃん……? 大丈夫?」

「エレノア、ひとまずエヴァをみててあげて。ミルク先生、魔族に攻撃を仕掛けます」

「ああ、だが先にセシルを通して戦力を集めよう。徐々に近くから騎士や魔法使いも参加して戦場が整いつつある。先手は大事だが、戦況を見極めるのはそれ以上に大事だ」


 シエラとミルクが情報を把握するも、エヴァは微動だにしない。

 その後、誰にも聞こえない声で、囁く。


「……偽物か」


 その瞬間、近くに立っていたミルク、シエラ、エレノアがエヴァのとんでもない殺意に気づく。

 さらにとんでもない魔力を漲らせ、エヴァは単身で飛び上がった。とてつもない速度で、空へ。


 ミルクは急いで止めたが、エヴァは止まらない。


 エヴァは魔族と接敵する前に視えない手を漲らせた。

 それまるで羽のように広がりを見せる。


 そして次の瞬間、全ての手から属性魔法が放たれた。


 もしこれが地面に放たれていたら、辺り一帯が全て吹き飛ぶ魔力。

 跡形もなく消え去り、ココの防御術式ですら防ぐことはできない。


「ネル!」

「ええ、わかってるわ」


 その瞬間、キングが両手を漲らせた。それに呼応して、他の魔族も防御術式を展開。

 一つ一つが丁寧だが、それぞれ形が違う魔法陣が縦と横に広がる。


 エヴァの攻撃がぶち次々とぶち当たると、轟音響かせながら押し込んでいく。


「――クッ」


 表情を歪ませたキングの横で、ネルが静かに笑みを浮かべて前に出る。


「ほんと、面白い子だわ」


 次の瞬間、全く同じ手を背中から出現させたかと思えば、同じ威力の魔法を放つ。


 互いの魔法が同時に打ち消し合い、空で轟音が響く。


 全員が空を見上げていた。まるで爆弾を打ち合っているかのような音と威力。

 いつ国が滅んでもおかしくないほどの魔力のぶつかり合いだった。


 そして二人は、二人のエヴァは、ついに対面した。

 まず口を開いたのは、頭に黒いつのを持つエヴァ――ネルだった。


「久しぶりね。随分と私に似たんじゃない」

「……どうやって記憶を盗んだ」

「あら、色々考えてるのね。でも違う。私は本物よ。ほら、後ろに偉そうにふんぞり返っているの、誰だがかわかるでしょ。相変わらず偉そうで、バカしてるわ」


 エヴァはキングに視線を向けた。その姿は、過去の記憶と重なる。

 言葉の一つ一つが心臓をえぐり取られるようだった。

 過去の記憶が、走馬灯のように蘇る。


「どういうこと。あなた達は死んだはずじゃ――」

「死んだわ。クソみたいな人間たちの手によってね。でも、魔族として生まれ変わった。知ってるわよ、あなたが私とキングをずっと探してくれてたことを」

「…………」

「今はゆっくり話せないの。――私は今、ネルと呼ばれてる。エヴァという名前は、あなたのものよ。ねえエヴァ、私たちと一緒に来て。私とキングは、あの頃から変わってない。今も、このクソみたいな世界を自由に生きたいと願ってる」


 エヴァは答えない。

 ネルは、追い打ちをかけるように続ける。


「私たちは、ある目的の為に動いてる。その一つの為にここへ来てるの。今は困惑してるからわかってもらえないかもしれないでしょうけど、大事なことなの」

「……何のために」

「――変わってない。自由の為よ。誰も苦しまない為に」


 その言葉、その風貌、エヴァの心臓は強く鼓動していた。

 あのゴミの山で唯一前を向いていた彼女が、今もなお変わっていないことに。


「おいで、エヴァ。あなたが来てくれれば私の夢は叶う。おばあちゃんも、きっと喜ぶ」


 ネルは、ゆっくりと手を差し伸べた。

 

 だがエヴァは――動かなかった。


「本物だという証拠がない」

「来てくれればわかる。でもその前にやらないけないけないことがあるの」

「――ソフィア姫を、殺すこと?」

「あら、知ってるのね。そう、大事なのことなの」


 エヴァは答えない。そしてずっと静かにしていたキングが、話しかける。


「ま、いきなり言われてもわかんねえよな。オレ様はゆっくりでいいと思うぜ」

「――キング、時間がない。姫を探してきて。彼女は、私が」

「おうよ。――エヴァ・・・、オレ様はいつでも待ってるぜ」


 その言葉を残した後、キングは三人の魔族と地面に降りていく。だがエヴァは動かない。


 次の瞬間、ミルクとシエラ、エレノアが魔族に攻撃を仕掛けた。

 だが同時に転移窓が開き、今まで以上の魔物が溢れてくる。


「シエラ、エレノア、魔物を狙え。私が止める」

「「了解/わかりました」」

「ハッ、おもしれェ! おいお前ら、オレ様、キングが相手してやるぜ!」


 それに対応したのはキング、エヴァはそれを横目に、まだ動かなかった。


 そのときネルが、エヴァの右手に気づく。

 拳が、強く握られてることに。


「少し前の私なら、着いて行った」

「……どういうこと?」

「……私は今、ノブレスにいる。先輩として、ここにる。守ってほしいと、言われたのよ。――今は、自由に生きてるの。私は、私の意思を貫く」


 その瞬間、エヴァは魔法を放った。ネルはそれを受け止めて、笑みを零す。


「――そうね。私も今だけ昔に戻ろうかしら。あの場所では、力が全てだった。自由を得る為には、戦うしなかった。いいわエヴァ、来なさい。私に勝つことができたら、全てを話してあげるわ」


   ◇


「ヴァイス、ヴァイス!?」

「ああ、聞こえてるよ。何でエヴァが二人……」

「幻覚かもしれないわ。そういう魔法があると聞いた事がある。でも、あの強さは……」


 わけがわからない。

 空で化け物二人が戦っている。

 どちらも譲らず、規格外の魔力をぶつけ合っている。

 

 エヴァの姿を模倣したとは思えない強さだ。


 その横では、ミルク先生とシエラとエレノアがいる。 あいつらも来てたのか。


 そして金髪の怒髪天の男が、距離を取りながらあの三人を相手にしている。

 とてつもない動きだ。

 

 一度も見たことがない。なんだあいつらは……。


 いや、今はソフィアを守ることだけを考えろ。


 予想を覆されるなんて、ノブレスではよくあることだ。


 そして俺は、門の近くで襲われかけている一般人を見つけた。

 同時にそれを助けている女性がいた。その横には、氷の使い手も。

 リリスとシンティアだ。


 ようやく合流できたのだろう。

 それからすぐに向かってきた。


「遅くなりましたわ。ソフィア姫、お初にお目にかかります。ビオレッタ家、シンティアでございます」

「ヴァイス様、お待たせしました。――あれなんですか」


 リリスも空を見上げていた。でも答えられなかった。

 だがこうしている間にもオストラバ王都の魔法使いたちは来ているはずだ。


 ここから離れすぎるのも危険だろう。時間までどうするべきか。

 だがそんな甘えは許さないと、空からとてつもない魔力を感じた。


「皆さんお揃いのようで」

「姫様、夜分遅くに失礼します」

「ガハハ、随分と強くなったみたいだな!」


 剣魔杯の厄災で現れた三人だ。

 全員がソフィアを見ていた。


 あの時はただ必死だった。


 だが今は違う。


 ずっと牙を研いできたのだ。


 俺は魔法剣を構えた。

 リリスも、シンティアも、アレンも、シャリーも。


 そのとき、空からとてつもない魔力砲が魔族を襲った。

 それは、魔族ですらも間違いなくダメージを受けるほどの威力。


 一目みただけでわかる。手加減一切なし、カルタの魔力砲だと。


 それに呼応して、俺は駆けた。


「――とんでもないですね」


 魔族は魔力砲を回避したが、その硬直に合わせて剣を薙ぎ払う。

 以前、俺に「人の身体は楽しいですか」とほざきやがったビーファの首に狙いを定めた。

 首を落とすつもりだったが、驚いた事に、ギリギリで俺の剣を回避した。


「油断できませんね。――なっ!?」


 しかし魔族は首から少し血を流した。


 ハッ、俺たちと同じ色をしてやがる。


「あの時と同じだと思っていたら、大間違いだ」


 ギリギリで回避しても、剣先から風魔法を放っている。

 もし少しでも触れていたら、間違いなく首を落としていただろう。


 俺の剣は届くと確信した。


 それに今は俺と同じ研鑽を積んできた奴らがいる。


「シンティア、リリス、アレン、シャリー。訓練通りに行くぞ」

「「「「了解」」」」



 ――必ず、勝つ。


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